337 潜入調査
秋になり、ワイズ聖王国の働きかけによって人間の各国勢力は一致団結して蛮族領への侵攻を始めた。
ワイズ聖王国とラシュピー帝国はクロイサ河の河口にある街、ナッガを起点として内海沿いに、そしてハドリー王国とダービー王国は水都ファクラを起点として真っすぐ東にそれぞれ進んでおり、不思議なことに今のところ大きな蛮族の抵抗を受けることなくこれら2つの軍勢は順調にこのダービー王国の旧王都に近づきつつあった。
また、アマンダの率いる蛮族討伐隊は順調に拉致された人々の奪還を進めつつあった。こちらはアマンダと少数の斥候部隊が内海東岸で蛮族が人間を使役している農場を探し、転移門パネルを使って軍勢を送り込むという事を繰り返していたのだ。蛮族側はその行動に対処できず、彼女たちは毎日のように農園を開放し、貯め込んだ資産を回収するとともに数千人という単位で人々の奪還を続けていた。
そろそろ蛮族側は何らかの動きがあるはず……そう考えて、この旧王都近くに潜んでいたマートだったのだが、案に相違して霜の巨人も嵐の巨人もずっと籠ったままであった。
2体の所在についてはネストルに叡智スキルを使って確かめてもらったので間違いはないはずだった。とは言え彼らは共に転移呪文が使えるし、叡智スキルも万能ではないのはマート自身で証明していたので安心はできないのだった。
だが、アマンダの持つ蛮族が使っている長距離通信用の魔道具にも、さらに食料を旧王都に運ぶような指示しか出ていない。
“魔剣よ、どうすればいいと思う?”
“今回、人間側の侵攻は蛮族たちにとっても予想外であったのではないか? 反撃を数年先と見込んで最上位種を増やすのに注力しすぎてしまい、侵攻を受けて、今あわててゴブリンたちが増えるのをまっておるのではないかと思うのだが”
“その可能性も確かにあるけどな”
“では忍び込むのは止めたらどうじゃ。侵入先は敵の本拠じゃぞ? そなたが規格外なのであって本来そんなに簡単に忍び込めるものではない。得られる情報は本当に冒すリスクに見合うものか?”
魔剣の問いにマートは一旦首を傾げた、だが、静かに首を振る。
“ギガリザードマンが都市を襲うとかよ、そんなのを考えると少しでも情報を掴みてぇじゃねぇか。リスクとかなんとかは言ってられねぇよ。とは言え、変身をつかわねぇといけねぇのがなぁ”
マートは顔をしかめた。ここ数日、旧王都には巨人たちの動きの情報を得ようと何度も忍び込んでいた。出入りしている蛮族の記憶奪取も試みたが、記憶奪取ができるような魔法の素養の低い相手はあまり重要なことは教えられていないようだった。もちろん霜の巨人や嵐の巨人といきなり遭遇しない様に城の中心部は避けているというのもあり、有用な情報はまだ得られていない。魔法を使える魔族が多いので変身呪文をつかわざるを得ないことも気持ちを重くさせているのだ。
“まぁ、行ってくるさ”
マートは丘巨人に変身して城に向かった。荷物の搬入口からここ数日と同じように入りこみ、そのまま身縮めの腕輪で小さなサイズとなって天井の隅に潜む。潜入で識別を使う必要性があるので魔剣は身に着けておく。王城は天井が高いところが多いので身体を隠す場所には苦労しなかった。
“食料を焼き討ちするにも、分散して管理されてる上に警備が厳しい。一か所だけだとあまり効果もないしなぁ……”
マートは巨人の姿のまま飛行スキルをつかって天井辺りを飛び、城内で話している内容を聞き情報を集める。その中で巨人族の言葉がふとマートの耳に入ってきた。
「ギャヒ、ギャヒヒヒ、ギャヒ……(山々の集落への侵攻が……)」
山々の集落、それはたしか滅びたハントック王国の王都が置かれていた都市ハントクのことのはずだ。蛮族はハドリー王国南部への侵攻を計画しているのだろうか。
マートはあわてて声のあたりを注視した。先ほど喋っていたのは山巨人の一人のようだ。そいつはヴィヴィッドラミアと喋っていたようだが、急に会話を止め、2体ならんで王城の奥の方に向かって歩きはじめた。マートは続きが気になりその後ろを追跡し始める。山巨人や海巨人は丘巨人などジャイアントの上位種であるが、あまり知能は高くない。また、魔法の適性も低いことが多いので記憶奪取には都合が良い。
マートはなんとかそいつを捕まえられないかと考えながら尾行を続けた。やがて2体の蛮族は幅2m程の細くて長い通路を通り抜けた。それを追って通路に入ったマートはしばらくしてすこし嫌な予感がしてあわてて戻ろうとした。だが、そこでヴィヴィッドラミアはにやりと笑った。
“バチン!”“ガキン” 続けざまに音がした。通路の前後に鉄の柵が下り、いきなりマートが使っていた身縮めの腕輪の効果と変身呪文の効果が一瞬で解除された。変身状態で装備していた身縮めの腕輪と魔剣は落下して大きな音を立てた。通路の中は魔法無効化の領域らしい。
【毒針】 -致死毒
【肉体強化】
マートは前の鉄格子に向かって突進しつつ、毒針を追っていたヴィヴィッドラミアと山巨人に放つ。天井からはさらに2m間隔ほどで廊下を区切る鉄格子が落ちてきた。マートの放った毒針は2体の蛮族に続けざまに突き刺さる。ヴィヴィッドラミアが先に倒れ、山巨人も続けて床に膝をつくと、力を失いその場に崩れ落ちた。
“ガツッ”
マートは驚異的な速度で一番端の鉄格子にまで迫り全力で体当たりした。だが、鉄格子は残念ながらビクともしない。マートは鉄格子を越えて左手を突き出す。だが魔法無効化の効果は鉄格子を越えても1m以上あるようで左手の精霊やニーナの文様は反応がなかった。マートはすぐ後ろに落ちてきていた鉄格子にとりつくが、肉体強化の力を持ってしてもその鉄格子はびくともしなかった。
「ギャヒギャヒギャヒ!……(さすがというべきか。そうか、毒針があったの。魔法を封じてもまだ戦えるというわけか)」
部屋の奥から、姿を現した 霜の巨人が床に倒れた山巨人とヴィヴィッドラミアを軽く蹴って押しのけた。檻の中を覗き込む。マートは霜の巨人に毒針を打ち込む。だがその毒針は通じなかった。
「ギャヒギャヒギャヒ……(面倒なことじゃ。じゃがわしには通じぬぞ。以前は喉の奥を狙われたがそれも注意しておれば避けられることじゃからな)」
「……」
マートは黙って霜の巨人を見た。言葉はわからないが、何か得意げに喋っていることだけは判った。相手が強いときにはじっと隙を狙わなければならない。
「ギャギャギャッヒッヒッ……(無理して殺そうとすればこちらに隙が出来そうじゃ、やめておこう。どうせそこからは逃れられぬ。その区画、いやそれだけでは不安じゃな、それに加えて前後1区画は魔法無効化を続けておこう。人間は脆い、1週間もそのまま放置しておけば動けなくなるじゃろうて。これで一番の懸念は排除できた。慌てて動かずに慎重に罠をかけた甲斐があったわ。あと注意すべきは聖剣の騎士と魔法使いじゃな。以前の失敗は繰り返さぬ。その3人さえ処分できれば、この後はいくらでも逆転は可能じゃ)」
満足そうに霜の巨人はその場を去っていったのだった。
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