331 進まぬ理由
今回は途中で暗いエピソードの説明があります。ご注意ください。
マートたち3人はライラ姫の執務室を出て魔法庁の中に用意されている部屋に戻った。マートは何を考えているのかじっと真剣な表情で、ジュディたち2人は話しかけにくい雰囲気だ。
「アレクシア、悪いが今日の宰相との話し合いの結果を皆に伝えて、細かい話をつめておいてくれ。お嬢はいつも通りアレクシアを連れて帰ってやってくれよ。俺はちょっと出かけてくる」
マートはそう言って魔法のドアノブを取り出した。
「あの、一体どうされるのですか?」
アレクシアの声は震えている。
「ああ、わかってるさ。でも少し整理させてくれ」
マートが開けた先は何度も行ったことのある海辺の家の部屋だった。マートは一人その中に入り、後ろ手で扉を閉める。そのままドアノブが向こう側で引き抜かれ2人の部屋側の扉が無くなった。
「……マート様はどうされるおつもりなのでしょう? ライラ姫の輿入れを受け入れられるのでしょうか? その時、ジュディ様はどうなさいます?」
アレクシアに問われ、ジュディは大きくため息をついた。
「わかんないわ。でも猫は私たちの気持ちも解ってるはず。きっと……。きっと……」
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その日の夕方、マートは一人研究所を訪れた。
マートが移動したこの研究所にはバーナード、ローラ、モーゼルの他、主に蛮族討伐隊から選抜された研究員が日々魔道具や過去の遺跡でみつかった資料などの研究や魔道具の製造にあたっている。当初は10人程であったが、徐々に人数が増えて、最近はおよそ50人という人数になっていた。
「なぁ、バーナード。忙しいのに済まねぇが、ちょっと教えてくれよ」
マートは真剣な顔をして話しかけると、魔道具を調べていたバーナードは髭だらけの顔を上げた。
「ああ、なんでも聞いてよ」
「輪廻転生の理への介入、あれは結局わかりそうにないか?」
「それね……」
バーナードは溜息をついた。魔道具を置き、マートの方をじっと見る。
「あれから僕らは手分けして研究棟や倉庫棟に残っていた資料については全部見直してみたんだ。でもね、研究対象のゴブリンの個体差や発生した影響についてまとめた資料はみつかったものの、具体的にどのような事が行われたのかという資料は全くなかった。これだけ何もない所を見ると、僕はそれらの処置を行った別の施設があったんじゃないかと思う。きっとそこで母体に対して生まれてくる子供が前世記憶を持ちやすいように何かを細工をしたんだ」
「別の施設……か。当然座標らしきものとかはわからないよな」
「転移するときの座標? それはわからない。僕が別の施設があったんじゃないかって思うのは研究対象のゴブリンが連れて来られる時の注意事項の中に、夜から夕に移動する場合、ゴブリンが体調を崩すことがあると書かれているからなんだ」
「夜から夕?」
「僕が思うに時間がずれているんだと思う。つまり長距離を転移してるのではないかって推測だよ。ということはどこか別の拠点があるってことだろう」
「成程な。どれぐらいの時間だ?」
「4時間ぐらいかな。でもはっきりはしない。雲をつかむような話だよ」
くびを振るバーナード。それを見てマートも大きなため息をついた。
「マート様、いつもと全然様子が違うね。一体どうしたの?」
「バーナードは結婚についてどう思う? 魔物や蛮族の前世記憶を持つ子供が生まれたら……と考えた事はないか?」
バーナードは頬の髭を指でつまみ、捻じって伸ばす。
「昔は僕も子供なんてと思ってたよ。でも、この研究所を見てよ。前世記憶を持つ人間がこんなにも居るんだ。そして、僕らの作る魔道具はいろんなところで役立ってる。そうだろ? 蛮族討伐隊全体でみたら、もっとたくさんの人の役に立っているはずだ。前世記憶を持つことはもう後ろめたい事じゃない。最近は少しずつそう思えるようになってきた。だから結婚もそのうちにしたいと思っているし、子供も欲しいな」
マートは少し力なく微笑んだ。
「そうか、それは嬉しい事だ。頭ではわかってるんだけどな。いまだに吹っ切れねぇ。ちょっと暗い話だからあまり話したことはないんだがちょっと話していいか」
そこまで言ってマートは一度言葉を切った。バーナードは黙って頷いた。
「昔、俺が居た旅芸人の一座で獣使いの夫婦に赤ん坊が産まれることがあったんだ。貧乏な一座だったし、旅芸人だったから決まった宿なんてない。その女が産気づいたときにはよ、馬小屋を借りてそこで出産させたんだよ。みんな仲が良かったから全員で出産を手伝ったよ。お祭り騒ぎだった。一座の新しい子供はみんなで育てようって話し合ってた。でもさ、生まれた赤ん坊は生まれた直後に大声で泣くのと同時に身体から炎が噴き出たんだ」
バーナードの目が驚きに見開かれた。
「炎? サラマンドラの前世記憶……か?」
「わからねぇ、サラマンドラの前世記憶を持つ男と戦ったことはあったが、そいつを泣かせたことはなかったからな」
「その子は?」
「泣くたびに全身が炎に包まれるんだぜ? 誰もろくに世話ができなかった。夫婦は頑張ったんだけどな。結局衰弱して死んじまった。最初にその赤ん坊を抱きあげた軽業師の女も火傷が酷くて跡が残った」
マートは目を閉じた。マート自身はまだ幼い子供の頃の話だ。貧しい旅芸人の一座だったが、助け合ってみんなで育てようと楽しみにしていたのに……。
「そうか、前世記憶でもそんなことがあるんだな。小さい頃にそういうのを知ったら……。それで思い悩んでたのか。エミリア侯爵にまた告白されたのか? でも、それについては、一つ、まだ可能性だけど解決策があるかもしれない」
バーナードは今度は顎の髭を指でつまみ、今度はくるくると巻き付けた。
「ステータスカードに埋め込まれていたもので、失われていた呪文、鑑定呪文を覚えているかい? 対象がどのようなスキルを有しているか知ることができる呪文なのだけれど、これは研究の結果使えるようになってるんだ。もちろん相手の同意が必要な呪文なのだけど、研究次第では胎児に対して使えるかもしれない。なぜなら妊娠中でも転移はできるらしいからね。母体の同意があれば大丈夫って事だと思うんだ」
「そうなのか?」
マートの目が驚きに見開かれた。
「確実な話じゃない。研究を進めてみるよ。でもね、少し考えてほしい。どんな素質があるのかというのが生まれる前からわかるってことは本当に良い事なのか。もし素質によって堕胎を考えるなんてことがないかどうか」
バーナードの言葉にマートは少し苦笑いを浮かべた。
「馬鹿な親もいるからな。致命的な前世記憶だけをチェックできれば、それのほうが良いかもしれねぇな。どっちにしろ元凶は輪廻転生の理への介入だ。別の研究施設があるのならそこで何かわかるかもしれない。研究施設から時差4時間ということは……いや、だめだ。その前にお嬢たちと話をしねぇと。長い間待たせてるからな」
マートの声には少し張りが出た。
「バーナード、ありがとよ。ちょっとだけ吹っ切れたかもしれねぇ」
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