299 休暇
探索が終わった後、マートは息抜きも兼ねて、自領であるローレライ伯爵領の街や主だった町を廻ることにした。本当は村々をすべて回りたいが多すぎて無理そうなので、まずは大きなところからとしたのだ。
元々このローレライは王国の穀倉地帯と呼ばれるブロンソンと隣り合っているだけあって土壌は豊かであり、また内海に面している街も多くて海産物も美味しい。また、内陸に近いあたりでは昔から羊や馬の放牧が盛んで肉も美味しい所でもある。人々はこの1年のマートの統治のもとでハドリー王国に占領された痛手から復興を果たし、かつて以上の賑わいを得ていた。
マートは昼間は一人でのんびりとライトニングにまたがって気ままに名所を巡り、各地の伝承を尋ねたりして過ごし、夜は魔法のドアノブでジュディたち研究所に居るメンバーを連れ出して一緒に土地の料理に舌鼓を打つという生活を続けたのだった。
ある日のこと、マートとしては珍しいことに無計画な移動の関係で夜、町にたどり着かず、いつもとは逆にマートとジュディ、シェリー、エリオットとアレクシアの5人は研究所の食堂で食事をしていた。
「お嬢、研究はどうだ? うまくいってるのかよ。転移で逃げられた時の対応策だっけ?」
今日の食事はシチューというとろみがあって肉もたっぷり入った具沢山のスープと新鮮なサラダ、山盛りのパン、チーズというメニューだ。食堂のメニューのセット料理というカテゴリーを上から順番に試しているらしい。
ジュディはマートの問いに大きな木のスプーンを横に置き、ため息交じりに答えた。
「それがねー、とりあえず転移追跡って呪文は見つけたんだけど、それだけだと、数字が羅列した情報しか得られないのよね。今、その数字の羅列の意味がわかんなくて困ってるところ。その情報で転移ができるってことらしいんだけど、そのやり方もわかんない。転移追跡の呪文書によると、転移先がどこかっていうのもわかるはずなのだけど、それには地図表示っていう呪文が必要らしいのよ。そしてそれには地図情報取得っていう呪文がさらに必要で……」
ジュディの説明にマートは首を傾げた。
「なんかよくわからねぇな、とりあえず場所の情報か。長距離通信用の魔道具でも、土地の座標がどうこうとか言ってたよな」
そこまで訊ねてマートは冷えたエールを飲む。収穫祭も終えたこの時期、普通なら冷えたものより、すこしスパイスの効いたホットワインが恋しい時期であるが、この研究所は常に気温が一定に保たれていて快適なのだ。
「うん、そうなの。転移門でもその土地の座標を示す鍵をつくらないといけないから、私もそれかなと思ったんけど、その数値とはちょっとちがうのよね」
「数字は数字じゃねぇのかよ」
「それがね、転移追跡の場合、その数値に途中で文字がまざっているのよ。それが分からなくてね。今はいろんなところでその数字の情報を集めて解析しようとしてるところなの、でもまぁ、進んではいるからきっともうすぐわかるんじゃないかな」
そういって、ジュディはうんうんとなにやら頷いた。ある程度進んでいるという確信でもあるのだろう。
「なるほどな、エリオットの旦那はどうなんだ」
「ああ、ジュディ様に付き合わされて転移呪文を毎日何度も使っておるからな、熟練度は上がり転移の速度は速くなったぞ。転移門呪文についても、いろいろと教えてもらって、一応仕組みは理解した。まだ発動はできんがな。早く習得しないと帰れそうにないから頑張るしかないだろう」
なかなか大変そうな状況である。ただし、元々魔法使いという職業自体自ら選んだものであるし、ジュディ、シェリー、アレクシア、そして研究所に居るメンバーも半数以上が若い女性という状況でもあり、厭々やっているという感じではなかった。
「聞いてくれ、マート殿。飛行速度がかなり上がったのだ。勿論ジュディ様程ではないがな。それに加速呪文も覚えたぞ。斬る速度は3割増し程になっている。すごいだろう」
シェリーはそういって胸を張った。元々剣の腕が良いのに、さらに加速か。かなり有利だろう。マートは素直に驚いてみせた。
「そいつはすごいな。巨人が見つかった時には逃げ出す暇もなくやっつけれるかもしれねぇな」
「うむ、ジュディ様は逃げられることを心配されているが、逃げられる前に倒せばよいのだ」
そういって、シェリーはにっこりと微笑む。
「アレクシアは何か収穫があったか?」
「そうですね、私は念動と鍵開け、あとは魔法の矢を習得しました。とはいえ素養はそれほどないので、派手なことは出来ません」
