308 依頼
お待たせいたしました。更新再開です。
祝勝会からおよそ2月が経った。
ローレライ城の中庭には、ナラの木が数本かたまって生えているところがある。かなり年を経た大きな木でマートがローレライの城主となった時には枯れそうになっていたのを、マート自らが手入れして蘇らせたものだ。その木の枝の上で、マートはうとうとと微睡んでいた。初夏の太陽は中天を過ぎて汗ばむほどであったが、しげった枝がその光を遮ってくれており、風は心地よかった。
「マート様、お客様です。ギルバ男爵とハンニバル様です」
その木々の足元からそう声をかけたのはローレライ城の女官をしているアンジェだった。彼女はマートがここに居る事を知っていたらしい。ギルバ男爵はダービー王国のセドリック王子に仕える男で、ハンニバルはエミリア侯爵の命でダービー王国の支援をおこなっている騎士だ。
「ん?ああ、アンジェ、わかった」
マートは10mはある高さからひょいと軽く飛び降りる。アンジェとしては見慣れた光景らしく、その様子を見ても動じた様子はなかったが、近くに居た女官たちは驚きに目を見張っていた。アンジェは今年で14歳になるはずだ。金色の長い髪は綺麗に梳れその動作に彼と出会った頃の面影はまったくなかった。
「アンジェはすっかりメイドっぽくなったな。昔はお転婆だったのに」
「うう、またそれを仰るのですか?」
アンジェは顔を赤くして恥ずかしそうに身を左右に捩った。
「あー、いや、悪かった。もう言うのはやめる。客の2人はどこだ?」
マートは彼女の頭を撫でる。
「燕の間にお通ししております」
燕の間というのは、ローレライ城に複数ある応接室の一つだ。この地方には燕が良い知らせを運んでくるという伝説があり、それにちなんで壁に燕の絵が飾られているのでこの名になったらしい。
「わかった。アレクシアにも話をして忙しくなさそうなら顔を出してくれと言っておいてくれ」
「既に燕の間でギルバ男爵の応対をなされています」
マートは言うまでもなかったかと軽く首筋を掻き、服についた木の葉などを払うとアンジェと共に燕の間に向かったのだった。
-----
「協力要請?」
マートは首を傾げた。
「そうだ、マート・ローレライ侯爵閣下。蛮族との戦いに何卒ご協力を願えぬだろうか?」
ギルバ男爵は深く頭を下げた。マートはハンニバルの顔をじっと見た。マートはワイズ聖王国の貴族である。ワイズ聖王国の王家や総騎士団長であるエミリア侯爵からの話であればわかるが、ギルバ男爵から直接に依頼を受けるというのはどういう事だろう。ハンニバルはその様子を見て、少し頷いた。
「ライラ姫、エミリア侯爵のお二方には今回の話は既にお話をさせていただき、それなら直接ローレライ侯爵と話をするのがよいというご判断です」
マートは横に座っていたアレクシアの顔を見たが、彼女も何も知らない様子である。すこし首を傾げつつも続きを促した。
ハンニバルとギルバ男爵の2人は今回のマートに対する依頼について話をし始めた。かれらの話によると、およそ1ヶ月後にハドリー王国とダービー王国の共同作戦による水都ファクラ奪還作戦を行う予定なのだという。
作戦そのものはまず南からハドリー王国が侵攻し、水都ファクラ近郊或はその南で陣を敷いてにらみ合う。蛮族の主力がそちらに向かった間に、ダービー王国の騎士団を転移門を使って水都ファクラの中に直接送り込んで奪還占領するというものだった。
「成程な。しかし、そううまく行くか?花都ジョンソンでやったときにはハドリー王国が占領したばかりの時で混乱していたし、相手は人間だった。今回、水都ファクラは蛮族の手に落ちてから数年が経ってるだろ?そう上手くいくもんかな」
「ああ、そのためにハドリー王国にも動いてもらっているのだ。いくら蛮族の数が多いといっても、ハドリー王国の騎士団がファクラに迫れば都市内は手薄になろう。マート閣下は蛮族が占領している都市に何度も潜入を成功したと伺っている。比較的目が届きにくく、かつ転移門で繋がれば有利に我が騎士団が展開できそうな場所をいくつかピックアップさせていただいた。ファクラ都市内と城内の地図も用意してある。いかがだろうか?」
「えらく信用されたもんだ。城の地図なんて他に見せちゃダメなもんだろう。それに俺が失敗したら、ダービー王国の軍勢は拠点に残ったままになり、ハドリー王国は単独で蛮族連中と戦う事になるんだぜ。よく連中がそんな作戦了承したな」
「グラント王子が、マート閣下なら大丈夫だろうと仰ってな」
グラント王子というとハドリー王国の第2王子だ。マートにはかなりコテンパンにやられた彼だが、前世記憶を持つ親衛隊も居り、マートの力も人一倍理解している。それがゆえの信頼か。
「まぁ勝手にしな。じゃぁ、仕事は俺とジュディだけって事だな。だから俺に直接ということか」
ハンニバルはその通りだといわんばかりに何度か頷いた。
「わかった。軍勢を出さなくていいというのなら、リサ姫にいろいろ提供してもらった恩もある。今回は特に報酬はなくて良いぜ」
マートの言葉にギルバ男爵は驚いた顔をした。
「それでよろしいのか?ライラ姫からは個人的に報酬をと伺っており、どうしようか実は頭を悩ませておったのだが……」
「いまは領地もない国なんだ。そこから毟り取りたいとも思わねぇし、どうせまだまだ戦いは続くんだから、次の機会もあるだろ。その時には何か頼まぁ。面白い魔道具とかが良いな。それまでに何か考えておきな。実際の計画実行はいつ頃になるんだ?」
「およそ1ヶ月後になるだろうということだ。この交渉を待ってハドリー王国では進軍を始める予定と聞いている」
「1ヶ月か。結構ある気もするが、ハドリー王国の王都からファクラまで進軍すると考えたら結構ギリギリか。あとは、転移門を開くタイミングをどう合わせるかとかを確認する必要があるのだろうな、アレクシア、お嬢を呼んできてもらえるか?巨人と遭遇する可能性もあるからシェリーもかな」
なんとなくマートは少し嬉しそうな様子である。
「畏まりました。くれぐれも無理はされませんように」
「ああ、わかってるさ」
アレクシアは2人を呼びに一度部屋を出てゆくのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。そちらもよろしくお願いします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




