318 勝利?
マートがハドリー王国騎士団に協力を始めてからおよそ30分、マートが矢の雨を降らせることによって、なんとか襲撃の波を押さえ続けていたのだが、ここで急に蛮族たちの動きが変わった。
なんと、蛮族たちが町への襲撃するのを止め、港町を迂回して東側に逃げ出し始めたのだ。リザードマンの中には武器を捨て、港町の西側である河を遡り始めたのも居る。ハドリー王国の騎士・従士たちとマートは一体どうなったのかと顔を見合わせた。どうしたんだと言ってる間に霧の向こうから大きな叫び声が聞こえてきた。
「レインボウラミア、ローレライ騎士団長。聖剣の騎士シェリーが討ち取ったりっ。残る蛮族はザコばかりだ。押せっ!押せっ!」
「ウギャ!ウギャ!ウギャー!!……(レインボウラミアをやっつけたぞ。嵐の巨人は逃げ出した。魔龍王アマンダがやってきた。歯向かう蛮族は皆殺しだ!)」
拡声の魔道具を使っているのだろう。敵の司令官であるレインボウラミアを倒しこちらに向かっているに違いない。
「おおおおおお!!」
その声に応えるようにハドリー王国騎士団の面々も思わず雄たけびを上げる。霧の中から一番最初に姿を現したのは真っ白な鎧を身にまとった騎士だった。シェリーだ。続いて同じように白い全身鎧を身にまとったオズワルト、そしてローレライ騎士団の面々が続いた。その横にはジュディの姿もある。ローレライ騎士団はその都市の紋章である岩の上に女性の顔が描かれた旗を掲げてマートとグラント王子の居る物見台のすぐ近くまで来ると、二人を見上げて馬上で敬礼をした。
「ローレライ騎士団 団長シェリー。救援に参上しました。蛮族討伐隊のアマンダ殿は敵の本陣を占拠し蛮族の討伐を続けています」
グラント王子はマートの顔を見た。マートは軽く頷く。
「シェリー殿、救援ご苦労である」
彼はここまで言って、感極まったのか顔をくしゃくしゃにして泣きたいのか笑いたいのかよくわからないような表情を浮かべる。
「ありがとう、……助かった」
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マートがもたらした霧は徐々に晴れ、ローレライ騎士団は蛮族討伐隊と協力して付近の蛮族たちを追撃しつつ、港町に逃げ込めなかったハドリー王国騎士団の生き残りの救助などの行動をし始めた。アニスの指揮する衛兵隊と救護部隊も活動を始めた。霧を維持しなくてよくなったので、マートも命の泉の水を使って応急手当の手伝いをする。そこにグラント王子がやってきた。
「いろいろ聞きたいことがあるのだ。水都ファクラを攻めたダービー王国の首尾はどうなった? そして嵐の巨人は逃げ出したと言っていたが、我々をここまで追い詰めていたのにどうしてだったとマート殿は考えるのだ?」
マートはウェイヴィを呼び出してアニスの手伝いを頼むと、グラント王子の方に向き直った。
「ファクラのほうは、こっちが落ち着いたら見に行こうと思っていたが、霜の巨人を追い払ったからたぶん大丈夫だろう。嵐の巨人についてはよくわからねぇ。うちのアマンダは、あとはレインボウラミアで十分と考えたんじゃねぇかといってるが……」
「ファクラには霜の巨人が居たのか?」
驚くグラント王子にマートはファクラでの戦いについて話をした。
それを聞いてグラント王子はすこし考え込み、やがてゆっくりと頷いた。
「なるほど、蛮族はファクラが手薄になったと見せかけてダービー王国の騎士団をおびき寄せて倒し、かつ我々にも策に乗せられたふりをして奇襲をし、兵力を削ろういう計画だったと……。ファクラで入手したという嵐の巨人の動きの情報は誘いだったか」
マートは首を傾げ、横にいたアニスにどう思うと尋ねた。
「調べないとわからないけど、蛮族の動きはそんな感じだろうね。向こうもかなり細かい連携をしているのかもしれない。なんとか今回は負けずに済んだと言えるかもしれないけど、この被害は痛いね。向こうのゴブリン10万の損害は食べ物と1年ほどの期間があれば簡単に穴埋めができるだろう。でも人間はそうじゃない」
「たしかにその通りだ」
グラント王子は悔しそうに呟いた。
「今後の体制をダービー王国の方々と話し合わねばならぬな。できればクロイサ河までの一帯を奪還という話をしていたのだが、これほどの損害を出してはとても奪還作戦は遂行できぬ」
