310 情報整理
転移鍵の作成に成功したマートは、一旦領地に戻った。もちろん転移門を開くときにはファクラに潜入しているつもりであるが、まだしばらく時間はありそうであるし、蛮族たちが話していた内容も気になったのだ。
ローレライ城に帰り着くと、マートは補佐官のドルフとネストルを呼び出した。ドルフはマートの幼い頃からの一座仲間であり、リザードマンの前世記憶を持つ。彼は蛮族語が喋れるし、様々なところを渡り歩いていたので地名などもわかるかもしれないと考えたのだ。そしてネストルはスフィンクスの前世記憶を持ち叡智スキルを持っている。2人に話せば話していた内容を理解できるかもしれない。
昼過ぎの時間帯であったが、ドルフの皮膚は真っ赤で鱗も緑から茶色になっていた。
「おいおい、鱗のおっさん。昼間っから酒かよ」
マートは思わずそう言った。ドルフは実力もないのにマートの補佐官として高い俸給を貰い、遊んで暮らしていると周りの評判はあまり良くないのだ。ドルフはあわてて両手を前に突き出してちがうちがうとそれを否定した。
「まだ酒は飲んじゃいねぇよ。これは日焼けだ。最近ずっとワイアットに連れ出されてよ。もう年だっていうのに海軍の訓練に付き合わされてるんだ。身体中ひりひりしてたまらねぇ」
「本当か?」
マートは横でドルフの様子をみて肩をすくめているネストルに尋ねた。
「はい、本当です。対リザードマン対策というのでワイアット殿が悩んでおりましたのでドルフ殿に助力を頼んではどうかと申し出てみたのです」
「そのおかげで、水中から船を攻撃するやり方とかいろいろ試させられてよ。おかげでこの酷い日焼けと筋肉痛……もう勘弁してくれよ」
ドルフはふてくされたようにそう呟いた。
「他にもリザードマンの前世記憶を持つ者たちに協力してもらっているようですが、意外とドルフ殿の発想が柔軟で勉強になっているとワイアット殿は喜んでおられました」
そう聞いて、マートは嬉しそうに頷いた。
「へぇ、そうだったのか。鱗よ、たまにはちゃんと役立ってるってことを見せてやってくれ。でも、酒飲んでるって言って悪かったな。一座だとずっと飲んでたからついそう思っちまった。まぁ、座ってくれ」
マートの言葉にドルフは苦笑を浮かべながらネストルと共にマートの前のソファに座った。
「ちょっと2人に相談したいことがあってな。これはちょっとびっくりするだろうが、おちついて聞いてくれ。秘密だぜ」
マートは部屋の近くに誰もいない事を確認すると、幻覚でマートの姿を保ったまま、ゴブリンに変身した。きちんと確認はしていないが、おそらく二人とも魔法の素質はないはずなので、幻覚を見破ることは出来ないだろう。
「ギャギャ……(鱗よ、こいつを人間の言葉でどういう意味か、教えてくれ)」
マートがいきなり蛮族語を話し始め、驚きに2人は目を大きく見開く。ドルフは慌てて頷いた。ネストルは不思議そうに二人のやりとりを見ていたが、ドルフが蛮族語を理解していることを察して黙っている。
「ギャギャギャ……(愚かな人間どもが山の集落に兵を集めていやがるぞ)」
「ボソボソボソボソ……(愚かな人間どもが、ハドリー王国の王都グレンに兵を集めている)」
ボソボソとしかマートには聞こえないが、おそらくドルフがマートがいった蛮族語を人間の言葉に訳したようだった。ゴブリンに変身していると人間の言葉が理解できないのだろう。
「ギャギャギャ……(今は俺は蛮族語しかわからねぇ、内容を蛮族語でもかみ砕いて言ってくれよ。山の集落ってのはどこなんだ?)」
マートの言葉にドルフは困ったような顔をした。
「ギャギャギャ……(山の集落は蛮族語では山の集落としか言いようがねぇんだよ。んー俺達を良いように使ってた国の一番大きい集落だ」
蛮族語には都市や街という語彙が存在せず、すべて集落という言葉になってしまうらしい。良いように使ってた国っていうことはハドリー王国、その一番大きい集落ってことは、そこの王都ってことだろう。話している間になんとなくニュアンスが伝わってきた。
「ギャヒギャギャヒ……(山々々の集落では兵が減った。やっちまえ)」
マートの言葉にドルフは首を傾げた。意味がわかるのかわからないのか……。
「ボソボソボソボソ……(山々々の集落ってのはどこかよくわからねぇな。とりあえずどこかの都市の防衛のための騎士団か衛兵が減ったってことじゃねぇかな)」
ドルフはひとまず人間の言葉で説明し、続けて同じことを蛮族語でマートにも伝えた。
「ギャギャギャ……(山々の集落も兵が減った。やっちまえ)」
「ボソボソボソボソ……(山々の集落はたしか滅びたハントック王国の王都が置かれていた都市ハントクのことだったはずだ)」
