350 王城での戦い 7
「ゆるさんっ ゆるさんぞっ」
霜の巨人はマートと対峙しながらしばらくの沈黙した後、人間の言葉で叫びはじめた。
マートはもちろんジュディ、シェリー、アマンダ、ブライアンも相手が何をしてくるのか警戒しつつ身構える。だがその様子に霜の巨人はにやりと笑った。
『閃光』
凄まじい光が右の掌から放たれ、それを見ていたものは皆目がくらんだ。おそらく念話などで示し合わせていたのか、その瞬間にまずアマンダと対峙していたレッサードラゴンがギガリザードマンに姿を戻し横に立ったレインボウラミアがその肩を掴み、そのまま転移して去っていった。一方霜の巨人の方は格闘闘技まで使い一気に嵐の巨人の死体の近くにまで跳んだ。
<縮地> 格闘闘技 --- 踏み込んで……
『格納』
一気に嵐の巨人の死体を格納呪文で取り込む。
「しまった、騙された。死体を確保だと、あのサイズを格納できるのかよ」
「ギャヒヒ、ギャヒ、ギャヒ……(我らは負けぬ、次こそは目にものを見せてくれる)」
『転移』
マートはあわてて魔法無効化の魔道具を用意しようとしたが、それは間に合わず霜の巨人はレインボウラミアと同じように転移呪文で姿を消した。
「くそっ、逃げられちまった」
アマンダはそう呟いて手に持った矛を城の石畳に突き刺し、シェリーもすこし力が抜けた様子で周囲を見回した。海巨人はすでに満身創痍で、1番隊に被害も出ているようだがなんとか討伐できそうな状況となっていた。その後ろには2番隊が近づいてきている。2番隊にはマシュー達神官が居るので、もし死んでしまったものがいたとしても蘇生をしてもらえるだろう。
ブライアンは倒れたままのクローディアにあわてて近づき様子を見ていた。死んではいないらしい。
「マート殿、どうする?」
残念な表情をうかべて、両手に剣をもったままのマートはそれらを鞘に納め、放り出したままであった弓を拾い上げた。
「お嬢、霜の巨人はどこに行ったかわかるか?」
「いま転移追跡中よ……」
ジュディは両手を上げ、霜の巨人が転移していった場所を懸命にアナライズしている。
マートの耳には旧王城内の大勢の蛮族たちの叫び声が聞こえていた。
「北東ね 巨大集落より遠いわ。ここからだと500キロ以上は離れてると思う」
「襲撃に来てるのはこれで全員か?」
「いや、物資の焼き討ちに3、4、5番隊が出ている」
シェリーはアマンダと目をあわせ頷きあった。
「霜の巨人は転移する前に城内の蛮族連中にもちゃんと指示をしてやがったみてぇだな。逃げ出すんじゃなく、こっちに向かってきてるぞ。急いで集合させろ。場所は決めてあるんだろ?」
「もちろんだ」
「お嬢、シェリー、アマンダ、ブライアン、どっちが良いと思う?霜の巨人が逃げ出した先に殴り込むか、ローレライに帰るか……。一応魔法のドアノブもあるから、怪我人は先にローレライに帰すことは出来る」
4人は顔を見合わせた。この霜の巨人を倒す絶好の機会ではある。だが、知らないところに転移するのは極めて危険だ。それも最初は座標がわかっているものの転移鍵はないので転移しかできない。飛べるとしても2人だけなのだ。ただし相手がこの転移追跡の呪文の存在を知らないのであれば不意を突ける可能性もある。
「危険すぎるわ。それに我々が不利な状況にある訳ではないのよ。リスクを冒す必要はないんじゃないかしら」
ジュディは首を振りながらそう言った。シェリーとアマンダもジュディの言葉に頷く。
「そう言ってもよ、俺たちが帰ったあと、知らぬ顔をして霜の巨人はここに戻ってくるかもしれねぇ。そうしたら王都奪還にかなりの被害がでるんじゃねぇか? それを考えるなら今倒しちまうのが……」
ボフ!
マートの話の途中で、城内のどこかでおおきな爆発音のようなものが聞こえた。
「あれは?」
「3、4、5番隊のどれかだよ。ウィードの南西のあたりで燃える水と土が湧き出てくるところがあってね。ネストルが調べて壺に詰めて火をつけるとかなり役立ちそうだってんで前から試してたんだ。今回は初お披露目だよ」
マートが感心していると、城内ではボフンボフンと次々に爆発音のようなものが響いた。
「おいおい、大丈夫なのかよ? うちの隊員にまで被害がでてるんじゃねぇか?」
「火に強い連中にやらしてるから大丈夫だろうよ」
そう言っている間にも黒い煙が城内に広がり始めた。
「これだけ派手にやったのなら巨人どもが戻ってきてもこの城には籠れねぇか。逃げ出した場所はわかっているんだし、いま追わなくてもいい……な」
マートも頷き、マート救出部隊はローレライに帰る事にしたのだった。
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4カ国の連合軍が王都に到着したのは、若干前後はあったもののおおよそ10日後のことであった。途中蛮族の襲撃はほとんどなかったらしい。アマンダに預けていた魔族の長距離通信用タブレットでは各部族に北に帰るように指示がでていたようだった。抵抗した蛮族はすでにこの地に根を下ろしていた連中だけのようだった。
ダービー王国の旧王都は全くのもぬけの殻で、蛮族たちが暮らしていた跡は残っているものの、食料、物資は残っておらず人間の姿はもちろんなかった。
王都奪還軍はひとまずダービー王国の王都奪還を宣言した上で付近一帯の制圧を行った。制圧といっても蛮族がほとんど居なかったこともあり、制圧は容易だった。旧ダービー王国の領土の奪還はこのようにして終了した。
巨人に率いられダービー王国南部にまで進出していた蛮族たちの多くは、ダービー王国の国土を守るために国境地帯に長く築かれた長城とよばれる土塁以北にまで撤退していったのだ。そして、連れ去られた人間たちはそのままで帰ってこず、残されたのは荒れ果てた国土だけであった。
読んで頂いてありがとうございます。
これで第46話 ダービー王国領奪還作戦はおしまいです。次は新しいお話の予定です。
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