クロイサ河というのは水都ファクラの脇を流れるナフラテ河から東およそ100キロほどの場所に平行して流れている大河のことだ。2国は共同作戦で一気にそこまで奪還するつもりだったらしい。
「わかった。グラント王子が気になるのなら、俺は一足先にファクラに行って様子を確認し、こちらの状況を伝えておこう」
「うむ、よろしく頼む。私は一度負傷者を連れて王都に戻ることになるだろうが、騎士団長のケニスはここに置いておく。ここからファクラまでは50キロ程なので連携も可能だろう」
マートは頷いた。アニスには、ジュディとシェリーたちと共にしばらくハドリー王国騎士団と協力するように話をしておく。あとは蛮族討伐隊かとアマンダを探した。
「マート、悪いけど、私たちは戻っていいかい? 空けてるとややこしいことになっちまうかもしれないんだよ。それと出来るだけ近いうちに相談したいことがあるんだ」
アマンダの言葉は気になったが、グラント王子の前で話す事ではないのだろう。わかったと頷く。
「じゃぁ、俺はファクラに向かう。ではまたな」
マートはそう言って、一足先に空を飛んで一気に向かったのだった。
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水都ファクラでは、ダービー王国軍が都市の制圧をほぼ終え、都市を囲う城壁の確認や運河に巣食うリザードマンの掃討を始めていた。マートがファクラ城の城壁に降りると、ダービー王国の騎士が急いでかけより、緊張した面持ちで礼をした。
「マート・ローレライ侯爵様。ご苦労様です。セドリック王子、カルヴァン騎士団長、ミルトン副団長がお待ちです」
マートは簡単に礼を返し、騎士の案内で城内を歩きセドリック王子たちの居る仮の謁見室に向かう。城内はまだ蛮族の死骸なども残っており清掃などもまだ途中だったが、ダービー王国の騎士、従士たちの顔は晴れやかできびきびと動いていた。
「奪還成功よかったな。死んだ奴とかいねぇか?」
マートは3人の顔をみると、大声でそう言った。
「マート殿、ありがとう。本当にありがとう。死者がでなかったわけではないが、かなりの数の蘇生もできているので損害は軽微で済みそうだ」
セドリック王子がマートに近づき、手を取ると篤く握手を交わす。
「よかった。こちらはうまく行ったようだな。だがあまり良く無い知らせがある。ハドリー王国の騎士団は蛮族の策にはまりかなりの損害を出しちまってる。今後について話し合いがしたいそうだ」
セドリック王子はそうかと困った顔で頷いた。
「嵐の巨人の軍勢に奇襲されたのだろう? マート殿がそう仰っていたとミルトンから聞いた。ということは当初の計画通りには行かぬか。わかった。グラント王子には我々からまた使者を出す。とりあえず我が騎士団はファクラ及び近郊の治安回復のための動きを取るとしよう」
マートは頷いた。彼としても協力はするが作戦の主体はハドリー王国とダービー王国だ。その横で副騎士団長であるミルトンの従者がなにか板状のものをマートに差し出した。
「それは魔道具のようなのだが、我々に仕える魔法使いには使い方が分らぬのだ。山の巨人の一人が持っていたのだが、マート殿なら何かわかるやもしれぬ。どれほどの価値があるかわからぬが魔道具ではあろう。進呈しよう」
それは長距離通信用の魔道具に少し似ていたが、表面にはなにやら文様のようなおそらく蛮族の文字が描かれており何かわからなかったのだろう。親衛隊を抱えるハドリー王国なら蛮族の文字が読めるので何かわかったはずだ。後で鱗にでも読んでもらえば何かわかるかもしれない。マートは素直に受け取った。
「じゃぁ、俺の仕事は一旦終わりだな。まだまだ大変だろうが頑張ってくれ」
「ああ、今回は助かった。ハドリー王国の損害は気になるが、ダービー王国復活の第一歩がようやく踏み出せた。辛うじてではあるが勝利と言いたい」
セドリック王子は嬉しそうにマートにそう言ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
水都ファクラのお話は一旦終わりで、次は別のお話になる予定です。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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