326 再会
「ドレス以外の服を着て外に出るのなんて、子供の時以来よ。それに砂浜を裸足で歩くなんて初めて」
ジュディはアレクシアに借りたという暗褐色の冒険者風のパンツスタイルで白い砂を蹴って身軽にダンスステップを踏んでみせた。
ここは、海辺の家に近い砂浜だ。魔法のドアノブの“6”を改めて試すのに水中で扉を開いたほうが良いだろうというので、同行するというジュディとアレクシアと共に海辺の家まで移動してきたのだ。ローレライの海でももちろん出来なくはなかったのだが、昨日の騒ぎが城内ではすでに噂となっており、新たに領主たちが海に飛び込んだといった噂を増やすのは避けたかった。
「たまには砂浜でみんなで過ごすのも楽しそうですね」
アレクシアが周囲を見回した。ここは湾になっていて波も穏やかであるし、きらきらと太陽が透明な水に反射してすばらしい風景となっている。
「そうだな、ここでみんなで採った貝や魚でも焼いて食べるとかもいいかもしれねぇな。よし、じゃぁここらで良いか」
マートは左手の波を示す文様に触れた
“ウェイヴィ 水の中で呼吸を”
『水中呼吸』
“そして水の中でも自由に動けるように”
『水中行動』
“最後に冷たい水に耐性を”
『耐寒』
「これで水中で呼吸も呪文は大丈夫になったが、会話の声は届きにくいので、そっちは念話で頼む」
“わかったわ。マート、手を取ってくれない?”
ジュディが手を出すと、マートがその手を掴む。そうしてマートを先頭にして、ジュディ、アレクシアの3人は海の中に入って行く。
“すごーい。水が透明で綺麗。目も痛くないのね。あ、魚っ”
銀色に輝く魚が3人を恐れる様子もなく泳いできて、ジュディが差す指のすぐ前を通りゆうゆうと去っていった。
“素敵ね。なにか餌を持ってくればいっぱい集まってきたかも”
“ああ、そうかもな。試してみるか”
マートはマジックバッグに手を突っ込むと、保存食の黒パンを取り出した。たちまち海水に濡れてふやけるが、そこに大量の小魚が集まりだした。
“うわっ、すごい”
アレクシアとジュディは髪を水に揺らめかせながら楽しそうにしばらくそれを見ていた。やがてパンがなくなり魚たちは去っていく。
“よし、じゃぁ行くぞ”
マートたちはしばらく泳き、ようやくほぼ垂直になっている岩をみつけた。いつものようにドアノブを突っ込もうとしたのだが、弾かれた。
“ん? どうしてだ?”
“6がダメなのかしら? それとも魔力切れ?”
マートはなるほどと頷いた。勢いよく水が流れ出て、転移門をひらいている魔力が切れたのかもしれない。マジックバッグから魔石を取り出し、ドアノブに宛がった。すぐに魔石はドアノブに魔力を吸われて砂のように砕けて流れていく。10個魔石を使いようやく魔法のドアノブを差し込むことができるようになった。
“じゃぁ、いくぞ。注意して身構えてろよ”
マートは近くの岩を掴み、流されてもいい体勢をとってドアを開いた。水が流れ込んでくる。扉の向こうのほうがすこし水温は低いが、透明度はここと同じように高い。急激に流れ込んだりはしてこない。
“よし、大丈夫そうだな”
マートは警戒しながら魔法のドアノブのドアを潜り抜け、向こう側にでた。そこはどこかの海底のようだった。付近にはかつて建物の壁だったと思われるものが規則的に並んでいる。水中に築かれた街の跡だろうか。周囲にはモンスターの姿はなさそうだった。見上げると、10mほど上に水面が見えた。
“地下遺跡とかじゃなさそうだな。水中遺跡か”
そのまま泳いで水面にでると周囲を見回すと近くに陸地が見えた。宙に浮かび確認する。一度だけ見たことがあるような気がしたのだが自信はなかった。続いてジュディ、アレクシアもマートと同じように浮かんできた。アレクシアは魔道具らしく速度は遅い。
「見覚えはあるか?」
2人は左右に首を振った。空の太陽や星からみると不思議とローレライからそれほど遠くない場所のようだった。マートはヒッポカムポスのライトニングを呼び出した。2人を鞍の上に引き上げ、近くの陸地を目指そうと進みはじめる。すると、一度見た事のある渦巻が水面に現れた。ジュディとアレクシアはマートにしがみついた。
「大丈夫だ、これは……」
渦巻から、白い髪、そして白いひげを長く生やした老人が姿を現した。白い裾の長いローブのようなものを身にまとい、手には杖をもっている。
「やはり、あんたか。内海の老人よ」
