288 巨大集落の末路 (あとがきに世界地図載せました)
翌朝、マートとワイアット、アレクシア、エリオットの率いる一隊はジュディに転移門を開けてもらい、船を隠した入り江に移動した。
このタイミングでワイアット配下の蛮族討伐隊は半数以上が入れ替わり、船乗りたちも入れ替わった上に大幅に増員されていた。どちらも経験を積ませたいというのが、騎馬隊隊長であり、ローレライの軍勢を指揮するオズワルトとワイアットの2人の共通意見だった。たしかにローレライを出てからまだ2週間ほどしか経っていないはずだが、海戦は大小合わせると10回以上をこなして濃密な経験になっており、同じような経験を他の連中にも積ませたいということらしい。また、この後も拿捕する船があるだろうという理由もあった。
「じゃぁ、俺はちょっと巨大集落をみてくるから、準備をしておいてくれ」
早速船出のために準備を始めた船員たちを尻目に、マートは精霊魔法で宙に飛びあがり巨大集落に向かったのだった。
巨大集落に近づくと、そこでは雨が降り出していた。だがまだ炎の勢いは衰えておらず黒い煙がもくもくと上がり続けている。そして多くの蛮族が巨大集落の出口のあたりからずっと行列をつくるようにしてどこか外に向かって移動していた。
マートはニーナにだけ通じる念話のようなもので連絡をとろうとしてみたが、特に反応はない。このあたりには居ないのだろう。あまり関係ないことはしないはずなので内海沿いに先行したのかもしれない。マートはとりあえず姿を消して集落中央の 霜の巨人が居た巨大なテントあたりを覗いてみる。そこはたくさんの巨人たちがいたはずだったが、今は全くもぬけの殻で、テントそのものも半分以上が壊れ、寝転がっていた寝台も泥だらけになっていた。
マートは何か残っていないか周囲を見回した。魔法感知も併せて使う。するとその寝台の下に古びた革袋が一つ隠されていた。ぺたんと何も入っていないように見えるが、魔法感知に反応するのでマジックバッグかなにかだろうか。
“魔剣よ、識別してくれるか?”
“うむ……そなたの予想通りマジックバッグじゃな。しかしこれはかなりの容量をもっておるぞ”
マートはわくわくしながらマジックバッグに手を入れた。
“内容物:大金塊208個、小金塊1954個、ミスリル塊925個、ダイヤモンド429個、ルビー・・・、身縮めの腕輪”
中身は金、ミスリル、ダイヤモンドなどの宝石がほとんどだった。 霜の巨人或はエンシェントドラゴンとして貯め込んだ財宝なのだろうか。最後に1つだけ魔道具らしい身縮めの腕輪というものが入っている。金やミスリル、宝石の量がもの凄い気がするが、マートが1番に興味を抱いたのは身縮めの腕輪だった。
取り出すと、身縮めの腕輪というのは、鈍く銀色に光る腕輪だった。
“これも識別できるか?”
