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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第42話 魔龍王国

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321 侯爵と先代侯爵夫人

 

 調べた話によると、ラシュピー帝国というは、その昔、大陸西部に複数あった王国がラシュピー王国により統一され、ラシュピー国王は国王の中の王として皇帝を名乗ったことにより始まったのだという。彼に征服された王たちは侯爵の位を授けられて地方を治める事になり、その一つがこのワーモンド侯爵領だということだった。ワイズ聖王国とラシュピー帝国はその頃からずっと友好な関係を結んでいたらしい。

 

 ヘイクス城は9つの塔と高い城壁に囲まれており、ラシュピー帝国やワイズ聖王国の王城に比べても遜色がないほどの大きな城である。それはこの侯爵領が王国だった頃の名残らしいが、今現在は、長らく魔龍王国の王城として使われていたこともあり損傷も激しく所々城壁も崩れ、マートたちが魔龍王城と呼んだ理由となった赤黒い彩りやおどろおどろしい悪趣味な装飾は残ったままだった。

 

 マートは以前の魔龍王テシウスを倒した時に作戦にも参加していた事もあり、城の構造などは頭に入っている。そのため潜入することは極めて容易であった。

 

 まずマートが捜したのはおそらく現在は侯爵となっているであろうサミュエルだった。彼とは2年ほど前に魔龍王国の捕虜収容所から救ったので面識はあるが、当時、高位貴族として周囲を見下げるような言動が多く、残念ながら気軽に話しあえるような間柄ではない。城の中のこのあたりかと目星をつけて探すと少し容姿は変わっていたもののすぐに見つかった。

 当時はか細い感じであったが、その印象は今はなく、少しぽっちゃりとした感じで身長はかなり伸びていた。金髪は綺麗に手入れされているものの、顔はニキビだらけだ。王座の様なものに座り、その横には彼の母である先代のワーモンド侯爵夫人が立っていた。ワイズ聖王国は輿入れするとほとんど政治の表には出てこないのが慣例で、ラシュピー帝国でもそうだと聞いていたが、サミュエルはまだ少年といってもいい年頃なので、補佐をしているのかもしれない。彼女はサミュエルとは正反対で見るからに気の毒な位痩せていた。

 

 二人の前には、縦長の長いテーブルがあり、臣下らしい男が5人座って会議をしているようだった。2人は辛うじて見覚えがあった。たしかサミュエルと共に捕まっていた貴族だ。あとの3人は見覚えがない。あの時マートが交渉をしたメナードという男の姿はなかった。マートはその天井裏に潜み会議の内容を聞くことにした。

 

「デール、メナードの状況はどうだ。まだ魔人にてこずっておるのか」


 サミュエルの言葉に臣下らしい男の一人が頭を下げた。マートは見た事がない3人のうちの1人だ。頬はこけて、茶色の髪には少し白髪が混じっていた。見た目には30台後半位に見える。

 

「申し訳ありません。魔人の人数がかなり多く、相手は砦を築いて防御も固めておるとの報告が上がってきており手を出しかねていると報告が上がってきております。増援が欲しいそうです」


「増援だと?我が騎士団の大半を連れて行っておるというのに……」


 サミュエルは左手の親指の爪をかじりながら考え込んだ。そして、少しすると何かに思いついたようにぱしんと膝を打った。


「そうじゃ、帝国騎士団に命じて増援を出させよ」


 彼が言う帝国騎士団はヘイクス城塞都市の防衛のために帝国から派遣されている騎士団の事だろう。ラシュピー帝国は魔龍王国を封じ込むために騎士団の一部をヘイクスに増援として常駐させている。サミュエルの言葉に臣下たちは皆困ったような顔を浮かべた。

 

「帝国騎士団は防衛のための編成で遠征のための輜重隊などを持っておりませぬ。第一、我々が帝国騎士団に命令はできませぬ」

 

「攻めてきたから迎撃が必要なのだとか、色々言い様はあるだろう。輜重隊は商人にでも馬車を出させればよい。ヘイクスの近郊には農園もあったはずだ。根こそぎ徴収してこい」


 良い事を思いついたとばかり、サミュエルは立ち上がり、口早に臣下たちに話をし始めた。

 

「我がワーモンド侯爵家が以前の力を取り戻すチャンスなのだ。これを機に魔龍王国から土地を奪い返し一気に所領を増やす。落ち着いてからでは帝国そのものが討伐に動いてしまうだろう。それまでに今まで魔龍王国が支配していた広大な北の大地を我が手中にすれば、僕が皇帝になることも夢ではないのだぞ」


「……」


 臣下たちは俯いている。サミュエルの言葉の勢いは止まらなかった。

 