伝説の内海の老人と聞いて、ジュディとアレクシアは不安そうにマートの服を掴んだ。
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「ああ、それなら良かった」
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マートはライトニングの鞍に2人を残し、飛行スキルを使って浮かび上がると、庇う様に前に立った。
「生贄なんかじゃねぇ。この先にあった遺跡に迷い込んじまってな。ここはどこかと調べてたんだ」
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海に沈められた街の遺跡……か。ということはやはり、ここはローレライの少し沖にあるセルキーたちの島のすぐ傍というわけか。あそこに転移門の先を登録していたということは、この魔法のドアノブの所有者はかつてここに関係していたということかもしれない。
「それならわかった。領域を荒らす気はない。すぐに立ち去ることにする」
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「新たな精霊の友?」
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内海の老人によると、精霊魔法使いというのは、本来、内海の老人や海の母のような特別な存在が気に入った相手に精霊を遣わし、話す事の出来る能力を与えた存在なのだという。生まれた時にもつ素質ではないのかとマートが尋ねると、それは、前世記憶によるもので、本来の形とはちがうのだと答えたのだった。
「俺が持つ精霊魔法の素養とは、前世記憶によるものなのか?」
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いま、人間や蛮族たちが言う生まれた時に持つ素養というのは、前世記憶によりもたらされたものなのだ、というのが内海の老人の説明だった。本来の人間は素養を全く持たない。努力を積み重ねて魔法や剣、料理などといったすべてのものを習得していく。だが、今から数千年前、全盛を極めた王国では人々が努力を怠るようになった。魔道具ですべてが解決できるからだ。その結果、スキルを持つものが極めて少なくなった。簡単にスキルを手に入れる方法がないかと研究し、その結果として、前世記憶としてスキルを継承する方法を編み出したということだった。
マートの持つ弓や精霊魔法といったものも、誰かの前世記憶を引き継いだために得られたもの、その結果、いまの人間は1つの前世記憶、稀に2つ以上の前世記憶を持ち、スキルとして引き継いで生まれてくるようになったのだという。その際に種族を超えて前世記憶が継承されてしまうということも起こるようになったらしい。
「輪廻転生の理に手を加え……か」
マートは聖剣の保管庫にあった言葉を思わず呟いた。努力をせずに力を得ようとしたピール王国の人々の研究結果が、魔物の前世記憶を蛮族に与える結果となり、それが回りまわって、ピール王国の衰退に結びついたというわけか。
「それは元に戻すのは無理なのか?」
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思ってもみなかった話を聞かされ、マートは唇をぎゅっと結んだ。
「どういう話だったの?」
精霊の言葉がわからない2人は真剣なマートの顔をみて恐る恐る尋ねた。
「ああ、帰って説明する。内海の老人よ、また」
ここを魔法のドアノブの転移先として残しておく意味はないだろう。来たければローレライから直接ライトニングでくればよいのだ。マートは老人に手を振り、ライトニングにまたがると、魔法のドアノブのところに戻って行ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
水圧については、気圧と同様に転移門呪文に調整機能がついているということでお願いします。
ドアノブのお話はここまでで、次は違う話になる予定です。
申し訳ありませんが、年内の更新はこれで最後としたいと思います。すこしお休みを頂いて、年始は4日の火曜日からとさせていただきます。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