「3つも習得したなんてすげぇな。普通1つで半年ほどかかるんじゃねぇのか?」
「そうなのですか?」
マートの問いにアレクシアは不思議そうに首を傾げたが、その横でジュディがうんうんと頷く。
「猫には前にも言ったじゃない。ここにある魔法の資料はすごくわかりやすく書いてあるって。きちんと勉強すれば普通より格段に早く習得できる。それにアレクシアはすごく頑張り屋なのよ。記憶力もすごいしね」
アレクシアはそう言われて少し嬉しそうな微笑みをうかべる。
「そうだ、シェリー、ピール王国の末期の遺跡でみつけた鎧と槍なんだけどよ、使えそうか見てくれないか?」
そういって、マートはこの間の遺跡でみつけた真っ白の全身金属鎧と6本の槍をマジックバッグから取り出した。旅行の合間にすべて鑑定は済ませてある。この4領あった真っ白の全身金属鎧は、期待通りミスリル製の鎧だった。それもサイズ調整機能がついており、身長1.5m~2.5mあれば男女共に着用が可能であり、さらに有難いことに温度調節機能がついているという優れものであった。ただし、静音機能などはついておらず、金属鎧特有のガチャガチャという音が消えるわけではなかった。そして、6本の槍はすべて最初に鑑定したものとおなじもので、器具さえつければ馬上槍としてもつかえそうであった。
シェリーは収められた箱の中からまず兜を取り出して眺めはじめたが、マートの説明を聞くと、おおと呟いた。
「1つの鎧はミスリル加工が得意なドワーフに一度預けようと思ってるんだけどよ、あとの3つの鎧と槍は騎士に良いかなと思うんだ。シェリーとあとはグールド兄弟あたりかな。兄貴のオズワルトはこの間の襲撃でも頑張ってたしな」
先に食べ終わったシェリーは、服の上から全身金属鎧を装着し始めた。本来であれば鎖帷子を身につけてからつけるものではあるので、服の上からでもある程度は問題ないだろう。部位毎のパーツはかなり大き目になっており、装着してはスイッチを探して押すことによって身体にフィットさせるということを繰り返す必要があるようだ。
「これはかなりのものだぞ?まるで着ていないような感じだ。そなたは着ないのか?」
シェリーは一通り装着を終えると、軽く動いてみせた。金属鎧特有のがちゃがちゃという音はするものの、軽く体にフィットしているので動きにくくはないらしい。
「潜入するのに全身鎧は着れねぇよ。それに、こんど騎馬隊を騎士団に編成替えするんだろ?その時にシェリーと他の主だった連中に、子爵とか男爵に昇爵してもらうとかも良いんだが、この鎧や武器でもいいと思うんだ」
「ああ、計画書を見たのか。アズワルト、オズワルトたちとも話をしたのだが、領地も人数も増えたので、自然と騎馬隊も人数が増えてきていてな。ハドリー王国との国境にあたる湿地帯に築いた砦など、ところどころの要所に駐屯する部隊も編成しないといけないので、歩兵や弓兵も必要になった。それにパウル殿から王国の騎士団からも協力要請がきているという話もあってな。騎士団編成のほうが良いだろうという話になったのだ。王国の騎士団からの要請の話はもちろんマート殿も知っているのだろう」
「ああもちろんな。パウルが青い顔をして相談にきたよ。ラシュピー帝国領内での戦いでかなり損害が出てるらしくてな。伯爵以上の高位貴族に、王国騎士団の補充のためにお抱えの騎士を王国騎士団に派遣してくれないかという要請があった。うちとアレクサンダー伯とは国境警備という理由から断る事もできるんだが、内情をある程度知ってるだけに断りにくい。だからパウル経由でアズワルトに問い合わせをしてもらったんだ」
「なるほどな。もちろんマート殿から魔法の武器や鎧を下賜されるとなれば皆も喜ぶが、これらの魔道具はそなたが個人で手に入れたものだろう?騎士団のために使って良いのか?」
「最初はちょっと迷ったんだがな。蛮族との戦いが早く終われば、俺も早く暇になるだろ? 俺が使わないものなら良いかなって考えることにしたのさ」
「そういうことなら有り難くもらってオズワルトたちと相談しよう。しかし、全部騎士団で良いのか?アマンダたち蛮族討伐隊にはどうするんだ?」
「蛮族討伐隊には別のものを考えてるんだ」
そう言って、マートは直径2mほどの半球型の魔道具を3つ、そして、1mほどの棒型のものを8本とり出した。
「これは?」
