339 救出計画 1
「マート様は巨人たちの罠にかかったようだ」
夕方になって部屋から出てきたネストルはアレクシアたちの居る小会議室に向かい、暗い顔をしている3人にそう告げた。ジュディはまだ帰ってきていなかったが、アマンダとエリオットがすでに到着していた。
「向こうは魔法感知を使えるゴブリンメイジをかなりの数、それも長い間動員してすべての出入口を見張っていた。そしてマート様の侵入を見つけ、罠にかけた。おそらく魔法無効化の効果のある罠だ」
「……」
ネストルの言葉を聞いて、アレクシアとシェリーは唇をかんだ。マートは失敗しない。なんとなくそう思っていたのだ。その横でアニスがダメだダメだと自分に言い聞かせるように呟きながら首を振る。
「落ち込んでいる暇はないよ。猫も人間さ、罠ぐらいかかるだろうよ。パウルとライオネルには状況を説明するから最優先で来てもらっておくれ。アレクシア、研究所のメンバーはどうやって呼べる?」
研究所は転移が出来ない場所として認識されていた。
「研究所には直接飛べないけど、鳥の糞だらけの小島には転移できるという話です。長距離用通信具で向こう側から入り口を開いてもらう必要はありますが、そちら経由でエリオットさんお願いできますか?」
アレクシアの言葉に会議卓に座っているエリオットが頷いた。
「ああ、いいぞ。話が終わったら行こう。それとワイアットから伝言だ。ワイズ聖王国騎士団の輸送の仕事があって、調整をしないとすぐ抜けてこれないとのことだ。状況はまた後で聞かせてくれと言ってる」
「わかりました。ありがとうございます。罠ですか……ということは自力では脱出が難しいという事ですよね。どうして相手は殺さないのでしょう」
アレクシアが考え込む。
「殺さないというより殺せないようだよ。魔法が使えない檻の中とは言え、戦闘能力は失っていないらしい。とは言え、逃げれないようにしてしばらく放置すれば、食事なども出来ず衰弱して死んでしまうだろうということで放置されているようだ」
ネストルはまっすぐにアレクシアを見る。
「そうなのね…… 水筒でも持っていればと思うけれど、最近マート様はほとんどの装備をマジックバッグの中に入れているわね」
「そうだな、極力荷物は減らしたいようだったからな。というより、魔法無効化の呪文効果をこれほど長い間継続させるということ自体が異様なのだ。魔道具であれば、1つの魔石で10分がせいぜいだ。そんな魔道具を連続で使うなど、一体いくつの魔石をつかうつもりなのか」
エリオットが吐き捨てるように言う。
「それほどマート様が脅威に思っているということだろう。しかし、ということは捕まってからもう丸1日ぐらいになる、そろそろ渇きは出ている頃か」
「ああ、厳しいな、もって三日というところか」
シェリーの言葉にアニスはそう答えた。表情は暗い。先程から短い髪を撫でながらじっと話を聞いていたアマンダが口を開いた。
「アニス、どうする? 蛮族討伐隊はいつでも出動できるよ。ジュディが転移先を確定できれば攻めこむかい? 騎士団も出てるのを呼び戻した上で訓練中の連中も根こそぎ動員すれば1万は行くだろうよ。それに衛兵隊も足せば決して絶望的な数じゃないとおもうがね」
アニスはその言葉に首を振る。
「それは最後の手段だと思うんだ。その前に救出部隊を用意して、騎士団を動かすのはその作戦次第だろ。蛮族討伐隊で透明になれたり化けたりすることができるのはいないかい?」
「そうだねぇ、モーゼルみたいにスライムの前世記憶を持ってるのなら化けることはできるだろうけどそれだけだと蛮族と言葉は通じないって話だよ。幻覚呪文で透明みたいになれるっていうのなら居るけど、それはゴブリンメイジにすぐ見破られちまうだろうね。同じ呪術呪文でも変身呪文なら可能性はあるだろうけどそこまで呪術がつかえるのは居ない。他は今すぐには思いつかないね」
「マート様のあの魔道具……」
そう呟いたのは水都ファクラ奪還戦で変身の魔道具を借りたことのあったシェリーだった。その言葉を聞いてエイモスの横に座っていた鱗が思いついたように口を開いた。
