340 救出計画 2
『エイトのトカゲ』、クローディアとブライアンに会う方法についてネストルに叡智スキルで調べてもらった結果、そういう答えが帰ってきた。もちろん王都第8街区の派手な飲み屋を拠点としている若い男でエイトと呼ばれるワイズ聖王国での前世記憶持ちが集まった組織の幹部の男の事だ。
鱗はその男についてマートから聞いたことがあった。まだアマンダが魔龍王になる前のことだ。王都に居たマートの許に彼が訪れてきて、クローディアが当時魔龍王国にいた前世記憶持ちを引き取ってほしいといってきたと相談されたという話だった。場合によって何か相談がくるかもしれないと言われていたのだ。
「という訳なんだけどよ。俺が行くしかねぇ……よな。エリオットの旦那、転移頼めるか?」
鱗はネストルの叡智スキルの結果をアニスやアレクシアたちに報告をした後、その場にいたエリオットにそう尋ねた。
「構わぬが不安そうだな」
「そりゃぁな。俺は猫のおかげでこんな侯爵の補佐官とかいう偉い肩書をもらったけどよ、大したことは何もできるわけじゃねぇ。ネストルについてきてほしかったが、あいつは領地外にでないほうが良いらしい」
鱗の言葉にエリオットは仕方ないなと頷いたのだが、それでアニスが私も行こうと言いだした。
「良いのか? ずっと忙しいんだろう」
「忙しいのは忙しいけどね。半日ぐらいなら何とかなるだろうよ。どうせこの緊急事態で普通の仕事は後回しだし、鱗に任せてもちゃんと見極められるか怪しいものだからね」
アニスの返事に鱗は苦笑とも安堵ともつかない微笑み浮かべたのだった。3人は王都にあるマートの屋敷にエリオットの転移門で移動したあと、8番街のトカゲが営んでいるという店に向かった。
8番街は王都の中でもスラム街にちかいところで治安も良くないところだ。とはいえ、アニスとエリオットは元冒険者であるし鱗はスラムに暮らしていた期間のほうが長いぐらいなので、街の雰囲気から浮くことはなかった。
「ぉお、いい女だなぁ」
鱗は逆になじみ過ぎているかもしれない。トカゲの店に入ると、中は盛況で、リュートとよばれる楽器にあわせ、豊満な女性たちが香油を塗り込んだのであろう滑らかな肌を露わに踊っていた。半数ぐらいは肌が鱗だったり緑色だったりという前世記憶持ちの特徴のある女たちだ。客はかなり多く、彼女たちは胸の谷間に銀貨などを入れてもらっている。
「ほら、鼻の下を伸ばしてないでこっちに来な」
アニスが鱗の耳を摘まむようにしてカウンターに向かう。飲み物を注文して、3人は並んでスツールに座った。
「いらっしゃい、3人ともあまり見ない顔だね。それも女性が来るなんてめずらしい。この店は初めてかい?」
20代後半に見えるバーテンがアニスに尋ねた。見たところ少し痩せてはいるが、あまりひ弱な感じはしない男だ。目つきは鋭い。
「ああ、話は聞いてたけど初めてさ」
アニスはそのバーテンが差し出してきた飲み物を受け取って一口飲んで驚いた顔をした。
「へぇ、珍しい。冷たいじゃないか」
バーテンは嬉しそうだ。どういう仕組みなのだろう。魔法使いには見えないし、呪文を詠唱した様子もなかった。飲み物を冷やす魔道具でもあるのだろうか。
「ちょっとしたサービスでね」
3人はバーテンとしばらく世間話をしていたが、鱗が急に思い出したようにバーテンに尋ねた。
「なぁ、今日はトカゲって居るか?」
バーテンは急にカップを拭く手を止めた。目を細める。
「トカゲさんに何か用?」
その様子にアニスは鱗を制して、軽くスツールに座り直すと、じっとバーテンを見た。
「ちょっと話がしたいって繋ぎをとってくれないかな。実は私達は猫のところの者なんだ」
最初、男は猫と言ってもピンと来ていない様子だったが、急に顔が強張った。
「わ、わかった、いや、わかりました。すぐに連絡をしてきます。少しお待ちください」
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店の奥の一室に通されたアニス、エリオット、鱗の3人がしばらく待っていると、しばらくして20代後半ぐらいの男が部下らしい男を一人つれてやってきた。彼は飄々とした感じで3人が座っている向かいのソファに座った。
