33 精霊魔法
「猫、彼女と契約したってことは、精霊魔法をつかえるようになったのかい?」
マートから泉の水で満たされた水筒を受け取り、皆で回し飲みをしながら、アニスが彼に聞いた。
「まだ実感はないが、ウェイヴィそういう事なのか?」
「そうね、あなたの左腕の文様が契約のしるし。その文様に触れて願えば、あなたたち人族が精霊魔法と呼ぶ魔法のうち、私が得意とする水に関わる力が発揮されるでしょう。例えば、水を作ったり、水の上を歩く、水の中で呼吸するといったことね。あとは、寒さに耐えたり、氷を作ったりもできるけれど、それ以上は、あなたがどんな事を願うか次第ね」
「ふぅん、やってみても良いか?」
「もちろん」
『水生成』
マートがそう口にすると、彼が付きだした右手の前に丸い形でおおよそバケツ一杯分ぐらいの液体が現れ、2、3秒は宙に浮いていただろうか。その後、ばしゃばしゃと音を立てて地面にこぼれた。
「へぇ、すげぇな」
「でしょう?」
ウェイヴィは得意そうだ。
「量を増やしたり減らしたりはできるのか?」
「増やすのは精々2倍ぐらいまでね。減らすのは自由にどうぞ」
「じゃぁ……」
『水生成』
マートがそう口にすると、彼が付きだした右手の前に丸い形でおおよそコップ一杯分ぐらいの液体が3つ並んで現れた。少しすると同じようにばしゃばしゃと音を立てて地面にこぼれる。
「うんうん、分割するというのもイメージね」
『水生成』
マートはさらに続けて唱えたが、今度は水は現れなかった。
「魔法は連続しては使えない」
ウェイヴィがそう言ったが、ジュディがその様子を見て付け足した。
「再詠唱時間の事ね。猫、同じ呪文は10秒、違う呪文でも3秒は空けないと使えないの」
「へぇ、魔法の矢とかもそういう制約があるのか」
「その通りよ。なので、複数の魔法系統や複数の攻撃呪文が使えるというのは、圧倒的に強いのよ」
「なるほどな。1つだけなら10秒おきだけど、2つあれば交互に唱えれるから2倍攻撃できるってわけか」
「そういうことね」
「ウェイヴィ、氷を作るのはどうするんだ?」
「バケツに入れた水を凍らせるか、そのまま言うかどちらかね」
「そのまま言う?…『氷生成?』」
マートの目の前に、丸い氷の塊ができ、少しの間空中に浮かんでいたが、水と同様数秒経って、ごろんと地面に転がった。
「精霊魔法というのは、私たち精霊に、どういう事をして欲しいか呪文という形でお願いをして、それを私たちが実現することになるの。真理魔法のように決まった形があるわけじゃなく、私にイメージが伝わることが大事。だから、精霊魔法の呪文は、やりたいことをそのまま言うのよ。あと、さっき、あなたの恋人の女の子が言ってたように精霊魔法の呪文にも再詠唱時間はあるけれど、呪文単位ではないので気を付けてね」
恋人と言われてジュディは真っ赤になった。
「恋人って、ああ ジュディの事か」
「ジュディというのね」
「そういえば、紹介してなかったな。彼女がジュディ、その横がアニス、シェリーだ」
「泉の精霊のウェイヴィよ。新しい恋人仲間としてよろしくね」
そう聞いて、アニスが苦笑した。
「恋人というわけじゃないけど、まぁ仲間なのは確かさ。よろしく頼むよ」
「よろしくね」「よろしく」
ジュディとシェリーもそう応えた。
「ありがとうウェイヴィ。あとは爺さんに詳しいことは聞いてみよう」
「爺さんって?」
ウェイヴィは首をかしげた。
「グレタと一緒に居る爺さんさ」
「ああ、彼ね。彼は精霊との関わりは深いし、グレタとの契約も長いわ。彼といろいろ話をすることは、あなたにとっても有益でしょう」
「精霊魔法か、使い手が少ないからよく知らないけど、冒険者としてはいろいろ使いでがありそうな魔法だね。弓も使えるようになったし、猫、あんたも冒険者としてかなりいい感じに成長してきたよ。うちのギルドとしてもいい戦力になりそうだ」
アニスはそこまで言って、ふと気付いたように言い足した。
「なぁ、猫、彼女に服を着るように言いなよ。ジュディたちが話しにくそうにしてるし、街の中であのまま姿を現したら大騒ぎになるよ」
「ああ、そうだな。いくら精霊とは言え、裸だとな。ウェイヴィ、服を着ることは出来るか?」
「できるけれど、人族の男性は裸のほうが魅力を感じるのではないの?」
「そうかもしれないが、裸でいるというのは、人族にとってきわめて個人的な事なんだ。普段は服を着ていないと落ち着かない。できれば、服を着ていて欲しい」
「わかったわ。私たち精霊の姿は、今みたいにわざと姿を現す時を除いて精霊魔法の心得がない者には見えないのだけれど、猫がそういうのなら、あなたと2人きりじゃないときは、服を着るようにするわ」
「ああ、それがいいな。ずっと、ウェイヴィは俺と一緒に居れるのか?」
「ううん、わたしは泉の精霊だから、あまり長く泉から離れていることは出来ないわ。でも大丈夫よ。その契約のしるしに触れてくれたらいつでも話をすることは出来るし、呼んでくれたら、あなたのすぐ近くに現れることができるわ」
「そうなんだな。よかった。じゃぁ、俺達は一度、爺さんやグレタの居るところに戻ることにしよう。ウェイヴィ、そこでまた連絡するよ」
「今晩は、ここに泊まって行ってくれないの?せっかく契約を交わしたのに」
マートはそう言われて、頭を掻いた。
「悪いけど、俺は今仕事中だ。彼女たちを案内しないといけない。また時間のあるときにゆっくりと泉は訪れることにしよう」
「わかったわ、猫」
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「なるほど、猫よ、泉の精霊は情け深く、その分、嫉妬深い。注意せよ」
「名前をつけてあげたのね。ウェイヴィ。いい名前。ちゃんと仲良くしないとだめよ。命令できると勘違いしちゃダメだからね。私たち精霊と、あなたたち人族とは友人よ」
彼らがドルイドの老人の家に戻ると、老人と木の精霊のグレタは彼にそう注意した。
「ああ、わかった」
「ヤドリギは無事もらえたようじゃの」
「ああ、問題なくな。ジュディたちは一度、あれを持って、王都にある魔術学院に戻るらしい。報酬は結構もらえたから、しばらくはのんびり暮らせそうだ。また、遊びに来るよ」
「そうじゃの。詳しい精霊との付き合い方については、その時にな」
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