300 来客と援軍依頼
年の瀬を迎え王都に入ったマートに珍しい来客があった。
自称トカゲ、王都第8街区の派手な飲み屋を拠点としている若い男だ。おそらくエイトと呼ばれるワイズ聖王国での前世記憶持ちが集まった組織の幹部である。
「珍しいな。トカゲ」
「ご無沙汰しております。伯爵様」
応接室で待っていたマートに、彼はそう言って丁寧にお辞儀をした。
「いや、そんなの要らねぇよ。普通にしてくれ、普通に」
マートはそう言って笑い、ソファの席を勧めた。トカゲは最初は遠慮していたが、マートが本気で堅苦しいのを嫌がっているのがわかると以前の調子に戻って彼の向かいに軽い調子で座ったのだった。
「のっぽのトカゲとリリパットの一件以来だな、どうしてた?」
マートは懐かしそうに尋ねた。のっぽのトカゲとリリパットの一件というのは、魔龍同盟がキャサリン姫をたぶらかし、ウォレス侯爵の嫡男であるザビエル子爵を陥れた一連の事件の事だ。
「ああ、すこぶる平和に暮らしていたよ。君のおかげで魔人への風当たりもかなり穏やかになった。一部貴族には魔人をスカウトして自分の配下に取り立てようとしてるのまで出てきているぐらいさ」
「へぇ、まぁ偏見がなくなるのは良いが、逆に魔人だからっていうのは気になるな」
蛮族討伐隊の活躍は世に知られつつある。荒野とよばれる蛮族の生息地に領地を接している貴族たちが目を付け始めたのかもしれない。都合のいいように利用されないか気にはなるところだ。
「うん、僕もそれは気になった。それで雇われていく連中には十分気を付けろよと一応言って回ってるんだけどね、浮かれている連中にはあまり効果がないね」
「まぁ、仕方ないか」
マートは苦笑を浮かべた。彼はかつてマートにも警告をしにわざわざリリーの街にやってきてくれたのを思い出す。それに乗って名を上げる機会ができたというのは良い事だろう。それ以上は才覚で生き延びるしかない。それは前世記憶持ちだろうが普通の人間だろうが同じことだ。
「それでね、僕が来たのは、別の浮かれていた連中の事さ」
「別の浮かれていた連中?」
「魔龍同盟だよ。この間、クローディアがうちの店にやってきた」
マートはのんびり座っていたソファに座り直した。
「クローディアが、王都8番街の店に? 相変わらず簡単に入ってきやがるな」
「まぁ、仕方ないさ。王都にはたくさんの人間が住んでいて、人々の出入りも多い。それで彼女が言うのさ。魔龍同盟の魔人の一部をひきとってやってくれないかってね」
「ほう」
「魔龍同盟が領地を増やし始めたころ、いろんなところで魔人を勧誘したらしいんだ。その頃はまだ魔人はろくな仕事にもつけないし苦労していた時代だからね。新しい世界が待っていると言われてたくさんの魔人がそれに応じて集まったらしい。蛮族の言葉がしゃべれるものは蛮族を使って農地を切り拓き、喋れないものは簡単な訓練をして主に戦いや間諜として協力してもらったと言っていたよ」
マートは頷いた。鱗も同じような事を言われてステータスカードを手に入れるだけの金を提供してもらってついていきそうになっていた。
「今、魔龍王国の魔人連中は、蛮族の中でかなり苦しい立場に追い込まれているらしい。大陸東部では魔人も奴隷扱いされていて、こちらでもそれに近い扱いになりつつあるそうだ。それで、僕に助けを求めてきたのさ。図々しい話だとは思うけどね」
「へぇ、なるほどね。わざわざそれを俺に話しに来た理由は?」
「助けるかどうかわからないが、もし助けるとなったときにお前さんにいきなり襲われたくないからね。それに、向こうの人数が余りに多かったら僕の手に余るかもしれない。そうした場合にそっちに受け入れてもらえる余地はあるかと思って先に話を通しておこうとおもったのさ」
「クローディアやブライアンまで助けるのか?」
「いや、さすがに2人は自分自身が助けて欲しいとは思ってないらしい。勧誘してついてきたけれど今は後悔している連中について、今では足手まといとでも思っているんだろう。伝手がある連中はそっちでも受け入れてるって聞いてるんだが、どうなんだ?」
「蛮族討伐隊か? ああ、受け入れはしているが大丈夫かどうかの見極めもしてる。スパイとして潜入してくるやつもいるからな」
