338 ローレライにて
状況を一番最初に把握したのは赤き港都ローレライに居るアレクシアだった。彼女は『長距離通話具』の中継機である『通話交換装置』の管理を任されている。
今回の作戦で、彼女はマートだけでなく、エミリア侯爵率いるワイズ聖王国騎士団に同行しているローレライ騎士団を指揮するオズワルト、海軍を指揮するワイアット、連絡武官として第2大隊を率いてハドリー王国軍と行動を共にしているアズワルト、内海東岸で蛮族討伐隊を指揮するアマンダたちと連絡をとっていたのだ。
一晩連絡が取れないマートを心配して朝一番に相談した先は、同じくローレライで防衛を担当しているアニス、待機状態のジュディ、シェリーの3人だった。最初、彼女らはマートが連絡をしてこないことはいつもの事ではないか、彼を信用するしかないと言っていたのだが、今回の作戦では多くの人数が参加しておりお互いの連携が重要であるとマートも意識していたはずだというアレクシアの言葉に頷かざるを得なかった。
そこで彼女たちは鱗と連絡をとった。ネストルの叡智スキルに頼ろうとしたのだ。だが、鱗が彼女たちの要望に応じてローレライ城に顔を出したのは太陽が中天にかかろうとした時間だった。
「遅いです、ドルフさん」
ローレライ城の小会議室の扉を開け、顔をのぞかせた鱗にジュディがいきなりそう声をかけた。
「や、やぁ、すまねぇな。だってよ、仕事はいつも夜じゃねぇか。それが終わって遅い時間から飲むからよ、朝は起きれねぇんだ。昨日も寝たのは明け方だったしよ」
鱗は誤魔化すように頭を掻きながら会議室に入ってきた。その後ろから真っ黒なローブを身にまとったネストルも一緒に入ってくる。
この侵攻作戦が始まってから、鱗とネストルが参加する会議はいつも夜に行われていた。これは、各騎士団の進軍があるのでどうしても夜営がはじまってからの軍議の際に情報連携が必要となることが多いためだ。
「でも、緊急事態なんです。猫と連絡が取れなくなったの。ここ数日は毎晩連絡をとっていたのに……」
ジュディは不安になっていたようで、言葉は少し早口だ。
「毎日連絡って、たまには羽根を伸ばしたいこともあるだろよ」
鱗がそう話している横で、状況を察したらしいネストルが自分の胸に手をあて、じっと目をつぶった。
「鉄格子……」
ネストルがそう呟いた。アレクシア、アニス、ジュディ、シェリーは彼の顔をじっと見た。鱗も彼のことを振り返る。
「叡智スキルによると、彼は鉄格子に囲まれた場所にいるようです。場所はおそらく旧ダービー王国の王城内でしょう」
ネストルの言葉に4人はお互いの顔を見合わせた。旧ダービー王国の王城で鉄格子の中ということは蛮族に捕まって牢屋に入れられているということだろう。だが、あのマートが大人しく牢屋の中にいるとは思えない。大きなけがをして動けないか意識を失っているのかもしれない。
「あの、大丈夫なのだろうか? 命の危険は……」
シェリーの問いにネストルは首を振った。
「命の危機という相はでていません。ですが自らが今すぐ移動したり連絡をしたり出来ない状況にあるようです」
「どうしたら……」
アレクシアの問いにネストルは待ってくれというように手を広げて軽く出した。
「叡智スキルはそれほど頻繁に答えを返してはくれません。謎はすこしずつ解きほぐさないといけないのです。全力はつくしますが少し時間を頂けるでしょうか」
アニスが頷いた。
「わかったよ、鱗、ネストル、二人には別の部屋を用意する。必要な物は用意するようにエバさんに言っておこう。全力で謎解きを頼めるかい?」
「もちろんです」
「ああ、大丈夫だ」
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「ジュディさま、そして、皆、とりあえずネストルの情報がある程度固まるまで時間がかかる。慌てずに状況を整理しよう」
鱗たちが部屋を出て行ったあと、アニスの言葉にジュディ、シェリー、アレクシアの3人は頷いた。
「アレクシア、猫が旧ダービー王国の王城でやってたことってのは何だい?」
「基本的には蛮族の動きを知りたいということでした。 霜の巨人や嵐の巨人は危険だから城の中心部には近寄らないようにすると仰っていたのですが……」
アレクシアの言葉にアニスは頷いた。
「何か、急に昔の事を思い出したよ。私達がさ遺跡で転移トラップに引っかかって飛ばされた時、マートは必死な顔をして助けに来てくれたじゃないか。あの時とは状況はまるっきり逆だ。なんとか助けないとね」
アニスがにやりと笑うと、ジュディが頷く。
「猫が水の救護人と評判になったときの話ね」
「そうだ、クランのサブリーダーをしてて救出作業の指揮を執ったジョブに後から聞いた話だけど、あいつは危険だとわかってる転移トラップに自分からかかって私たちを救いに来てくれたらしい。猫はあの頃から変わらない。無謀な事をする子だよ」
そういって、アニスは右手を握りしめた。そして首を振る。
「そんなことを言ってても仕方ないね。猫はまだ死んでない。それが判ってるだけでも気が楽ってもんだ。だけど、ワイズ聖王国軍、ハドリー王国軍、どちらも進軍には時間がかかる。旧ダービー王国の王城まではどう順調に行っても2週間はかかるだろう。それも今のまま蛮族たちがなにも抵抗してこなければだ」
「そんなの……待っていられない……」
ジュディが呟き、それにアレクシアとシェリーも頷いた。
「私はとりあえずみんなに連絡しておきたいと思う。鉄格子の中だと判ったけど、自力脱出が可能なのか、それともそれは難しい状況なのかというのはまだわかっていないんだ。猫が自分から潜んでいるだけという可能性も0じゃないんだ。杞憂に終わる可能性もある」
「わかりました。では、ネストル様のお話として内政官のパウル様たち、騎士団のアズワルト様たち、蛮族討伐隊のワイアット様、アマンダ様たち、研究所のモーゼルといったところに状況だけお伝えします。他の者たちには必要があれば話しますが他には話さない様に言ってください。エリオットさんはアマンダ様の所なので、彼女から伝えてもらえるでしょう。蛮族討伐隊も彼女に任せるとして、騎士団とライラ姫にはどうしましょう?」
アレクシアはシェリーとアニスの顔を交互に見た。
「うちの騎士団は、侵攻に参加していて急には動けない。オズワルト、アズワルトの2人には申し訳ないけど指揮をとるのを継続してもらう。状況だけは伝えて、場合によっては転移門をつかって移動することがあるという連絡にしておいてくれ」
シェリーの顔は真剣だ。
「ライラ姫には申し訳ないけど状況が確定してからでいいだろう。もちろん他の国の連中にもだ。うちの連中もある程度絞らないと騒ぎになったら大変かもしれないね」
アニスがそういうと、他の連中も頷いた。
「そうだ、ねぇ、転移門を旧ダービー王国の王城近くに開けるように用意だけはしておかないと……。いまだとたぶん半日はかかってしまう。それだといざという時間に合わないわ」
「一度近くまで行っておくということですか? 私も一緒に行きましょう」
ジュディの申し出にシェリーは不安そうだ。
「シェリーと手をつなぐより私一人のほうが速度が速いわ。決して王城には近づかない。遠くから見える位置までだから」
「わかりました、でもくれぐれも気をつけて」
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