「みつけた時にはなんだろうって思ったんだが、調べてみると個人用の飛行の魔道具と、魔法衝撃波という魔法を打ち出す棒だったんだ。騎士団には空飛ぶ絨毯はいくつかストックがある上に、騎士は基本的に馬に乗るだろ。遠距離攻撃には弓隊をつかうしな。その点、蛮族討伐隊は小人数での戦闘が多いし、アマンダなんて身体が大きすぎて乗る馬にも事欠いている。この2種類の魔道具は蛮族討伐隊に渡してやるのが良いかなって考えたのさ。ワイアットはしばらく海軍で、金属鎧を着たらさすがに邪魔だろうし、アマンダはサイズ的に着れないってのも理由としてはあるけどな」
「なるほどな。飛行は私やジュディ様は自前の呪文でできるしな」
「まぁ、そういうことさ。蛮族討伐隊のメンバーにも爵位だけじゃなく、この2種類の魔道具を出してやればいいかなと思う。それとは別にあと2種類ほど魔道具は見つけたんだが、両方とも衛兵隊や騎士団、蛮族討伐隊の共有物でいいだろうと思ってる」
マートがそういうと、ジュディが不満そうな顔をした。
「あら、何の魔道具を見つけたのかは教えなさいよ」
「そうか、もちろん良いぜ。索敵ゴーグルと水の出る水筒だよ。そういえばゴーグルはアレクシアが持っててもいいかもだな。お嬢とシェリーは魔法の素養が高いから蛮族が幻覚で姿を消しててもみえるだろ?このゴーグルはそれを見破るための魔道具さ」
識別の結果、11枚のスープ皿のようなものと思ったものは、実は顔の目の部分に装着するゴーグルというものだとわかったのだ。幻覚で透明化されたものをみることが出来る上に、暗闇でも見ることが出来るという魔道具らしい。6個あった円筒は水筒だった。ただの水筒ではない。魔石の力が残っている限り無限に水が湧き出す水筒である。野営などではかなり便利だろう。だが、共にマートにとっては頼る必要のない魔道具だった。
「それは是非頂きたいです。私の場合見えない場合があるのです」
そういって、アレクシアはマートが取り出したゴーグルを受け取った。
「んー、お嬢に何もねぇのは悪いけど、たぶんどれも要らないだろ?」
「そうね。このあいだの巨大集落のお礼も王都でデザートを奢ってくれたらいいって言ったじゃない。それなのに山ほどの食料品と箱一杯の金貨を戦利品だって領地のほうに送ってくれたでしょ。うちの家令もすごく喜んでたけど、もういいわよ」
「そうだったな。また何かみつかったらその時にな。最近ウィード産の砂糖や果物を王都で販売しはじめたんで、いろんなデザートを出す高級料理店と付き合いが出来たんだ。一緒に行こうぜ」
「それいいわね。みんなで是非行きましょう」
「俺は遠慮しておくよ。高級料理店のマナーとかいうのはめんどくさい。下町のほうが向いてるのでな」
エリオットはあわててそう言う。
「あー、下町も行きてぇな」
マートがそう応じたところでジュディが自分の顔をじっと見ているのに気が付いた。
「でね、猫、これだけの魔道具、一体どこで見つけたの?」
「あー、それはな……いつも通り公開するつもりはない話なんだが……知りたいか?」
マートはジュディの反応にどうしようか迷いながら尋ねた。ジュディはもちろんというように頷く。マートは仕方なくピール王国の魔道具研究所の話を説明したのだった。
「もーっ どうしてそんなところにつれてってくれないのよっ! で、その回収した資料は?」
「ああ、そうだな。研究室にそのうち並べておくよ」
「今すぐ出してっ」
ジュディは食事もそこそこにして、マートが取り出した資料を興奮しながら調べ始めたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。
この話はここで終了で、次は王都での話になる予定です。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
2021.10.22 10:53 エリオットをアイザックって書いてました。どこからこの名前がでてきたのでしょう?? 一人称も間違って儂に……訂正します ご指摘ありがとうございました。
2021.10.22 15:00 頂いた感想などを見て少し修正したほうが良いかと思うところを訂正しました
・伝説 → 伝承
・領地の他にいろいろと功績を並べてやってこの鎧と槍を出してやれば良いんじゃないか
→ 子爵とか男爵に昇爵してもらうとかも良いんだが、この鎧や武器でもいい
・他にあと2種類ほど
→ 蛮族討伐隊のメンバーにも爵位だけじゃなく、この2種類の魔道具を出してやればいいかなと思う。それとは別に
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