「まずは魔龍王国の残党を潰すのだ。残党が持っているであろう食料や物資を得れば、このヘイクス城も一気に元の勇壮な姿に戻すことができ、さらに遠征を行うことも可能になる。そうだ、衛兵隊も動員せよ。魔龍王国の砦を落とせば褒賞は思いのままだと言うのだ。僕はあの吝嗇なラシュピー皇帝とは違うからな」


 臣下たちはお互い顔を見合わせる。首を傾げ、お互いに無言のまま誰かが何かを答えるように押し付け合っている様子だったが、結局、最初にデールと呼ばれた男が頭を上げた。

 

「サミュエル様、帝国騎士団には私の方から話をしてみます。まず、衛兵隊から半数を割き、増援としたいと思いますがよろしいでしょうか?」


 サミュエルは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。


「うむ、よかろう。早く撃破の報告をしてくれよ」


 そこまで話を聞いてマートは成程なと納得した。たしかに蛮族と袂を分かった今の魔龍王国では、兵の数だけ言えばワーモンド侯爵騎士団より少ないだろう。幼い頃から配下の騎士団は強いと教育を受けてきた彼であれば、撃破することも可能だと考えたに違いない。なんとなく経緯はわかった。だが、どうしたら良いのか。マートはしばらくデールと呼ばれた男を追跡することにした。

 

 彼は男爵位を持つ貴族らしかった。多くの者が彼に話しかけている様子を見ると、様々な役割を果たしているようだ。マート領でいうとパウルのような執政官ではないだろうか。様々な指示を行った後、夜遅くになって彼は先代のワーモンド侯爵夫人の許を訪れた。

 

「大奥様、お呼びと伺いました」


「デール男爵、いつも苦労をかけています。状況はどうですか?」


「はい、衛兵隊の指揮というので、プラス男爵とマイナス男爵に声を掛けました。2人はこれで手柄が立てれると大喜びで準備をしております。彼らが出陣してしまえば、城内に残る者たちで強硬派は小者ばかりとなります」


「そうですか。あとは魔龍王国との戦い次第ですね。魔龍王というのはかなり強いのですか?」


「それはもちろんです。彼女は魔龍王国の将軍時代、軍の先頭に立って突撃しラシュピー帝国騎士団1万を簡単に撃破したと言われているほどの武将です。メナードなど相手になりますまい。彼らが敗れるのを見れば、サミュエル様も自分が間違っていたと気づき、母である夫人の言葉にも耳を貸されるようになるでしょう。メナードの力が弱まれば、私の発言力も増し少しは民のために力を割くことができるようになります」


「そうですね。旦那様はサミュエルの育て方を失敗しました。まだ、生きていれば方向転換もできたかもしれませんが、傍に残ったメナードは誇りだけを教え過ぎたのでしょう。あの捕虜となった状況であれば仕方なかったのかもしれませんが……」


 そこまで聞いて、なるほどなぁとマートは呆れ、そしてある意味感心した。とりあえず、ワーモンド侯爵単独の派兵ということであれば、最悪撃破しても問題なさそうだというので一つ安心だ。だが、侯爵領内の権力闘争に利用されて、兵士が死んだりするのは納得できないし、そこから戦争になっても困る。最悪戦争にはならない様にラシュピー帝国の帝都の確認だけしておくか……マートはそう考えてヘイクス城を後にしたのだった。

読んで頂いてありがとうございます。


先代の侯爵夫人の呼び方が思いつかず、侯爵夫人と呼ばれても間違いではない……のかなと考えて、デール男爵からは侯爵夫人と呼ばせました。まだ30そこそこの女性に元公爵夫人とか先代公爵夫人って呼ぶのは失礼な気がしますし……。もっと良い呼び方があればお聞かせください。


12.18 「侯爵夫人でもよい」「御母堂様」「大奥様」とご意見を頂きました。ありがとうございます。大奥様が一番しっくりくるような気がしましたので、大奥様と変更させていただきます。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやー、サミュエルは相変わらずサミュエルしてますねー。いやもうホント、清々しいほどにサミュエルです。タンスの角に小指をぶつけて悶絶すればいいのに。 [気になる点] サミュエルのアマンダに対…
[一言] 大奥様って書いて、先代公爵夫人だってわかるようどっかで注釈つけるくらいしか思いつきませんね
[一言] ワイズ聖王国がラシュピー帝国建国時からずっと友好な関係が続いてるのは凄いですね。蛮族という脅威が有るから争わなかったのかな。 過激派。魔人を下に見てる人や、一連の戦いで恨みが有る人、成り上…
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