「ギャギャギャ……(イクトゥルソ様が山々々の集落に向かうらしいぞ)」』
「ボソボソボソボソ……(イクトゥルソってのはイクトルソとよく似てるが、霜の巨人じゃなくて、嵐の巨人のことだぜ)」
マートとネストルは顔を見合わせた。つまりハドリー王国が侵攻の準備のために手薄になっている場所があることを知り嵐の巨人が逆に侵攻をしようとしているということか。
マートは変身と幻覚を解いた。
「まいったな。ファクラで仕入れてきた情報だったんだが、こんな話だったとはな」
「マート様、今のお話はどうやって仕入れて来られたのですか?」
緊張した様子でネストルが訊ねた。
「ファクラの王座の間だ。蛮族のお偉いさんらしい連中が話しているのを立ち聞きした」
彼は目をつぶって、何かすこしぶつぶつと呟いた。しばらく間が開く。
「罠の可能性は低いですね。残念ながら私の叡智スキルでも山々々の集落までは特定できませんでした」
「そうか、ハドリー王国に教えてやりてぇが、情報源は提示したくねぇな。第2王子のところの親衛隊は何をしてるんだ?これぐらいの情報掴んでるんじゃねぇのか?」
「そりゃぁ働いてるだろうよ。あいつらはグラント王子が大好きだからなぁ」
ソファにもたれ、茶を飲みながらドルフが呟く。
「わかりません。とりあえずマート様の配下からの未確認情報として連絡すれば、親衛隊で裏はとれるのではないでしょうか。蛮族が侵攻を計画しているとなれば、どこかに集結しているはずです」
「そうだな。とりあえず急ぎ伝令を出してやってくれ」
ハドリー王国と蛮族たちの支配する旧ダービー王国との国境はかなり広い。ナフラテ河と呼ばれる大河が国境線替わりとなっているが、平原が広がっており、また蛮族側のリザードマンは非常に泳ぎが得意なのだ。
もちろん古都グランヴェルに近い山岳地帯もある。そちらは大軍が展開できない地形だけに、蛮族の得意な物量作戦はおこないにくい地形ではあるが、安心できるわけではないだろう。
他にも海軍をつかってオランプを直接攻めるという可能性も考えたが、マートが聞いた話では今回手薄になった場所というので可能性は少ないかもしれないので候補からは外しても良いだろう。
侵攻までは1ヶ月。ダービー王国側としては今回の作戦は中止したくないはずだが、ハドリー王国はどう判断するのだろうか。ネストルはハドリー王国が作戦の中止を言い出すかもしれないと言い出した。
「んー、俺にはわからねぇな。ダービー王国とハドリー王国とで考えりゃいいだろ。俺はその居るかもしれねぇ蛮族の軍勢は探してみるだけさ」
「わかりました。ですが皆と情報を共有し会議をしたほうが良いと思います。さらにもう一つ以前から考えている事があるのですが、丁度良い機会なので議題として上げたいのです」
「なんだ?もったいぶらずに言ってみろよ」
「霜の巨人の力はすごいですが、今の蛮族の侵攻は食料の確保が十分にできていることが根底にあると思います。例えばゴブリンは生まれて1年程で成人となるそうです。オークやオーガなども人間に比べればかなり早い。この繁殖能力に巨人族が指導して作り上げた農業技術が組み合わさることによって大量の蛮族の兵力が生まれ、その結果として現在の脅威に繋がっているのではないでしょうか。あの巨大集落にため込まれていた食料は膨大なものでした」
ネストルはそこでことばを切り、ソファに落ち着かない様子で座り直した。
「ああ、そうだったな。あれはすごい量だった」
マートも頷いた。あの物資だけで当時のマート伯爵領の食糧生産量のおよそ2年分にも相当したらしい。そのおかげでワイズ聖王国の物価事情もかなり落ち着いたものになったし、救出した人々の食料も確保できた。
「蛮族の後方の食糧生産地域を焼き払うべきだと思います。我々なら海軍を使って奇襲できるでしょう。そうすれば蛮族の増加速度は減り、それによって蛮族の数は減るでしょう。それによって容易に対抗しうる存在になるのではないでしょうか」
「うーん……安全な方法があればやってもいいけどどうなんだろうな。でも、わかった。次の会議の議題に入れてみるか。アレクシア経由でうちの主だった連中に事前にこの2つの話題は回してもらってくれ。どうせハドリー王国の動きが決まらねぇと会議しても仕方ねぇだろ。日程は改めて決める」
「かしこまりました。マート様はどうされますか?」
「それまで嵐の巨人でもさがしてみるさ」
読んで頂いてありがとうございます。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
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