293 救出探索行
首尾よく転移門を越えたマートは、衛兵の服の裾に身を隠し、ギャギャギャ、ギャギャギャと蛮族たちがよくわからない言葉で会話しているのを聞きながら、どうやって王子とワーナー侯爵夫妻、そしてこの女性衛兵を救うか考えていた。
とりあえず女性衛兵は気を失ってはいるものの、出血は止まって呼吸などは安定しており、すぐに死んでしまう状態ではなかったのは安堵できる材料だった。問題は王子とワーナー侯爵夫妻だが、転移門を越えた後、ちらりと見えた様子では3人とも体温は下がっておらず、まだ死んではいないようだった。
これが、もし既に死亡していたとすれば、蘇生呪文までのタイムリミットが30分~1時間ということになってしまう。そうなれば、少々無理をしてでもここで急をついて暴れるしかなかった。だが、まだ生きているということであれば、少しだけではあるが時間の余裕はありそうだった。
転移門を越えた後は、集団はオーガたちとオークたちの2つに分かれた。おそらく住む集落が分かれているのだろう。ゴブリンたちはおおよそ2つに分かれてそれぞれの集団にくっついて移動していく。クローディアとブライアンは、オークウォーリヤーと女性衛兵を担いだハイオークに指揮された集団と一緒に移動をし始めた。王子とワーナー侯爵夫妻は、それぞれ別のオークが担いでいた。
クローディアとブライアンは何か二人で話をしているようだった。マートは懸命に耳をそばだてる。
「イグスルト様はこれで我々を褒めてくださるでしょう。魔龍同盟の支配地を増やしてもらえるはずよ」
クローディアは少し嬉しそうだ。
「ああ、そうだな。だが、今となっては我々の同志はかなり数が減ってしまった」
「アマンダが猫の下で名を売ってて、みんなそっちに流れちゃったからね。でも、レイスのじーちゃんが言ってたよ。人間は危ないときには私たち魔人を頼りにするくせに、情勢が変われば簡単に手のひらを反す様に裏切るってね。猫のところも蛮族との戦いが続いてる間は大丈夫かもしれないけど、ワイズ聖王国もいつ態度を変えるかだよね。そろそろ怖くなって処分しようと考える奴がでてきてもおかしくないはずよ」
「ああ、そうだな。レイスはいったいどこに行ったんだろうな。連絡がないところを見るとどこかで死んじまったんだろうが、あいつが居たらもっと情勢はかわってたと思う。と、こんなことを言っても仕方ない。とりあえずイグスルト様に報告をしにいくか。捕虜の3人はどうする?」
「ああ、リオーダンやヘイクスはすぐに調査に誰かがもぐりこんできてもおかしくない。特に猫は油断できないよ。イグトルソ様の街に忍び込んで焼き討ちをしたらしいからね。さっき見てみたけど侯爵夫妻も怪我はしてるけどすぐに死ぬことはないだろうし、王子も毒で気絶させただけだからそのうち気が付くだろう。ほっといても大丈夫だし、ここに残しておくほうが良いんじゃないかね」
「そうだな。3人はフェラリオに任せておくか。あいつはあいつで女騎士だかなんだかを奪ってきたとかで、さっき得意気にしゃべってたが、大丈夫か?」
「ああ、あいつは性欲が強すぎるのが問題だけど命令は聞くから大丈夫よ。さっきみたいな事はしちまうけどね。でも、あの時はあいつは殺されるかなーって思ったけど意外と何もしてこなかったね。聖王国の連中はよっぽど腑抜けなのかも。あーあ、猫は飛び込んで来てほしかったなぁ」
「ああ、飛び込んで来たら殺してやろうと転移門の先からは見えない死角に弓兵50人が待ち構えてたのにな。まぁ、仕方ない。そろそろ行くか。こいつらはどうせこれから宴会だろ」
「そうだね。フェラリオ!」
クローディアがそういうと、衛兵を担いだハイオークが二人に近づいた。このハイオークの名前はフェラリオらしい。そのフェラリオに担がれた衛兵に隠れているマートは見つからないように服の奥にもぐりこむ。
「私たちは、イグスルト様に報告をしにリオーダンに向かう。あんたたちはしばらく好きにしていいけど、あの3人の面倒はみておきな。他の蛮族に任せずあんたがするんだよ?他の蛮族連中には絶対に手を出させない事。わかったね」
「あ、ああ、わかった。俺が面倒を見る。他の連中にはぜったいに手を出させない。手を出したらクローディアに生きたまま石の像にされるって言う」
ハイオークは人族の言葉を喋れるらしい。石の像っていうのはなんだ? クローディアは石化でもさせれるというのか。前世記憶が毒の息と石化の能力のある魔獣だとするとコカトリスかバジリスク、ゴーゴン、メデューサ、カトブレパス……そういったあたりかもしれない。石化を解除するには高位の呪い解除が必要だ。
「じゃぁ、任せたよ」
ブライアンが転移呪文を唱え、2人はそのまま姿を消したようだった。
「ギャギャギャギャ!」
ハイオークは、大声を出し他のオークたちに指示をだした。上位種であるはずのオークウォーリヤーも彼の指示を聞いている。こいつがこのオークの群れの長ということだろうか。人の言葉をしゃべれるとなると、このハイオークは人間の前世記憶があるということなのだろう。
クローディアたちもそのうちに何とかしないといけないが今は良いだろう。4人の救出が優先だ。イグスルトやイグトルソとかいうのは名前だろうか。もしかしたら巨人の王の名前なのかもしれない。
マートはとりあえず衛兵の服の中に姿を隠したまま、フェラリオとかいうハイオークに大人しく連れられて行かれることにした。
半時間程歩いて到着した先は蛮族の集落だった。暮らしているのはオークとゴブリンでおよそ500体程だろうか。集落のほぼ中心に広場のようなものがあり、フェラリオが到着すると、そこにぞろぞろとオークやゴブリンたちが集まってきた。一段高いところにフェラリオは立ち、ギャギャギャ ギャギャギャと何か大声でわめきたてた。ほかのオークやゴブリンも興奮した様子でギャギャギャ ギャギャギャと返している。
クローディアとブライアンが去った今、きっと魔法抵抗が高いものはあまり居ないだろう。マートは幻覚呪文を使って姿を隠しつつ、するすると衛兵の身体から降りた。物陰に飛び込む。
チャールズ王子たちは広場の近くにある高床式の建物の中に運ばれていった。おそらく宴会の準備なのだろうか広場の中心には大きな焚き火が熾され、大きな鍋や鶏や豚などといった家畜が運び込まれてその場で解体が始まった。フェラリオとオークウォーリヤーは機嫌良さそうに広場の中心の一段高くなっている床に座り込み、フェラリオはその横に女性衛兵を放り出した。その衝撃で彼女は意識を取り戻す。最初彼女は様子がよくわからないようでぼんやりと周囲を見回していたが、それを見てハイオークが身体をぐいっと引き寄せる。
「きゃーーーっ!!!」
大きな悲鳴。フェラリオはいきなりガツンと彼女を殴った。彼女も衛兵であるからにはある程度の心得はあったはずだが、さすがにショックが大きすぎたのかもしれない。うまく抵抗できずに居たところを、さらになぐりつける。
しばらくしてフェラリオは満足したのか彼女を放り出した。抵抗する気力も奪われて彼女はぐったりと床に倒れたままだ。マートは唇を噛みしめてその光景を見ていたが、すぐに助けるからなと小さく呟いた。
読んで頂いてありがとうございます。
一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2021.10.10 16:23 最後の部分の女性衛兵に対するシーンが少し残酷かもというので、改稿しました。