「なるほどな。なら、クローディアの話に僕が乗って、場合によってはそちらでも受け入れてもらえるかい?」
トカゲはそう言って、じっとマートの顔を見た。マートは真剣な顔をして頷いた。
「わかった、いいだろう。何か困ったことがあったら俺に直接、或いはうちの補佐官のアレクシアか鱗を通して連絡をしてくれ。蛮族討伐隊に受け入れてもいいが、その時にはまず魔龍同盟がしたことの罪滅ぼしとして働く必要があるという事を覚悟してもらいたい。戦闘能力がない者もだ。連中はその名の通り蛮族討伐を良く行っているが、もちろん戦いだけじゃなく開墾作業をしている部隊もあるからな。どちらも決して楽じゃないぜ」
「ああ、しっかり言い聞かせることにしよう。とりあえずそういうことで、よろしくな」
トカゲは立ち上がった。マートもそれに合わせて立ち上がる。
「まぁ、仕方ねぇな。わかったよ」
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次の日、ライラ姫から重要な相談があるから補佐官を連れて来てほしいという念話を受けたマートはアレクシアと共に魔術庁にやってきた。
いつものようにライラ姫の執務室に顔を出すと、そこにはライラ姫の他に第2騎士団の騎士団長であるエミリア伯爵とその補佐官のメーブが待っていた。エミリア伯爵の顔色はいつになく悪い。メーブに至っては真っ青だ。よほど疲れているのだろうか。
「2人そろって今日はどうしたんだ?」
マートはそう言って前のソファに座った。
「時間をとってもらってすまぬな、我が夫殿。私がライラ姫にお願いしてこの場を作ってもらったのだ。実は頼みたいことがあってな」
エミリア伯爵の口調が硬い。
「改まって珍しいな。エミリア伯爵なら何でも出来そうだが」
「軽口はよしてくれ。魔龍王国との戦争の話だ。我が軍はラシュピー帝国を支援し、なんとか国土の大半の奪還を果たした。年明けにはリオーダン、そして城塞都市ヘイクスに侵攻したいと考えている」
「おお、すげぇな。遂にか」
「ああ、そなたが兵糧を提供してくれたおかげもあってここまでこれた。そして、そなたにも依頼が行っていると思うが、年明けには国内の侯爵、伯爵からの増援も受けて一大攻勢に入る予定となっている」
マートは考え込んだ。魔龍王テシウスの時は、転移門を使って乗り込み首尾よくテシウスは倒したが、城を占拠することはできず、結局魔龍王国にとどめを刺すことは出来なかった。そればかりか、蛮族の王たる巨人の介入を招くだけの結果となった。
「なるほどな。ヘイクスまで落とせればラシュピー帝国の国土は回復となるわけか。だが新しい魔龍王国の王、 火の巨人はきっと手強いぞ。それに配下のブライアンはこの間の王城への襲撃で転移門まで使えることがわかったからな。下手したら逃げられちまう」
「その通りだ。リオーダンの戦いは死闘を覚悟している。正直なところ 火の巨人が規格外すぎて我々では歯が立たぬかもしれぬ。だがそこでうまく 火の巨人の虚を突いて倒してしまうことで、ラシュピー帝国での戦いを早く終わらせたいのだ。もし、城塞都市ヘイクスから北に逃げられると、そこから先は我々にとっては未知の土地だ。戦いは長期化してしまうだろう。聖剣の騎士そして蛮族討伐隊、特にアマンダ殿の力を借りたい。リオーダンでの戦いに協力してくれないだろうか」
読んで頂いてありがとうございます。
一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。
ついに300回を迎えました。ここまで続けてこれましたのは、読んでくださる皆様、感想を頂ける皆様、誤字指摘いただいている皆様のおかげです。ありがとうございます。
この章の作戦がうまくいけばラシュピー帝国での戦いは終わるかもしれませんが、まだダービー王国の地には多くの蛮族が残っており、まだまだ終わりそうにありません。もうしばらくお付き合いくださいませ。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




