296 その始まり
王都とローレライ、ウィードでの収穫祭が終わった数日後の昼過ぎ、モーゼル、エバとアンジェの協力でニーナの顕現解除をようやく済ませたマートは、久しぶりにのんびりと時間を過ごしていた。
明日はニーナの見つけた古代港湾都市を探索に行こうと何か必要なモノがあるかななどとぼんやり考えていると、ジュディがシェリー、アレクシア、そしてエリオットを伴ってやってきた。
「よう、お嬢、どうした?」
「研究所にお邪魔させてもらおうと思って来たのよ」
そういえば、そんな事をお願いされていたなとマートは思い出した。その時、シェリーとアレクシアに魔法を教えてやってくれと言っていたので、2人には声をかけてきたのだろう。
「なるほどな、もちろん良いぜ。だが、エリオットはどうしてだ?」
ジュディ達3人はともかく、エリオットは全く気が進んでいないようにマートには見えた。
「転移が使えるからよ。転移が使えるってことは素質的には転移門呪文も使えるはずなの。私が調べ物をする間、彼にもそれの習得をしてもらおうと思って……」
ワイズ聖王国に転移を使える魔法使いは何人かいるはずだが、転移門呪文はいまのところジュディしか習得できていない。軍事的には極めて価値は高い呪文であるので皆、取得しようと躍起になっているはずだがなかなか成功していないようだった。
エリオット自身は彼はいつか転移呪文を身につけると冒険者時代から言っており、ジュディに頼みこんでようやく習得したと聞いていた。それを盾に今回の研究所行きを依頼され断り切れなかったといったところだろう。
「そうか、まぁわかった。エリオット、習得できたら毎月の俸給は増やしてもらえるようにケルシーに言っておいてやるから頑張りなよ」
「むー、この間の航海の時のように、俺の仕事が増えそうな気がして仕方がないのだが」
なかなかエリオットは勘が良い。
「それはそれで一時金を貰っただろ?その金で鱗やネストルたちと豪勢に飲みに行ってたって話じゃねぇか。俺も行きたかった」
マートの言葉に、エリオットは苦笑を浮かべ、仕方ないかというように頷いたのだった。
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翌日の朝、ジュディたちを研究所に送り出したマートは、エバ、アンジェにいつものように留守を頼むと古代港湾都市の遺跡の探索に向かった。本来でいえば船旅で2週間はかかるというところであるが、マートの場合は水上では上半身は馬、下半身は魚の姿である魔獣、ヒッポカムポスのライトニングが居る。ライトニングは水の上ではその名の通り稲妻のように走ることができるので、2時間程走って到着することができた。
古代港湾都市は巨大な石などを積み上げて作られた建物の廃墟が並んでいた。広い道が港を中心に放射線状に伸びている。マートはそれを見て中央転移公共地点のある、この北の森の中にある海辺の家ちかくとも繋がっている古代遺跡と似ている感じがした。あれとこことは同じ時代に作られた都市だということなのだろうか。
“ニーナ、見つけた入口ってのはどこだ?”
ニーナの案内でマートは都市の港からまっすぐ伸びた道の一つの先にあるローレライ城ほどもある大きな建物の跡にやってきた。
“このあたりで魔法感知で光るものがあったんだよ。掘りかえしてみると光の魔道具と地下に続く階段があったんだ。一応土をかぶせてあるけど、色が少し変わってるだろ? そこを掘りかえしてみてよ”
マートが言われるがままに掘りかえすと、すぐに人手で加工された平たい石の板が出てきた。その下はニーナの云う通り階段だった。その階段は何回か折り返されておりかなり深そうである。
“ちょっと覗いてみたんだけどね、結構深そうだったし、あんまり時間もなかったからすぐに引き返したんだ”
“わかった。城か大きな館の跡地の地下か。確かに何かありそうだ”
マートは、ゆっくりと階段を下りていった。階段の深さはおよそ10mある。所々に魔力が切れた光の魔道具とおもわれるものが壁に埋め込まれていた。階段を下りた先は小さな部屋になっており、金属で補強された木の扉が一つあった。カギはかけられていたかもしれないが、すでにほとんど朽ちかけており、そっと触れるだけでその扉は大きな音をたてて倒れてしまったのだった。
そこから先はおよそ50mの長い廊下になっていた。左右に3つずつ、そして突き当りにも扉があった。床には虫などの死骸と埃が溜まっており長い間誰もこの廊下には足をふみいれた事は無いようで、こちらの扉は最初のものとは違いしっかりしているようだった。
マートは警戒しながらまず左の手前の扉を開けようとした。扉はかなり大きく最初の扉と同じように金属で補強されていたが、ドアノブは回らなかった。ただし鍵穴のようなものは見当たらない。扉そのものはかなり分厚くてマートの視力でも向こう側は透視できなかった。
内側から閂でもかけてあるのだろうか。だが、それにしてはドアノブが回らないのはおかしい。単に錆び付いているだけの可能性もあるが、施錠の呪文の可能性もあるか。マートはどこかで解錠の魔道具を手に入れていたのを思い出した。使わない魔道具は研究所においてあるので、そちらにおいたかもしれない。
マートはとりあえずマジックバッグのベルトポーチに手を突っ込んだ。解錠の呪文が使えるワンド、以前古都グランヴェルの地下に広がる都市遺跡で見つけたものが反応した。普段は針金一本で解錠をするのであまり使うことなく忘れていたが、まだ入ったままになっていたようだ。マートはそれを取り出し、そのワンドを扉に向ける。
『解錠』
カチリという音がした。マートは改めてゆっくりとドアノブを回す。錆び付いてはいたもののなんとか回り、ギギギと音を立てながらその扉は開いたのだった。
中は20m四方ほどの倉庫にも似たがらんと広い部屋になっていた。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
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