“うむ、身縮め、つまり自分の身長を縮める効果がある腕輪じゃな。自分が身につけているものは一緒に小さくなるようじゃ。最大で1/20の身長になれるようじゃな”
“ほう、身長10センチ以下ってことか。そりゃいろんなところに潜り込めそうだな。楽しそうな魔道具だ”
マートは早速右腕にそれを付けると小さくなった。まわりにあった寝台や椅子がみるみる巨大な建物のようになった。軽く周囲を飛び回ってみるが、これを使えば人が沢山いるところに忍び込むことができるかもしれない。
“へぇ、面白れぇな。巨人がこれを使えば人間と同じ大きさにもなれたってことか。たしかに巨人にとって便利な道具かもしれねぇな”
マートは元のサイズに戻り古びたマジックバッグをしまい込んだ。他にめぼしいものがないか探す。だがそれ以上は特に見当たらなかった。諦めて、マートは再び空に浮かんだ。蛮族たちはどんどんこの巨大集落から逃げ出し始めているようだ。
マートはこれ以上の捜索は断念し、ふたたびワイアットたちのいるところに戻った。
「向こうでは雨が降り出しているが、まだ火は消えてない。蛮族連中はどんどん逃げだして行ってるみたいだな。船とかも燃えてるが放置してる。こっちには気づかないだろうよ」
「わかりました。ではこちらは特に何もせず、予定どおり出航しましょう」
船の出航準備はすべて整ったようだった。
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マートとワイアットが率いる3隻の船は燃え続ける巨大集落の沖を過ぎ、順調に航海を続けた。ここに来るまでと同じように、フラターの風の力とワイアットの能力を使い、3隻の船団は尋常ではない速度で進んでいく。陸地はゆるやかに西に湾曲していた。
途中、ところどころに蛮族の小さな港があり、抵抗してくるものも居たが、それぞれの戦力は大したことがなく、オランプを出てからの時と同様に多くても数隻単位の船と遭遇したが、問題なく蛮族は倒し、拿捕すると人間は救出するということが続いた。
ただし、今回はオランプまで戻るほうがローレライまで遠くなるので、鹵獲した船はどんどん引き連れていかざるを得ず、そのため船団そのものが膨れてゆき、大船団になっていったのだった。余分に連れてきたつもりの船員もすぐに足らなくなった。その度にジュディにお願いして転移門を開き、救助した人々を回収してもらう。
船から見える沿岸の光景はずっと荒野だったが、ある日、海峡か大きな川の河口かよくわからないところに出た。対岸までは10キロほど開いており森となっている。マートが空から見てみたが、判断はつかなかった。だが、水がゆるやかにではあるが内海にながれこんできているようだったので、マートとワイアットは相談して河口と判断し、船団はそのまま西に進んだ。しばらく森沿いに進み、途中何度か蛮族の作った停泊所らしきものを越えるとようやく最初にニーナがみつけてきた古代港湾都市の遺跡のある場所の沖に船団は到着したのだった
とりあえず偵察に行ってくる。マートはアレクシアやワイアット、エリオットと相談していつものように上空に飛び上がった。古代港湾都市にはガレー船や帆船併せて80隻以上の船が停泊していたが、特に何の反応もなかった。その時点で62隻に膨れ上がっていた船団を残し、マートは一足先にその都市に向かう。だが、その都市には蛮族の姿は一体も見られなかった。
“やぁ、マート、遅かったね。もうほとんど片付けちゃったよ”
ニーナから念話が届いたのはそんな時だった。
“やっぱりか。そんな気はしたんだ。オーク1万体全部やっつけちまったのか?”
“半分以上はゴブリンだったけどね。いつもの集落を潰すときとやり方は同じだよ。ちょっと規模は大きかったけどさ”
“いつものやり方?”
“うん、ほら、前も説明したろ?死霊術でゴブリンのゾンビを出して集落に嗾けるんだ。今回はちょっと規模が大きかったから全部で5百体ぐらい出したかな。当然、蛮族たちは大混乱する。それに紛れて上位種を潰したんだ。後は簡単だったよ。死体はまた死霊術で回収しておいたから、もうこの古代都市遺跡はだいたい綺麗になった”
マートは呆れて言葉を失った。そういえば、鉱山に住み着いたゴブリンを処理するのにそんなことをしたとか言ってたな。朝になればゾンビは腐り崩れてしまうが、相手が移動しない都市を襲うなら、夜に同じやり方をすればいいのか……。
“おい、でもここには人間が捕まってたろ?そいつはどうした?”
“ゾンビは僕の支配下にあるんだよ?蛮族だけを攻撃しろって命令すれば人間は襲わないさ。それに人間たちの半分ぐらいはオークたちに好きなようにされてたから、どうせ記憶は消さないといけないぐらい可哀想な事になってたの。だから一緒でしょ。そうそう、一応堕胎するように細工も済ませておいたよ。その上でみんな港の近くの建物遺跡に閉じ込めさせてもらってる”
“そ、そうか……”
マートはそれを聞いて複雑な表情になる。オークやゴブリンは人間の女性を利用して繁殖をすることがある。しかしそういう目に会った女性は悲惨だ。記憶奪取して、堕胎をしてやったほうが良いとニーナは判断したらしかった。
“あと、マートに朗報があるよ。地下遺跡らしいものの入口があったんだ。すぐにはわからないように入口は隠しておいたから、あとで探検しようよ。どうせローレライに戻ってからじゃないと探検には行けないだろ?”