「これはこれは、ローレライ侯爵領の衛兵隊長アニス男爵様と侯爵領付の魔法使いエリオット殿、補佐官のドルフ殿ですね。このようなところによくいらっしゃいました。わたしがトカゲです」
トカゲは3人を知っているようだった。
「このような下賤なところに何の御用でしょうか?」
「いや、実はクローディアとブライアンに会いたいと思ってさ。あんたなら伝手があるだろうとおもってね」
アニスがそう切り出すと、トカゲは不思議そうな顔をした。すこし警戒している様子である。
「彼女たちに今更何の用ですか? わざわざ知ろうとする意図を聞かせていただきたいですね」
3人はお互いに顔を見合わせた。アニスは早く言えとばかりに鱗を肘で突く。彼は最初は躊躇していたものの、ソファに座りなおして、トカゲの顔をじっと見ると口を開いた。
「実は、猫がドジを踏んじまってな。蛮族に捕まっちまってるんだ。あんまり余裕がないんでストレートにいう。もし、クローディアとブライアンにその気があるのならその救出を手伝ってくれないかなと思ってな……」
トカゲは驚き、そしてふしぎそうな顔をし、最後にはすこし微笑んで見せた。鱗の横に座っているアニスの顔をじっと見るが、彼女はとぼけたような表情で首を傾げて見せた。
「失礼、なるほど! そうですか。なるほど……。そうとは思いませんでした。申し訳ありません。もっと違う事を考えておりましたので……。彼女たちはもう歴史の表舞台には出る気はないと言っていましたが、そういう事でしたら手助けはしてくれるかもしれません。ですが、彼女たちは手助けした後、また姿を消すと思いますよ。それでよければ連絡をとってみましょう」
トカゲがそう言うとアニスは不満そうな顔をした。何度も指で頭を掻きあげ、首のあたりを撫でて考え込む。その様子をみて、トカゲは一度軽く顔をしかめたあと、にっこりと笑った。
「アニス男爵様は衛兵隊長でしたね。罪を償っていないということがご不満ですか。では、少し想像してみてください。我々前世記憶持ちは長い間虐げられてきました。たしかに、最近はハドリー王国のグラント王子、そしてローレライ侯爵のおかげでかなり偏見は減りました。ですが、私たちが子供の頃は酷いものでした。そこに居るドルフ殿などは実際に体験してこられたことでしょう。ごく最近までまともな仕事につく事すら難しかったのです」
鱗は急に話を振られて戸惑った様子だったが、まぁ、そうだったなと頷いた。
「ではその迫害した罪は誰かが償ったでしょうか? クローディアたちは確かに方法は間違っていたと思いますが、彼女たちだけに償いを求めるのは間違っていませんか? 魔龍同盟が生まれたのは迫害した側に全く責任はなかったのでしょうか?」
そこでトカゲは一旦言葉を切った。アニスの顔をじっと見る。
「申し訳ありません。これは私、いえ、我々エイトの勝手な思いです。ですが、こういう見方もあるのだと知っておいて欲しかったのです。我々エイトははるか昔に結成されました。その間、我々の扱いが良くなった時もあれば悪くなった時もあります。我々はずっと権力には関わらず、陰からずっとやってきたのです。彼女たちは2人で辺境で暮し、蛮族を狩って生活をしているようです。罪滅ぼしなのかどうかはよく知りませんし、私たちはそれにどうこう言うつもりはありません」
アニスは肩をすくめた。だが、先ほどの不満そうな顔ではなくなった。どちらかというと戸惑っている様子だ。彼女がこのような顔を浮かべるのは珍しい。
「わかんないね。でもわかんないのがわかったよ。教えてくれてありがとう。2人に対する判断は一旦保留にさせておくれ。アマンダとも話をしてみるよ」
「という事は、マートの救出に手を借りていいんだな。ということで、トカゲの兄さん、クローディアとブライアンと連絡を取ってもらえねぇだろうか」
「わかりました。そうですね、1時間程待っていただけますか」
読んで頂いてありがとうございます。
なかなかまとまってくれません……。ややこしい話になってしまいました。ゴメンナサイ。もう少しお付き合いください。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




