342 救出計画 4
深夜、ローレライ城のもっとも広い会議室には多くの人間が集まった。
ジュディ、エリオットはもちろん騎士団からはシェリーの他、今日の分の行軍の指揮を終え野営キャンプからやってきたオズワルト、アズワルトの兄弟、蛮族討伐隊からアマンダと海軍の指揮をしていたワイアット、研究所に居たバーナード、ローラ、衛兵隊からはアニス、内政官のパウル、ライオネル、ウィードの街に居たケルシー、補佐官のアレクシア、ドルフ、ネストル、モーゼル。本来であれば戦場にいる、或は遠く離れたところに居たメンバーもジュディとエリオットが手分けして連れて来たのだった。他にも会議室の中にはさまざまな部門の責任者たちが呼ばれて参加していた。
「お疲れのところ、申し訳ありません。状況が詳しく判りましたので説明をさせていただきたいと思います」
アレクシアが立ち上がり、皆に一礼をして説明をはじめた。会議卓の中央には急造りで中央部のあたりは空白がところどころあるものの詳細な旧ダービー王国の王城の地図が置かれていた。そして、彼女の説明はマートがつかまった状況や最後にしかけられた罠、 霜の巨人が喋った言葉に至る詳細なものであった。
それらの説明が行えた背景には、クローディアやブライアンから得た情報だけでなく、実はジュディが持ち帰ったマートの愛剣が関係していた。マートが常に腰に挿していたその剣は、彼女がローレライ城に持ち帰って眺めていると、何の前触れもなくふわりと宙に浮かんだのだ。そして鞘からするりと抜けると剣先で床石を削り文字をかきはじめた。そして、その内容はなんと私すなわちその剣には知性があるので念話呪文をつかって会話をしたいというものだったのだ。
ジュディがマートの愛剣に念話をすると、驚くべきことにその剣には人格というべきものがあり念による会話ができたのである。彼が言うには、彼はマートから魔剣と呼ばれており、所有者である彼とは念話のようなもので会話ができたということ。いままで様々な助言をしてきたのだと説明した。そして、その魔剣によるとマートが罠にかかった際に変身の呪文の効果が切れ、その結果として装備状態であった魔剣はマートの腰から外れ、落下したのだという。そして落下した先は幸いなことに魔法無効化の効果範囲外だった。
その場で起こったことや 霜の巨人とのやり取りについて、詳細にジュディに伝えた。もちろん、マートがその時までに調べた内容も伝えたのだった。
「以上の情報からして、マート様は今すぐには殺される状況にはないものの、あくまで 霜の巨人が脅威を感じていないからであって、脅威を感じることがあればすぐに殺そうとされてしまう可能性も否定しきれません。また、もちろん 食料や水がないと思われますので、せいぜいあと1日か2日のうちに救出が必要ということには変わりません」
アレクシアの説明に皆はひそひそとお互い何かを話したりし始めた。蒼白になっているものもいる。
このとき、ライラ姫は別室からこの会議の様子を見ていた。ジュディがいつまでもライラ姫に内緒にしておくわけにはいかないと考え、アレクシアと図って連れて来たのだ。この会議はローレライ侯爵家の行動を決める最終決定をするものであり、ジュディ、アレクシアの2人とは相談済みであるものの、最終的にどうなるかはまだわからない。彼女にはワイズ聖王国での立場があり、その立場からすると、この4カ国の連合軍が巨人と戦う際にローレライ侯爵家だけが足並みを乱して何かをするということになれば板挟みとなる。そういうことを考慮しての別室での参加となったのだ。もちろん彼女自身はそうならないことを願っていたし、マートのためになるのであれば場合によっては……という覚悟でこの会議に臨んでいた。
また、他にさらに違う部屋で会議の様子をみている者たちも居た。トカゲ、クローディア、ブライアンの3人だ。トカゲはともかくクローディアとブライアンの2人はワイズ聖王国内では戦争犯罪人としてお尋ね者の立場であり、蛮族討伐隊の中には2人を憎んでいる者も多い。今回、マートの救出のためにというので、こちらは主だったものたちの了解も得て連れて来てはいるが、おおっぴらに姿を現せる状況ではなかった。
「このような状況ですので、我々としてはマート様の救出に2つの計画を考えております。まず1つは救出部隊の派遣です。今のところ、隊長はジュディ様、メンバーはシェリー様、アマンダ様そして蛮族討伐隊から約500名が参加します。蛮族討伐隊についてはアマンダ様よりすでに中隊長、小隊長には連絡をしていただいています」