「変身の魔道具か……、それを使って潜入をしていたんだろうな、でもよ、変身が使えるなんて、エイモスかプルデェンスぐらいじゃねぇのかよ、いや、あと一人いた、なぁ、アマンダ、クローディアってどうしてるんだ?」
皆一斉に彼女のほうを向いた。彼女は首を振る。
「知らぬ。ブライアンとクローディアはワイズ聖王国での人質事件のあと姿を消している。少なくとも私が魔龍王として過ごしていた間は魔龍王国には一度も姿を見せなかった。それに今更顔など出せるものではないだろう。魔龍同盟に蛮族の力を引き込み、その結果あれだけの被害と災厄を生んだのだ。魔龍王国側だけでも何人の死者が出たと思っている? 魔龍同盟軍を率いて、1万以上の人々を殺した私が言える筋合いではないが、もし姿を見せていたとしても許してはおけぬ」
「だけどよ、マートに酔ったときの話で聞いたことがあるぜ。あの2人の会話を聞いたことがあるってよ。それによると前世記憶を持つ連中のために働いてたのは間違いないだろうって言ってた。ただ、そのやり方はまちがってたんだろうけどな。クローディアの相棒のブライアンってのは転移門の呪文も使えるし、たぶんだけど蛮族との繋がりもあったってことは旧ダービー王国の王城の中も入ったことがあるんじゃねぇのか。それなら……」
鱗の言葉に、アマンダはさらに強く首を振った。
「いやだめだ。ドルフが言うのは2人はやり方は間違ってただけで悪いやつじゃない。許してマート殿の救出に協力してもらおうというのであろう。だが、2人の働きでどれほどの人間が犠牲になったと思うのだ? 魔龍王国側の犠牲は自業自得だとしても、ラシュピー王国もワイズ聖王国も2人を許すことはないだろう。それに2人を許すとなれば、魔龍王国にとっても影響が大きすぎる。いまはまだ魔龍王国はアスティンを中心にようやく動けるようになったところなのだ」
「だけどよ、それで騎士団や蛮族討伐隊が救出するときに出る犠牲が減るんなら……」
「いやだめだ、2人を許すことは、前世記憶を持つ人間にとって良いことにはならぬ。あれは決して肯定されてはならないことなのだ」
アマンダはそう言い切ったが、珍しく鱗がアマンダに食い下がる。
「だけどよ……、どんな方法だろうと、悪いやつの力を借りてでも……俺は猫を救ってやりてぇんだよ。どうせ見つかるかどうかもわからねぇ、探すだけでも探させてくれねぇか?」
「……」
アマンダは言葉に詰まった。アレクシア、シェリーが口を開くことができず止まっている横でアニスが口を開いた。
「なぁ、アマンダ、あんたがずっと沢山のラシュピー帝国の人々を殺したことを悔いているのは知ってたよ。だから爵位ももらわず、ストイックなまでに劣悪な環境で蛮族をたおしてきたことも、蛮族討伐隊の中でも元魔龍王国出身者には苛烈にあたっていることも……あんたなりの贖罪なんだろう」
彼女は一旦そこで言葉を切った。アマンダはじっと彼女を見ている。
「あんたはずっとそうやって蛮族を狩り続けるつもりなのかい? あんたの贖罪はいつ終わるんだ? 私からすると、とっくにその罪は贖っているとおもうよ? そろそろ自分を許しな。それと同じように他人の罪も許してやれないか?」
アマンダは何か口を開こうとした。だが、それをアニスは制する。
「ちょっと待っておくれ、まだ話は終わってないよ。なぁ、鱗」
「ん? 何だ?」
「いくら力があっても悪いやつはダメだ。ここでいう悪いやつっていうのは罪を犯しても反省がないやつのことだよ。反省があるのなら、その罪を償わせて社会に戻すってのはいい。でも、反省がないのならこっちの社会には戻せない。特にクローディアとかブライアンとかいうクラスは反省しているかどうか、そして償いをした上でこっちに戻る気があるのかきちんと見極めな。その上でないと衛兵隊の隊長としては許可できないね」
「わかった」
鱗はアニスに見つめられて頷いた。
「それで、どうかね、アマンダ?」
アニスは再びアマンダをじっと見る。アマンダはしばらく苦い顔をしていたが、やがてゆっくりと頷いた。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




