335 海辺の家で
魔法のドアノブで扉を開き、海辺の家に移動すると、エバの言った通り丁度夕日が海岸線に沈んでいくところだった。マートたちはその景色を堪能しながら、庭で焚火や食事の準備を始めた。真夏ではあるが海からの風は涼しく心地良い。
皆で手分けするとあっという間に火は熾り、その上に置いた金網の上では肉や野菜がいい匂いをさせはじめた。
「エバ、遅いわね。どうしたのかしら」
ジュディが呟くと、それに合わせたようにエバが戻ってきた。
「アニス様を何度もお誘いしたのですがお留守番をされるそうです。そして、調整しておくから扉を閉めて何日かのんびりしてくると良いと仰ってくださいました。もちろんマート様もたまにはお休みをとってくださいとのことです」
「えっ?」「あっ!?」「ええっ?」「きゃぁ♪」
4人の女性たちは驚きの声を上げてお互いの顔をきょろきょろと見た。マートは苦笑を浮かべる。
「内海の北岸や東岸の調査は丁度区切りが付いたところだし、たまにはいいか。そっちは何かあればアマンダが連絡してくるだろ」
「最近よく出かけられていると思ったら、そちらで動いていらっしゃったのですね」
アレクシアの顔が急に真面目になる。
「ああ、生産している食糧を減らせば最上位種を生み出す速度は鈍るはずだってアマンダが言い出してな。前に行った蛮族の巨大港湾都市があっただろ、あのあたりから北の一帯を調査してたのさ。おおざっぱな地形と主な農園や蛮族のキャンプの位置といったところかな。あっちの部隊は転移門を開くパネルの魔道具でウィードの街とつながるようになったから蛮族連中に見つかる可能性も少なくなった。これで今までよりがっつりやってやるよって気合が入ってたぜ」
「転移門を開くパネルって、この海辺の家と中央なんとかって深い森をつないでたやつよね。あれの再調整っていつしたのよ? 私も一緒にしたかった」
ジュディが残念そうに言う。
「あれは内海の老人のところから帰ってきてからすぐだったかな。アマンダがこっちに戻るとすぐ内海の東岸で蛮族から人間を取り戻すのを始めただろ? だが蛮族討伐隊のうちアマンダが率いているのは千人にも満たない人数だったし、いつ蛮族にみつかって逆襲されるか不安だったんだ。奪還した人間もエリオットに転移門で定期的に運んでもらわないといけなかったし、食料などの問題もあった。あのパネルが使えるようになって丁度良いと思ってな。すぐに持って行ったんだ」
「そのあたりの事情はわかりました。もちろん大事な事であるのはわかります。あとはできれば私なりエバ様に状況をお伝えいただければ……」
「ああ、アレクシアはいつもほんとすまねぇな。説明が面倒でな、つい一人で行っちまう。今後はどちらかには伝えるようにしよう」
アレクシアの言葉にマートは自分の頬をぽりぽりと掻く。
「そろそろお肉が焼けてきましたよ。野菜も食べ頃です」
アンジェがそう言って、それぞれの皿に焼けた料理を乗せ始めた。マートも皿を受け取ると早速焼きたての分厚い肉にかぶりついた。
「おお、うめぇな。塩加減とかもちょうどいい」
「ほんと、アンジェは上手だ」
他の連中も皿を受け取り焼けた肉や野菜に舌鼓を打ち始める。精霊たちも同じように料理をうけとって食べ始めた。ニーナの仮面は鼻から下の部分が仮面の中に収納されて食事ができるようになっていた。さすがドワーフの細工品だと言うべきだろうか。
「仮面は外されないのですか?」
エバは不思議そうにニーナに尋ねたが、彼女は単純に「できない」と首を左右に振った。彼女が昔のライラ姫にそっくりであることを知っているジュディとアレクシアはそれに何も言わなかった。
「ねこ、私はみんなと一緒にねこと婚姻をしたい。婚姻というのは結婚……つまり妻になるという事でしょ?」
急にウェイヴィが言いだした。精霊との間に生まれた子供が英雄となるという伝説はあるが、公に妻となった精霊など居たことがあっただろうか? 吟遊詩人として様々な英雄譚を憶えているマートも一旦首を傾げる。ジュディたちもどうすべきか迷っているような様子だ。マートはウェイヴィの顔をじっと見た。
「婚礼というのは人間の習慣だ。ウェイヴィは人間の習慣を守れるか?」
マートはウェイヴィの髪を撫でつつそう問うた。彼女はもちろんと頷く。
「エバ、アンジェ、ウェイヴィは人間としての常識はないし、ふるまいにも慣れていない。あとは俺が召喚している精霊なので俺の近くでしか存在できないという特殊性もある。うまく指導してやってくれるか?」
エバとアンジェは頷いた。
「よろしくお願い致します。ウェイヴィ様」
エバとアンジェが丁寧にお辞儀をする。ウェイヴィはにっこりと微笑んだ。
「こちらこそよろしくね、恋人仲間として仲良くしましょう」
それからは、皆エール、果実酒、ダービー王国で作られた米の酒などで改めて乾杯をし、料理に舌鼓を打った。そのうちマートが楽器を持ち出し、ヴレイズが踊り出すと宴は大いに盛り上がり始める。
「マート殿、私は男性とあまり、その、個人的に親しくなったことがなくて……」
シェリーは相変わらず酒には弱いようですでに顔が真っ赤になっている。
「シェリー、抜け駆けはよくないわ。猫、お酒飲んでる?」
ジュディがマートの横に座るとしなだれかかった。彼女も既に呂律があやしい。
「ああ、楽しんでるぜ」
見回すとエバが水の入ったカップを2人に運んでくれていた。アンジェはウェイヴィ、ヴレイズと気が合ったらしく、鼻歌を歌いながら一緒に踊りのステップを踏んでいた。あれはリリーの街の祭りのステップだろう。アレクシア、フラターとニーナは焚火の番をしながら、これがおいしそうだと料理をつまんでいる。日はいつの間にかすっかり沈んであたりは闇に包まれていた。見上げると満天の星空だ。
「みんな俺と一緒に居てくれる。ほんとに、ありがとよ」
マートは思わずそう呟いたのだった。
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