336 恋人仲間
数日後、マートはエミリア侯爵の居る騎士団総司令部の一室の近くに忍び込んでいた。正式に訪問するのは面倒だったというのもあるが、2人っきりで会った方がきちんと話ができると考えたのだ。
彼女は補佐官のメーブや騎士団司令部の面々と大きなテーブルに地図を広げていろいろと話し合っていた。内海や旧ダービー王国、旧ハントック王国、ハドリー王国が描かれた大地図のようだ。ただし、ワイズ聖王国領内、白き港都オランプ、水都ファクラ近辺、ハドリー王国の王都グレンは様々な情報が書き込まれているもののそれ以外の地域の大半は真っ白だ。その地図の上には様々な形の駒やマーカーが置かれ、彼女たちはそれを動かしたりしていろいろな話し合いをしていた。
マートがその様子をしばらく見ていると、エミリア侯爵はふと何かに気が付いた様子で、すこし思案顔になった。
「メーブ、少し一人で考えたい。一度休憩にしよう」
彼女はそう言うと、椅子をテーブルに近寄せると地図を眺めつつそこに座った。司令官や補佐官たちはぞろぞろと部屋を出て行く。
「よく気が付いたな」
マートはみんなが出ていくのを待って姿を現した。
「ふふ、やはりか、我が夫殿。この年にもなって、こうもまだ胸がときめくとはな」
彼女は少し微笑むと黒地に金色の飾りのついた男装の詰襟を緩め、まとめ上げていた髪を解いた。伸びた栗色の髪がふわりと肩にかかる。
「聞いたぞ、ライラ姫をそなたに嫁がせようという話。今、王城ではその噂で持ち切りだ。私の所ではなく、ライラ姫の所に行くべきではないのか」
「そうか、もう噂になってるのか。考えさせてくれって返事をしたんだけどな」
「ふふん、貴族たちはそういう話に敏感だからな。宰相殿もわかって動いているのだろう。まぁそれはいい。今更何の用で来たのだ」
そう言いながらエミリア侯爵は髪をかき上げた。
「一応以前断った理由が理由だからな」
「ふむ、私と結婚しない理由は無くなったと言いたい訳か。この色男め。残念ながら、簡単にそれならという訳には今の状況としては難しいな。もし、そなたがライラ姫からの求婚を断るのなら……」
そこまで言って、エミリア侯爵はマートの顔をじっと見た。マートはなんとも言えない複雑な表情を浮かべている。すこし間をおいて、彼女は小さなため息をついた。
「ふふふ、止めておこう。残念ながら私は今はもうその気はない。今は侵攻計画の策定中でな、非常に忙しいのだ。ローレライ侯爵殿はさっさとライラ姫の所に行ってやるがいい」
エミリア侯爵ははっきりとそう言って、再び髪を上げてピンで止めた。マートは唇を少し突き出して不満そうな表情を一瞬浮かべたがすぐに軽く微笑む。
「ありがとよ。また遊びに来る」
「ふん、勝手な事を。では、今度来るときは蛮族支配地域の情報でも持ってきてくれ。あそこは蛮族しかうろうろできぬ地になっていてな。諜報活動は苦労しているのだ。そなたなら簡単だろう」
エミリア侯爵はさっさと手を振ってマートを部屋から追い出したのだった。
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マートは王都の自分の邸宅に移動した。前触れのない帰宅に執事や女官たちは少しは慌てたが、食事や着替えなども特に必要ないと告げて自分の部屋に篭もる。ローレライ侯爵家では転移可能な魔法使いが2人も居て、頻繁にこのようなこともあるのでこのような急な来訪、出立はあるので大混乱というほどではない。
ライラ姫に長距離通信用の魔道具で急がないが2人で会いたいとメッセージを送る。すると、夜遅くなりますがお部屋にお邪魔しますと返答がすぐに返ってきた。相変わらず忙しいのだろう。マートはのんびりと待つことにした。
そして、ライラ姫が息を切らしつつ秘密の通路を通ってやってきたのは夜もかなり更けてからだった。
「マート様、遅くなってしまいました」
「忙しいのは判ってるから気にしなくていい。こっちこそすまねぇな。わざわざ呼び出したりしてよ」
マートはそう言いながら、ライラ姫を部屋の中に案内した。ベッド脇の小さなテーブルの椅子をすすめる。ライラ姫は勧められるがままにそこに座った。テーブルにはマートが用意したのであろうちょっとしたナッツ類とワインが置いてあった。グラスの一つはマートが呑んでいたのだろう。少し減っている。
「ああ、ライラ姫を待ちながら少し飲んでたんだ」
「そうですか。では、私も少しいただけますか?」
マートはマジックバッグからグラスを取り出すと、そこに赤いワインを注いだ。
「透明度も高いすばらしいグラスですわ」
この時代のガラスの加工技術はあまり高くない。透明度が高いグラスは貴重品だ。
「ああ、昔冒険で手に入れたやつさ。ワインを入れると映えるよな」
「本当ですね」
ライラ姫はグラスを明かりに透かして見て楽しんだ。
「いろいろと待たせて悪かったな」
マートはその様子を見ながら、呟いた。
「いえいえ、お待たせしたのは私の方ですわ」
「いや違う、結婚の話さ。俺がもっと早く割り切ってりゃ、こんな待たせずに済んだだろうなと思ってさ」
「そっちの件は……申し訳ありません。いろいろと姉のレイラが動いて、私などのために……」
「でさ、いろいろと考えた。実は俺が結婚しないといってたのに、それでも待っててくれたのも居て、その子たちに先に結婚しようと言ってきたんだ」
「エミリア侯爵様ですか?」
「彼女には告白したが断わられたよ。でも他にも何人か居るんだ。ライラ姫にとっては酷い話だとは思うんだが誤魔化す訳にも行かない。そしてその子たちとも結婚をしたいと考えている」
「その子たち……たくさんいらっしゃるのですか?」
「お嬢…ああ ジュディのことだ。それとシェリーの二人は知ってるだろう? あとはうちの補佐官のアレクシアと女官になってるエバとアンジェの5人」
「そんなに……?」
「そして、精霊のウェイヴィだ」
「精霊様……ですか」
ライラ姫は少し強張った微笑みを浮かべた。
「精霊って言ってもそんな身構えることはねぇさ。実体化している時は人間と変わらねぇ。髪の色とか肌の色が少し違うけどな。ウェイヴィに言わせると恋人仲間だそうだ」
「恋人仲間……私にもなれるでしょうか?」
「俺はライラ姫ともそうなりたい。唐突な話だからすぐに返事はしなくてもいい。他のメンバーはお互いが良く知っているんだが、今まで姫は忙しくてずっと王都から離れられなかった。これから徐々にこっちに連れてくるようにするよ。そうやって、心の整理をしてから……」
マートの言葉にライラ姫は微笑んだ。
「心の整理など必要ありません。たくさんの恋人がいらっしゃると知って少し戸惑っただけです。私もあなたの妻の一人になりたいと思います」
マートは席を立った、ライラ姫に近づきぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
ライラ姫もそう言ってマートの胸に顔をうずめた。
読んで頂いてありがとうございます。
次回は新しい話にしようと思います。ついに蛮族の領地への侵攻の話になる予定です。残った2体の巨人の王を倒せれば終わりとなるのですが、きっと素直にはいってくれないでしょう。すこし練りたいこともあるので次回1/24は登場人物の整理だけにさせて頂き、その次1/26から本編の予定と考えています。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




