315 嵐の巨人《ストームジャイアント》
「もうすぐだ。どうする?そろそろ飛ぶか?」
マートは水上では上半身は馬、下半身は魚の姿である魔獣、ヒッポカムポスのライトニングにまたがり、前にジュディ、後ろにシェリーを捉まらせ、大急ぎでハドリー王国が拠点にしている港町の近くまで移動してきていた。3人で乗るのはかなり窮屈ではあるものの、水上を移動できるのであれば、飛行するよりライトニングのほうが格段に速いからだ。
原因は、 霜の巨人を撃退した直後に様々な経由を経てアニスから入ってきた嵐の巨人率いる軍勢出現の情報だ。
港町から北におよそ10キロ、水都ファクラから40キロの地点で水都ファクラから出撃した蛮族の軍勢およそ10万5千とハドリー騎士団3万はぶつかりあい、当初ハドリー騎士団は優勢に戦いをすすめていたらしい。だがその背後をいきなり嵐の巨人が率いる蛮族の部隊が襲ったというのだ。数はおよそ2千だがかなりの比率で巨人族が含まれていたようだ。それも萬見の水晶球でずっと戦場は見ていたにもかかわらず急に現れたのだという。
その奇襲によってハドリー騎士団は大混乱に陥り、グラント王子は辛うじて渡河拠点であった港町に逃げ込んだものの、その時には騎士団と親衛隊あわせて3万が5千程にまで削られてしまった。その情報をマートは急いで水都ファクラの制圧を行っているセドリック王子に情報を伝えた。彼は顔を引きつらせながらその話を聞き、その場で跪いてマートの助力を頼んだのだ。
彼の判断によると、いまの奪還作戦はマートたちの活躍により順調であるが、もしハドリー王国の騎士団が撤退するような事になればとても占領しつづけることはできないだろうということだった。そのため、せめて状況を確認し、彼らが撤退するようであれば、ダービー王国騎士団も撤退を行う必要がある。なのでもちろん出来る範囲でよいのでハドリー王国に助力し、無理であればその情報を伝えてほしいというのが彼の願いだった。
マートとしても、嵐の巨人がどのような力を持っているのかは調べたいと思っていたし、ハドリー王国騎士団の危機にすこしなりとも助けてやりたいという気持ちもあった。またシェリーの氷の息による怪我もセドリック王子に同行していた神官の神聖呪文により治癒、治療がすんでいた。マート、ジュディ、シェリーは3人で話し合い、出来る範囲でという条件付きでその依頼を受けたのだった。
「そうね、空から見た方がわかりやすいかしら」
ジュディはマートの前に抱かれるようにして座っていた鞍の上ですこし背伸びをするようにして左前方の岸を眺めた。今のところまだ辛うじて町の建物があるかどうか見えるぐらいで軍勢の姿などは見えなかった。
「うむ、そうだな。上から見れば軍勢は見つかるだろう」
シェリーは頷くと、マートの背後から腰に回していた腕を解き、飛行の呪文を唱えた。そのままふわりと宙に浮かぶ。ジュディも続いて宙に浮かんだのを見て、マートも精霊呪文で浮かんでライトニングをコインに変え、そのコインをマジックバッグにしまい込んだ。
「ゴブリンメイジたちに見つからないように気をつけろよ。グラント王子たちが渡河拠点に逃げ込んだのはおよそ1時間程前になると思う。まだ抵抗出来てればいいんだが」
ジュディはシェリーと手をつなぎ、3人はかなり高度をとって慎重に港町に向かった。ジュディとシェリーが手をつなぐのは、2人の真理魔法の素養に差がありその結果飛行速度に差がでてしまうからだ。マートたちが近づいていくと、港町の周囲には数えきれないほどの蛮族がおり、何重にも港町を取り囲んでいた。船着き場にはまだハドリー王国の帆船が10隻停泊している。街を囲っているそれほど高くない柵や空堀を拠点にして人間と蛮族が戦っており、それを港町の上空には空飛ぶ絨毯が浮かんで周囲の蛮族にたいして矢を放ち援護を行っていた。
「まだ、抵抗しているみたいだな」
シェリーがほっとしたような声で呟いた。だが、そのとき、マートは港町を包囲している軍勢の中でひときわ背の高い巨人を見つけた。身長は10mを超えているだろう。がっしりとした身体つきで、金色の髪はもつれて伸び放題、目はぎょろぎょろと周囲を見回している。マートが指さすと、ジュディとシェリーも気が付いた。
「なにあいつ、もしかしてあいつが嵐の巨人? すごい大きいんだけど……」
「うむ、すごいな……」
2人はおもわず絶句した。
「猫、どうやって助ける?」
ジュディが少し青ざめながらマートの顔をちらりと見た。
「なんとかしてやりたいが……この数だしな」
“ゾンビを使おうよ”
ニーナがマートに念話でそう囁いた。
“ゾンビは使っている所を見られたくねぇ。第一、まだ無理だろ”
マートは空を見上げた。日は傾きつつあったが季節は夏だ。まだ暗くなるまで3時間程はかかるだろう。明るいところでゾンビを出してもすぐに消滅してしまう。
“霧呪文はどう?幸い川辺だし、ウェイヴィ、ヴレイズ、フラターの3人が居ればかなり広い範囲で真っ白にできるんじゃない?”
なるほど、マートは感心した。ゾンビを出すかどうかは別にして濃霧にできれば戦いやすいかもしれない。
「精霊に頼んで、広く濃い霧を発生できないか試してみようと思う」
「霧に紛れて嵐の巨人を襲うって事?」
「まず霧ができるかどうかは、わからねぇ」
マートは左腕の文様に触れた。
“まず、河の水の温度を下げないといけないわね。少し時間がかかるわよ”
ウェイヴィからはそう念話が届いた。不可能ではないらしい。
“暖かい空気を南から運ぶよ” “私は付近の空気を温めよう”
フラターとヴレイズが念話でそう囁く。
『河霧』
「精霊が言うのは少し時間はかかるが出来なくはないということらしい。その仕込みにちょっと河に近い方に行ってくる。お嬢とシェリーはここで嵐の巨人の様子を見ててくれ」
「わかったわ。出来るだけ早く戻ってきてね」
マートは2人と別れ、河の上空にまで移動した。河からはすこし靄が立ち上がり始めている。
“ニーナ、10万の蛮族が相手なんで手段は選んでらんねぇところだが……”
マートはそう言って、今度はニーナの文様に手を触れた。すっと水面近くにニーナが姿を現す。
「わかってるよ。不安は判ってる。うまくやるから、まずは攪乱だね。任せて」
ニーナはニコリと微笑むと、靄のかかった水面ぎりぎりに浮かんですぅーーっと陸地に向かって移動しはじめた。
「頼む」
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