311 ハドリー王国軍渡河
ナフラテ河は大陸中央にある巨大な湖、ロロラテ湖を源流とし流域を潤しながら内海に注いでいる。河口での川幅が1キロほどであるが、これは源流であるロロラテ湖から流れ出るところから大きくは変わらない。そして水深もかなりあって、途中に滝などもないことから内海から船でロロラテ湖まで遡ることが可能である。
第2王子であるグラント王子を総指揮官としたハドリー王国軍は水都ファクラからおよそ南に50キロ程の地点でこのナフラテ河の渡河作戦をおこなった。渡河作戦と言っても、以前に人間族が築いていた港のうち蛮族が少ない拠点を選び事前に空飛ぶ絨毯で占拠した上で対岸から船で軍勢を送り込んだのだだけであるので戦闘が行われたわけではなかった。
マートがそこを訪れたのは、渡河地点とした町を拠点化するために、ハドリー王国騎士団は防護柵や簡単な堀などの設置工事を行っている真っ最中だった。
「邪魔してわりぃな、グラント王子にお会いしたい。取り次いでくれ」
彼を見る視線は敵意に満ちたものが多かった。ハドリー王国騎士団の下級指揮官である1等騎士、2等騎士には親や兄をアレクサンダー伯爵領侵攻作戦の際に亡くしたものがかなり居るのだ。もちろん母国であるハドリー王国が蛮族に操られて侵略戦争を行ったことを頭では理解している。理解はしているものの、それと感情は別だった。ハドリー王が救国爵の称号を彼に与えたのはもちろんその感情を払拭するためというものもあったのだが、現実はなかなか彼に感謝するといった感情までは至っていなかった。だが、マートは特にそれに反応することなく、知らぬふりをしていた。
「よくおいで頂いた、マート殿」
マートを出迎えたのはグラント王子配下の騎士団長であるケニスと親衛隊で巨人族の前世記憶を持つスウェンの2人だった。
「よぉ、元気にしてたか?」
「はい、お声かけ頂きありがとうございます」
2人とはアレクサンダー領、花都ジョンソンでの戦い以来だ。気楽そうに声をかけてきたマートに揃って戸惑いの表情を浮かべつつ、丁寧にお辞儀をした。
「付近の調査をしてきた。そちらでも色々と情報は入手してるだろうが、現状の情報を共有したい。グラント王子はいらっしゃるか?」
マートは周囲の敵意は気にしない様子でそう説明した。緊張した面持ちのままケニスは頷いた。
「はい、お呼びしてまいります。すこしこちらの天幕でお待ちください」
ケニスはマートを5メートル四方ほどの比較的広いテントに案内した。彼はそのほぼ中央におかれた椅子に座り、グラント王子を待ったのだった。彼はすぐにやってきた。
「よく来てくれた、マート殿」
グラント王子はマートが待っているテントで明るくそう声を出した。
「わりぃな。だが、情報共有は必要だとおもってな」
マートは椅子から立ち上がると、グラント王子と軽く握手をした。グラント王子もその手を握りかえし、椅子に座るとマートにも座るように勧めた。
「ああ、こちらこそすまぬ。失礼な事はなかったか?そちらに非がないことは皆判っているとおもうのだが……」
部下の感情を知っているグラント王子はマートにそう尋ねたが、彼は軽く首を振ってほほ笑む。
「気にするな。特には何もなかったぜ。ああいった視線ぐらいは仕方ねぇだろ。とりあえずこの作戦に関する情報共有をしたい」
「わかった、幕僚連中がもうすぐ来るはずだ。少し待ってくれ」
グラント王子の言葉通り、ハドリー騎士団の主だったものが次々と2人のいるテントに集まってきた。そこでマートはここ2週間ほどで入手した蛮族たちの配置や人数といった情報を説明し始めた。
マートが彼らに話した情報は、水都ファクラからはレインボウラミアが率いる約9万、それ以外からギガリザードマンが率いる約8千、5千、3千の蛮族集団がこのハドリー王国騎士団の構築中拠点に向かってきているという事だった。もちろんおおまかな構成なども情報に含まれている。ハドリー騎士団も自ら調べた情報を持っておりそれぞれと照合すると、彼らは大きく頷いたのだった。
「うむ、我々の情報からも似たような数字が上がってきている。蛮族は合わせて10万5千、何度か挑発を繰り返し付近にいた蛮族の大半は予定通りこちらに引き付けることが出来ている。それも有難いことに大半はゴブリンとリザードマンで上位種や巨人族は500体程のようだ。蛮族の行動パターンに関する調査などマート殿にも協力して頂いた予測した通りの結果となった」
グラント王子はそこまで言って一度言葉を切った。彼はかなり自信たっぷりだ。
「今回侵攻にあたっている我々は3個騎士団およそ3万だが、今回の我々の使命はまずは敵を引き付けることだ。数だけをいうと4倍近い数にはなるが現在、いくつかの場所で迎え撃つ拠点の作成も順調で十分対抗可能だと考えている」
騎士団長のケニスもグラント王子の言葉に頷いた。そして、彼らもマートの求める嵐の巨人の情報は持っていなかった。
マート自身も水都ファクラで情報を入手して以来、まとまった時間が取れるたびに空を飛んで古都グランヴェル、水都ファクラの付近を中心に探索を行い、嵐の巨人が率いているはずの軍勢を探して回っていた。途中、何度か蛮族の小さな集団は見かけたものの、千を超えるような集団を見かけることはなく、他の国境地帯は比較的穏やかでファクラで聞いた嵐の巨人の話は何かの間違いだったのかと考えるほどであった。
「うむ、その情報は我々も一週間程前に頂いて以来、改めて旧ハントック王国付近も含めて索敵を強化しているが、嵐の巨人の姿がみつかったという連絡は入っていない。我々の侵攻作戦に備えて計画を変更したのではないかと考えている」
「さすがハドリー王国だ。俺が来るまでもなかったかな。ダービー王国軍は、水都ファクラから出発したレインボウラミアが指揮する軍勢が十分離れるのを待ってファクラを襲撃する予定になっているらしい。俺達聖剣組もそっちが始まるとダービー王国軍と同行することになるのでこっちのフォローはできなくなる。十分気を付けてくれ」
「ああ、わかっている。そちらも気を付けてな」
マートとグラント王子は立ち上がり、しっかりと握手したのだった。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
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