347 王城での戦い 4
マートは廊下の前後に鉄格子が下りたおよそ2m四方の真っ暗な場所で、床に座って壁にもたれじっと耳を澄ませていた。
遠くから何者かの叫び声と剣戟の音が聞こえていた。叫び声は蛮族たちのものがほとんどだが、時折人間のものが混じっているように思えた。その声はアマンダやシェリー、ジュディに似ているような気さえした。もしかしたら救出の手かもしれない。マートは一縷の望みと無理をしてくれるなという相反する想いを抱えながら焦る気持ちをじっと我慢していた。
喉の渇きは激しく彼をずっと責め立てていた。唇は渇ききってざらざらになり、喉もなにかが貼りついたようにヒューヒューと音を立てていた。いつも身軽に行動することを好んでいた彼はほとんどの道具や武器類をマジックバッグの中に入れており、水筒も例外ではなかった。第一、いつもなら泉の精霊であるウェイヴィにお願いすれば問題なかったのだ。
霜の巨人の罠にかかって、ここにに囚われの身になってそろそろまる2日が経つ。その間、何も口にはできず、身体はフラフラだった。肉体強化と爪牙、ゴブリンの魔剣を使っても、鉄格子に見えたものは曲がりもせず、傷はついたものの鉄格子を切断するには程遠かった。おそらく鉄ではなくアダマンタイトやミスリルといった違う素材なのだろう。
普通なら数分単位で消えるはずの魔法無効化の効果はいつまでたっても無くならない。たまに覗きに来る蛮族は毒針で片付けたものの、脱出の方法は見当たらなかった。
騒ぎが聞こえる方とは反対の方向にリザードマンがやってきた。また様子を見に来たのだろうか? 何かしてくるようだったら、また毒針で片付けよう。不用意に近づいてきたら持ち物でも奪えるかもしれない。水筒を持っていたら良いんだがな。そう考えながら薄目で様子を見る。
そのリザードマンは少し様子がおかしかった。マートの居る通路の出入口のところまで来ると、不用意どころか、通れるはずもない鉄格子に身体を押し付けたのだ。何をやっているのかマートはわからなかった。だが、すこし手を伸ばせば鉄格子越しであるが、リザードマンに届くだろう。毒針を使おうとしたとき、そのリザードマンの身体が鉄格子にめり込んだのに気が付いた。
鉄格子にめり込む?? 一体どういうことだ? 鉄格子が溶けてでもしているのだろうか? マートがあまりの驚きに止まっていると、ぬるぬるとそのリザードマンは鉄格子を抜けてきた。
「マート、来たよー」
その声はモーゼルだった。彼女が10㎝の幅をすり抜けたのは見たことがあった。そうか、変形か。あれならスキルだから魔法無効化の空間でも使うことが出来る。しかし、戦闘能力がほとんどないモーゼルがどうやってここにこれたのか。
「ここの前に居たすごくでかい巨人が転移でいなくなったのよ。だから今がチャンスと思ったの」
そう言いながら、モーゼルはリザードマンからいつもの姿に戻った。彼女自身の変形スキルを使えばたしかに蛮族に化けることもできるだろうが、蛮族との会話を理解できない彼女は話しかけられたりすればすぐにばれてしまう。
「危ないことをするんじゃねぇよ」
「警戒してるゴブリンメイジは居たけど、私には目もくれなかったわ。魔法感知で引っかからなかったからじゃない? それに地図があったから、ここには真っすぐ来れたの」
「地図? そんなものどうやって」
「えっとね、マートの剣が独力で逃げ出してきて調べた内容をジュディに教えたんだって。それとクローディアが協力してくれた」
マートは予想外の事にあっけにとられた。魔剣は念動呪文が使える。変身呪文が解けたときに落下した魔剣は運よく魔法無効化の範囲外に転がったのかもしれない。それで独力で逃げ出したということなのだろう。魔剣は他人とコミュニケーションできないんじゃなかったのかというすこし裏切られた気持ちもあったものの、今回は助かったとしか言いようがなかった。あとはクローディアがこの城の地図を作るのに協力してくれたということは、蛮族を裏切ってこちらについたということか。よくそんな説得に応じたなと感心したのだ。
「魔法無効化を無効化できないかやってみるね」
モーゼルは今度は奥側の鉄格子に手を触れた。ゆっくりとだが、鉄格子をすり抜け始める。
「魔法無効化を無効化?……」
「剣から得た情報によるとこのトラップは2m幅なんでしょ。それを聞いてローラやバーナードたちと相談したの。普通魔法無効化の魔道具は半径3mでしょ? ということは魔法無効化の魔道具を3mの距離を開けて近づければ、トラップについている魔法無効化の効果は切れるんじゃないかって。同じようなことをファクラ奪還戦のときにジュディ様はやったって言ってたじゃない」
ああ、そうか、魔法装置も同じ事になるのか、マートは納得した。とはいえ、その範囲内に居た身にとってはどうしようもなかったのだ。魔法に頼らずに鉄格子を抜けれるモーゼルであれば、範囲外に出ることができる。そうすれば魔法解除できるだろう。モーゼルが入ってきた側から魔法無効化してくればよかったかもしれないが、そうすればすぐばれてしまうと考えたのだろう。
向こう側に完全に抜けたモーゼルは魔法無効化の魔道具を使った。そのままマートの居るところまで移動してくる。途中でカチャリ、カチャリと2回 微かな音がした。
「これでどうかな?」
モーゼルは手に持った魔法無効化の魔道具の効果を切る。マートの左腕の精霊の文様がすこしうねったような気がした。
“ウェイヴィ、生命の泉の水を頼む”
マートの掌の上に水が珠となって浮かんだ。マートの顔にすこし泣きそうな表情が浮かんで消えた。
“ありがとよ、愛してるよ。ウェイヴィ”
“どういたしまして よかった、私も……”
マートはその命の泉の水をゆっくりと飲み干した。身体中に力が蘇ってきた。
「ん? 何か落ちてる……」
モーゼルが拾い上げたものは身縮めの腕輪だった。マートはその身縮めの腕輪を受け取ると腕に装備した。
「向こうで聞こえている戦いの音は、もしかして?」
「たぶん、ジュディたちね、他に、シェリー、アマンダ、クローディア、ブライアン、そして蛮族討伐隊の1番隊から5番隊がこの城に殴り込みにきてる」
「ちっ、馬鹿なことを」
マートは鼻の奥がつんとした。声は裏返っている。その様子をみてモーゼルは少し嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、蛮族連中もかなりいろいろと罠を張ってるみたいだから、苦戦してるかもしれねぇ。ちょっと助けにに行ってくるわ。モーゼルもありがとな」
「ふふ、救助人を助けるなんて、いい気分」
マートは笑顔のモーゼルに手を振ると身縮めの腕輪で再び小さくなった。飛行スキルを使って一気に通路をぬける。そこでは、モーゼルが言ったようにジュディたちと、 霜の巨人、嵐の巨人たちが戦いを繰り広げていたのだった。
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