34 討伐クエスト
2020.9.14 剣技 → 闘技 に変更しました
彼は、荒野の丘の上で1人休んでいた。四肢には力が満ちていたが、空腹だった。四方は薄暗闇であるにもかかわらずはっきりと見渡せていた。遠くに水溜りが見え、そこで野生の馬の群れが水を飲んでいた。
【肉体強化】
【飛行】
<縮地> 格闘闘技 --- 踏み込んで殴る
彼は、立ち上がった。急に馬の群れのすぐ傍まで移動した。まるで飛んでいるかのように。
【爪牙】
<崩撃> 格闘闘技 --- ダメージアップ
彼はライオンのような前足で、馬の首を叩き、その衝撃で馬は吹っ飛び、横倒しになって倒れた。
彼は前足についているかぎ爪で、馬の腹を割き、熱い内臓に口をつけた。血の臭いが口の中一杯に広がった。
命の味だ……
・・・
・・
・ ・
味わっている間に、意識が朦朧としてきた、マートとしての自分を思い出す。
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マートはこの夢を見たときにいつも感じる、口の中にまだ血の味がのこっているような不快感に顔をしかめながら目を覚ました。周りを見回すと、いつもの安宿の部屋のベッドの上だ。昇りはじめた太陽が容赦なく部屋の中を照らしている。
この夢を、彼は何度見ただろうか。他にも似たようなパターンはあったが、どれも同じように狩りをしたり戦ったりした後、相手の肉を味わって目が覚めるということがほとんどだった。ただ、ステータスカードを手に入れた後は、タイミング毎に使っているスキルが判るようになった。最近は剣の腕が上がった関係か、闘技もわかるようになってきたのだった。
彼はベッド脇に置いた水筒から、ぬるい水を一口飲むと、大きく背伸びをした。
彼が最近得た報酬はかなりあったはずだったのだが、魔法のドアノブの先の海辺の家を補修したり、新しい家具や道具などを揃えるのに結局ほとんど使い果たしてしまい、そろそろ働かないとまずい状況だった。
“あそこの風呂を使ってみたいんだが、使うために必要だっていう魔石が高くて手が出ないよな”
“昔は比べ物にならんぐらい安かったがのう。まぁ、水なら近くの泉から汲めるんじゃ。暖かいところじゃし、我慢するしかないの”
魔剣とそんな事を話しながら、彼は身支度をすませ部屋を出た。今までは様々な探索のための道具類を用意したりして荷物が多かったが、それらの大半は海辺の家に移したので、身軽なものだ。
階下の食堂で朝食を済ませると、黒い鷲のアジトに顔を出してみたが、アニスは他の仕事で出かけたらしく、割のいい仕事も無いようだった。仕方なく彼は仕事を求めて冒険者ギルドに顔を出した。顔なじみのギルドスタッフに声をかける。
「いい仕事、何か無いかい?また例のカタツムリの採取クエストとかそういうのが良いんだけどな」
「いや、そっち系は今はないな。猫、剣は1級になったらしいじゃないか。弓もそこそこ使えるって聞いたぞ。そろそろ討伐クエストをこなさないか?採集クエストだけだとランクBには上がれないぞ」
「ランクBだといい仕事があるのかい?」
「いまだとドラゴンの卵の採集クエストが出てるな。卵1個30金貨だぜ。ただし、ランクB以上じゃないと依頼できないことになってるんだ」
「そういうのがあるのか。討伐クエストか……。たしかに試しても良いんだが。いまならどんなのが出てるんだ?」
「そうだな、ウィシャートの渓谷に出るというオーク討伐なんてどうだ?ハウエルの丘陵にオーガが居るという話もあるが、難易度的にはオークのほうが倒し易いだろ。オーク討伐が金貨20枚、オーガのほうは金貨24枚だ。両方共成功報酬。掲示板にランクCの仲間募集があるから、そのあたりを誘って行くといいぜ。判ってると思うが、討伐系は危険度が高いから、行くのならギルドに出発の申請をしておいてくれよ」
オークもオーガも共に身長3m近くの蛮族だが、個体の力で言うとオーガのほうが強いというのをマートも聞いたことがあった。オークはブタに似た顔で、辺境ではブタみたいなものとして、肉を調理して食べるところもあるらしい。オーク、オーガ、どちらにしても、筋力が高く、知能もそこそこある蛮族であるので、今までであれば、避けていたのだが、討伐クエストということになると、倒して耳をとってくる必要もあり、そういう訳にはいかない。
「ああ、わかった」
「そういえば、猫、昨日、あんたを訊ねてきた男が居たぜ?」
「俺をわざわざ?何だろうな」
「まだ若くて20才ぐらいだろう。結構腕の立ちそうな男だったが、ギルドに居ると答えたら、宿泊先を聞いてきた。それは答えれない、手紙かなにか預かろうかと言ったら、要らないと言われたよ」
「ふぅん」
「女がらみとかじゃないのか?お前さん、最近、いろんな女をとっかえひっかえしてるって噂を聞くぜ」
ジュディやシェリー、クララのことだろうか?それともエバ、アンジェ?そう考えてマートは苦笑いをうかべた。
「いやいや、違う、違う。って、あんたに言っても仕方ないか。何も心当たりはないな。気にしてても仕方ない。それより、オークとオーガか……。オークだと、一級の腕があれば戦えるのか?」
「一対一でか?いや、厳しいだろう。初段で五分五分というところだろうな。目撃例は3匹だから一級ぐらいだとすると4、5人ぐらいで一匹ずつ倒すのを心がけるぐらいが丁度良いだろうよ」
「そうか、とりあえず掲示板を見てみるか」
マートは、ギルドのスタッフの勧めに従って掲示板を見てみた。彼もこのリリーの街で1年近く冒険者でもあり、メンバーを募集している相手も全く知らない名前ばかりという訳でもないし、採集系とちがって、討伐系クエストをこなしていくのには、固定のパーティを組むのが効率的なのはわかっていたが、眺めているうちに、気が変わった。魔獣のスキルや呪術を試してみたくなったのだ。
彼は、ちょっと様子だけ見に行ってくると不安そうにしているギルドスタッフを振り切って、ウィシャートの渓谷に向かうことにした。
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「あいつが、猫か」
冒険者ギルド内の酒場で、ある男が常連らしい男に尋ねた。
「ああ、そうだな。あいつは結構有名人だぜ。本当かどうかわかんねぇけど、暗くても目が見えるらしい。この街の有力クランの一つ、黒い鷲に所属してて、冒険者になってまだ1年の駆け出しだが、もうランクCに上がったそうだ」
「腕の方は立つのか?」
「いや、そっちは大したことがねぇって話だな。主に斥候らしい」
「ふぅん。猫をかぶってんのか、それとも、ただのハズレか…。魔道具って可能性もあるからな。可能性は低いか。いや、一応様子を見てみるか」
「ん?」
「いや、ただの独り言さ。じゃぁ、兄さん、情報ありがとよ。これで一杯飲んでくれよ」
そういって、男は銀貨を1枚、彼の座っている前にすっと置いた。
「おお、ありがとな」
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