参加している蛮族討伐隊のメンバーの何人かが頷く。
「こちらについては、すでに魔龍王国の出身者で蛮族からこちらに寝返る事を了承している者が居り、彼の力を借りて転移門をむこうの城内に開き侵入するという計画となっています」
大会議室内がざわつく。魔龍王国からの助っ人とは誰かごく一部の人間しか知らないためだ。そして知らない人間を信用できるわけがない。多くのものが魔龍王国と聞いてアマンダの方を見る。アマンダは顔をしかめつつも頷いた。
「クローディアとブライアンだよ。こっちにつくと言ってる。この状況だとあまりつべこべ言ってらんないからね。受け入れることにした。そっちについてはワイアットと一応いろいろと考えてはあるから安心しな。ただし油断はするんじゃないよ」
不満そうな顔もいくつかあるものの、アマンダの姿勢をみて皆一旦は頷くことにしたようだった。
「そして、2つ目としては具体的には各国に働きかけ騎士団の進軍速度の上昇を促します。今の現状では各国の騎士団は旧ダービー王国の王都まで2週間ほどかかってしまいます。幸い、霜の巨人の巨人の言葉によると軍勢は動かしていない様に推察されます。この隙に一気に軍勢を進めてもらうことを働きかけようと考えています。具体的な方策についてはシェリー様、お願いします」
アレクシアはそう言って、シェリーが立ち上がった。緊張しているのか顔は真っ赤だ。
「騎士団は、一旦騎馬隊に戻ってもらう。歩兵、弓兵たちは輜重隊だ。よろしく頼む」
それだけ言って、彼女は席に戻る。皆がきょとんとしている様子をみて、あわてて、オズワルトが立ち上がった。
「騎士団は、騎馬隊と歩兵隊に分かれることにします。騎馬隊は以前ウィードで居たときと同じ形、先行して各国騎士団の進出路を確保、蛮族を追い払います。歩兵、弓兵たちはダービー王国の王城近くに到着するまでは一旦武装を解き、各国騎士団の輜重を預かって次の野営地まで運ぶ役割を果たします。これらについては、ダービー王国のギルバ男爵より貸与をうけている転移門を開く魔道具を活用することを予定しています」
オズワルトの説明により騎士団の面々はようやく理解が追いついたようだった。
「これらの説明をライラ姫、エミリア侯爵、ブライトン子爵に説明し、ワイズ聖王国経由で各国の理解を求めようと考えています。輜重については、我が侯爵領からの提供も行い、円滑な進軍を促したいと思います」
アレクシアがそう締めくくった。内政官たちも頷いた。この2つの作戦に対してはみな受け入れたようだった。会議は一旦小休止した後、中身の詳細な質疑に移ることになった。
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ライラ姫が別室でぎゅっと拳を握る。マートが食事なしで閉じ込められた状況から救うにはこちらの方法は間に合わないかもしれない。だが、一つ目の案の救出部隊はリスクが極めて高いように彼女には思われた。蛮族の討伐という王家としての使命も彼女としては捨てるわけにはいかなかった。そして蘇生呪文というものもこの世界にはあるのだ。この二つ目の案では死体さえ回収できれば、そちらの可能性はある。そう自分に言い聞かせた。
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別の部屋では、トカゲ、クローディア、ブライアンがお互いに頷きあった。
「猫のやり方がずっとうまく行くとは思えないけど、あいつが生きている間位は魔人の扱いは少しはマシでしょ」
クローディアがそう言って、席からぴょんと軽く立ち上がった。
「うむ、そうだな。その前にできることをしよう。しかし、クローディア、本当にイクトルソ様は信用してくれると思うか?」
「大丈夫、そこはなんとかするわよ。私が言い出したことだもの」
ブライアンも立ち上がる。2人は手をつなぎ、彼は転移の呪文を唱え始めた。その様子をトカゲは何も言わずじっと見つめていた。
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小休止になって、それまでずっとバーナード、ローラと小声で話をしていたモーゼルが何か意を決したようにジュディの許を訪れた。
「ジュディ様、お願いがあるのです。私を旧ダービー王国の王城の近くまで連れて行っていただけませんか?」
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