330 宰相からの依頼
マートがワイズ聖王国に報告を上げてから10日。真夏のことでもあり殊更に良い天気で、まだ朝早いのにも関わらず非常に暑い日だった。
マートはライラ姫に呼ばれジュディとアレクシアを伴い魔法庁にやってきていた。3人は早速ライラ姫の執務室に通された。そしてそこには宰相であるワーナー侯爵も待っていた。
「マート様、お越しいただきありがとうございます。ジュディ様も転移ありがとうございました」
ライラ姫は出迎えると丁寧にお辞儀をした。マートたちも2人にお辞儀を返す。ライラ姫の従者が3人を席を案内し、そのまま礼をして部屋を出ていった。
「すまないな。ライラ姫がローレライ侯爵とは特別の連絡手段をお持ちというので利用させていただいた。本当であれば、私がローレライ侯爵の領地に訪問して話すべき内容なのだが、今回は本当に時間が足りなくて申し訳ない。しかしこの長距離通信用の魔道具というのは便利な物だな。ライラ姫がマート殿にそれを渡していたというのは本当に未来が見えていたのではないかと思うよ」
ワーナー侯爵は感心するように言った。
「んーどうなんだろうな」
マートは首を傾げたが、ワーナー侯爵の横でライラ姫は何故か顔を赤くしている。
「あまり時間もないゆえ早速本題に入らせてもらう。1つ目はローレライ騎士団と蛮族討伐隊及び海軍の事だ。ワイズ聖王国としては今年の秋の収穫を終えた頃を目途にエミリア侯爵を将軍とする軍勢を旧ダービー王国王都占領を目指して派遣することを計画している。それに参加願えないだろうかという話なのだ」
ワーナー侯爵は真剣な表情でそう言った。
「ああ、実はそれについては話をしてきたんだ。他の貴族たちの手前、うちが出さない訳にはいかないだろうってな。ただし出すのはローレライ騎士団約6千と海軍ガレー船100隻、帆船100隻までとして欲しい。騎士団はそれが限界だし、蛮族討伐隊と海軍の一部は今別の事をしてるんだ」
「ほう、6千とは、侯爵家の騎士団としてそれだけでも十分な数字だ。それに船が100隻ずつもとは……」
ワーナー侯爵は思わず感歎した。
「まず海軍が全部出せないのは宰相閣下も知っての通りハドリー王国からの支援要請などもあって内海での蛮族の船と対抗するための活動をずっと行っていて、それに割かざるを得ないから……だそうだ」
マートの口ぶりはすこし棒読みだった。それも最後はだそうだと付け加えている。
「次に蛮族討伐隊なんだが、アマンダが魔龍王国から戻ってきた事は知ってるだろ? 今は蛮族討伐隊の大半は彼女が率いて内海の北岸にある蛮族の農園を片っ端から潰し、拉致されていた人間たちを回収して回ってるんだ。だから軍団に参加するのは難しい。これについては、ゴブリンやリザードマンの繁殖のための基本となる食料生産を削るという意味で重要だと判断してる……んだと。まぁ詳しいことが聞きたかったら、ここにいるアレクシアに聞いてくれ」
こちらの説明にもマートは最後は自信がなさそうだったが、ワーナー侯爵とライラ姫は納得したらしく大きく頷いた。
「なるほど、最近また蛮族に拉致されていて救われた人間がまた増え始めたという話があがっていましたが、そのおかげだったのですね」
「ああ、今はダービー王国出身が多いみたいでラシュピー帝国出身は少ねぇようだが、それでも増えてる」
「わかった。協力いただく数字だけでも他の貴族たちは十分納得しよう。さらに内海の制海権を維持し、別動隊として蛮族討伐隊は働いているとなればだれも文句は言うまい」
マートは苦笑を浮かべた。ネストルやアニスがワーナー侯爵は国内でマートにばかり便宜を図っていると板挟みになっている事を懸念していたが、今の口ぶりを聞けばやはりそうなのだろう。
「そして、次の話なのだが、食料などの物資についてだ。国の遠征軍なのですから本来食料などは全て我々で確保すべきなのだが、国庫はまだ十分とは言えないのが現状。図々しい願いだとは思うのだが、遠征中のローレライ騎士団の食料について……」
「ああ、うちの分は心配はいらない。それに、うちの内政官たちの話では、今年もウィード領は大豊作でな。ダービー王国から一時預かっている連中も頑張って働いてくれているから別に10万樽ほどそちらに融通できると言ってる」
「10万樽も?」
「ウィード領は税金免除だからな。税金と考えればまぁ安いさ」
「ウィード領と言っても、マート殿が領地として与えられたのはウィードの街とその近辺、港街グラスゴーだけで都市の人口は2万にも満たなかったのですよ。それなのに10万樽?」
ライラ姫が不思議そうに尋ねる。
「蛮族の住む荒地については開拓は自由。蛮族討伐隊が蛮族を討伐したおかげで土地は何倍にもなってるからな。ブロンソン州からの難民や奪還した人々で行く先がわからない連中を保護したおかげで人口もかなり増えてる。平和な土地と人間がいれば収穫量は上がるからな」
「ウィード領が広がっていることは私も知っている。だが、他の貴族たちにはあまり言わぬほうが助かる。特にラシュピーの貴族たちにはな」
ワーナー侯爵はすこし苦笑を浮かべつつそう言った。そしてすこし間を開け、座っているライラ姫をちらりと見てからコホンと咳をした。
「最後にもう一つ。これはライラ姫にも申し上げてないことだが……昨晩国王陛下と話をし、ライラ姫をローレライ侯爵家に嫁がせることの了承を頂いてきた」
「えっ?」「まぁ」
マートとライラ姫の声が裏返った。
「私の妻はご存知の通りライラ姫の姉、レイラ姫。侯爵が王家の姫を妻にするのは何の不都合もない。それどころか力のある侯爵家が王家の親戚となる事は国の安定にも役立つ。陛下の懸念としてはまだチャールズ王子が幼い事だが、これも霜の巨人と嵐の巨人という脅威を除くことができれば大丈夫だと私から説明をし、納得いただいた」
ライラ姫は目をウルウルとさせてマートの顔をじっと見つめている。その横でジュディとアレクシアはじっと固まっていた。何かを言おうとしているマートにたいしてワーナー侯爵は言葉を続けた。
「ローレライ侯爵はエミリア侯爵との婚姻を断る際に前世記憶の話を言われたらしいが、ワイズ聖王国で前世記憶を持つローレライ侯爵は既に英雄。何の懸念もないだろう。もし他に想われている方がいるのであれば、その方は第2夫人とされるのも高位貴族としては全く問題のない事であろうし、そのあたりはライラ姫としてもご了解いただきたい」
マートはなんとも言えない表情を浮かべた。
「すこし考えさせてくれ」
ライラ姫とジュディ、アレクシアの視線が突き刺さっている。
読んで頂いてありがとうございます。
前話の話が少しと新話を書く予定で新しい話に入りますと前回のあとがきで書いたのですが、宰相閣下(というよりレイラ姫?)がいろいろ動いてこの展開となり、新しい話に入れませんでした。次回こそ新しい話のはずです。
尚、本文中にある10万樽とは10万ブッシェル、大麦ならばおよそ2500トン、小麦なら3000トン程の量で、ワイズ聖王国軍(軍属入れて5万人ぐらい?)が3か月ほどの食事が賄えるかなと想定した量です。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




