290 パレード
王都での収穫祭の日、空は綺麗に晴れ渡った。
「いい天気になって良かったなぁ」
パレード用に特別に用意された屋根のない馬車に乗ったマートは、面白そうに沿道の人々に手を振った。その横に座るシェリーは緊張した面持ちで顔を強張らせていたが、シェリーを挟んでマートの反対側に座るジュディは逆にニコニコとして、マートと同じように手を振っていた。
「そうね、ほら、シェリーも手を振りなさいよ。あなたが今日の主役なのよ」
ジュディはシェリーのわき腹を肘でつつく。
「あ、ああ、そうだな。いや、しかし……」
業を煮やしたジュディがシェリーの手を取って、一緒に振った。おーっと沿道からは歓声が沸く。聖剣の騎士万歳といった声が何度も繰り返され、みんな嬉しそうだ。
「すげぇ人気だな。そういえば、シェリーの絵姿とかが売られてるらしいぜ。俺やお嬢も描かれたりしてるらしいが、やっぱりシェリーが一番カッコいいって、使用人連中がみんな言ってた」
マートの言葉にジュディも頷く。
「アレクサンダー伯爵領では元からシェリーは姫騎士として人気があったけど、今では聖剣の騎士としてさらにすごい人気になってるらしいわ。この間もセオドールお兄様がランス卿に婚約しておけばよかったのにって言われて落ち込んでたらしいわよ」
「そんな、セオドール様が私のような者に。それに私には……」
「それは判ってるわよ」
シェリーはジュディに長い間護衛として仕えていた身でもあるが、幼馴染みでもあり非常に仲が良い。そうやって話しているうちに、シェリーの緊張も少しは解れてきたようで、王城に続く大通りに入った頃には、沿道に手を振るときの顔にも徐々に笑顔がみられるようになったのだった。
マートが沿道に目をやると、パレードを見ている人々の姿の中に、見知った顔の女性が人混みをかき分け王城方向に急いでいたのを見つけたような気がした。だが、あわてて見直した時にはその姿はもうない。マートはさすがに気のせいだろうと打ち消そうと思ったが、万が一にも居たとすればそれは危険すぎる顔だった。彼女の名はクローディア。魔龍王国の幹部であり、ドラゴンの前世記憶を持つ男と魔龍王国との橋渡しをし、今の魔龍王国に 火の巨人を迎え入れ、ワイズ聖王国内ではアレン侯爵に化けて政変騒ぎを起こした。本人の前世記憶は何かは判らないが、少なくとも呪術魔法に長けており、全く油断できない存在である。その彼女がこのタイミングでこのワイズ聖王国の王都に居るとしたら……。
「お嬢、このパレードの警備責任者は誰だ?」
「王都の衛兵隊長を務めるローレンス伯爵のはずよ。その上司は宰相であるワーナー侯爵ね。一体どうかしたの?」
「いや、見間違いかもしれねぇが、クローディアがそこの通りに居たような気がした。ローレンス伯爵に至急報告したほうがいいと思う」
「クローディアですって? どうやって王都に」
「いや、あのレベルだと俺と同じさ。王城レベルの警戒でも安心できねぇ。ちょっと心配だ。魔龍王国や蛮族の連中までがはいりこんでるかもしれねぇぞ」
「わかったわ、猫が見間違いをするとは思えない。ちょっと確認してもらうわね」
ジュディは馬車のすぐ後ろを走っている衛兵隊の騎士に合図をして馬車に並走してもらうと、マートの懸念を伝えた。騎士はすぐにパレードの列を離れようと速度を落とそうとする。
その時、火の玉がマートたちの乗る馬車にむけて飛んできた。
「ヴレイズ!! 炎から皆を守ってくれ」
“よかろう、マート”
飛んできた火の玉が、黄色く光る幕の様なもので覆われると、しゅっとまるで蝋燭の火が消えるようになくなった。マートは火の玉が飛んできた方向を見る。そこには見知らぬ長い黒髪の若い女が一人、驚愕の表情を浮かべていた。服装は一般の民衆とおなじようなベージュのワンピースだ。その光景をみた沿道の人々は大騒ぎだ。彼女を遠巻きにして、慌てて逃げ出すもの、その場に座り込んでしまうもの、叫び声をあげているもの、反応はさまざまだ。
魔龍王国か。マートはそう考えて馬車から飛び降りると、その女に向かう。
「ぎゃぎゃぎゃっ!」
その女が喋ったのは蛮族の言葉だった。蛮族が人に化けているとすれば呪術レベル5の変身が使える相手かもしれない。マートはあわてて剣を抜く。それを見てさらに人々は大声で叫びパニックになっていく。
“いや、変身は人間の言葉をしゃべれるようになるはずじゃ。ラミアは進化すると人に化けて男を騙すと聞いたことがある。ラミアの上位種かもしれぬぞ”
マートが剣を抜いたのを見て女は身をひるがえし、遠巻きにしていた人々の中に飛び込んだ。元から人でごった返していた沿道だが、若い女が走ってくるのであれば、それが何かの犯人とは思わないものいるのだろう。道を空けてやる連中も居て、群衆の中に紛れ込んでいく。
“待って、猫、陽動かもしれないわ”
“なんだって? いや、でも逃げちまうぜ?”
“こっちでわざと騒ぎを起こしたのかもしれないって言ってるのよ。クローディアが居たのでしょう?”
“そうか、王様か”
“陛下の安全確保が優先ね。急ぐわよ”
ジュディは護衛の衛兵隊長に簡単に事情を説明するとシェリーの手を取った。飛行呪文を使い、宙に浮かぶ。
『風飛行』
マートも宙に浮かんだ。拡声の魔道具を手に持つ。
「蛮族が紛れ込んでる。だが俺たちが居る。心配するな」
マートは大声で叫び、その場は衛兵隊にまかせると、シェリー、ジュディに合図し、一気に王城の方向に向かった。
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見直してはいるのですが、いつまでたっても間違いが無くならない……申し訳ありません。
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