“お、そうなのか? やったな。わかった。嬉しいぜ。ああ、顕現を解いたらいこう。あとギガリザードマンとレインボウラミアはどうなった?”
“2体とも高所から落下した衝撃で死んでた。ギガリザードマンはレッサードラゴンからギガリザードマンに戻ってたよ。あれはきっとドラゴン化できる能力だね。ギガリザードマンになったら習得できる魔獣スキルなのかもしれない。2体とも蘇生されたら困るから、こっちも死霊術で回収させてもらった。ギガリザードマン・ゾンビとレインボウラミア・ゾンビってなってた”
“そうか。たしかに死霊術で回収したら蘇生魔法の対象にはならなくなる。いい手かもしれねぇな”
“じゃぁ、僕はどうする?すぐ顕現を解くのは無理だよね。1日ぐらい意識不明になっちゃいそう”
“そうだな。特に今頼むことはないかな。なにかしたい事はあるか?”
“じゃぁ、しばらく研究所に行っててもいい? ちょっと調べたいことがあるんだ”
“ああ、良いぜ。ローレライの街に戻るまではたぶん無理だ。しかし、蛮族が居なくなったってどうやって説明するかな”
“んーでも、ほっとくといつまでたってもエルフの森への脅威は消えないからね。軍勢でやろうとすると、損害が出るだろうし、単独でならアマンダでも出来そうな気はするけど、時間がかかりそうだしさ。なので、こっちでさっさと潰させてもらったんだ。巨大集落が焼けて崩壊したんだから、どっかに逃げ出したんじゃないかって説明すればいいんじゃない? そうすれば、説明はつくでしょ”
“まぁ、そういうことにしておくか。ということは、逃げ出した分の船は蛮族に残ってるっていう判断になるかもしれないが、そんなのはどうでもいいか。とりあえずこれでエルフの森への脅威は無くなったわけだな”
マートはニーナと合流して、魔法のドアノブから、彼女の希望通り研究所に移動させた後、船に戻った。アレクシアとワイアットには蛮族を探しても見当たらない、逃げ出したのかもしれないという説明をする。彼らはその説明には半信半疑だったが、実際に入港し、状況を確認するとそう考えざるを得ないと判断したようだった。
港の建物遺跡に保護されていた人間は若い女性が半数以上を占め、あわせておよそ1000人程だった。服すら身につけていないものも多い。マートは再びエリオット経由でジュディと連絡して転移門を開いてもらい、捕まっていた人間たちをローレライに送ることにした。さらに残されていた蛮族の船を操る分の船員もローレライから急遽連れてきてもらう。半ば予想して待っていた船員たちも多く、手間賃を弾むとあっという間に90隻分の船員は集まったのだった。
150隻近くに膨れ上がったマートたちの船団は、そのまま西に進んだ。内海に沿って航海を続けると、しばらくして対岸は森から山脈に続く断崖絶壁に代わった。この山脈はおそらくヘイクス城塞都市につながるのだろう。さらに行くと穏やかな平原となった。おそらく旧ラシュピー帝国の沿岸部にあたるところだろう。
以前ライラ姫に聞いた通り、蛮族に占領された港町が途中に3つ、小さな港は10以上存在していたが、マートたちの船団が姿を見せても、そこからは蛮族の船は出てこなかった。マートたちも港町に上陸して制圧するような戦力を載せているわけではない。そこはマートたちも緊張をしながら、沖を通り過ぎていく形になったのだった。
それらを過ぎると碧都ライマンにつながる北オルガ河、南オルガ河の河口が見えてきた。そこをすぎるともうマートの領地の沿岸だ。鹵獲したばかりで艤装は蛮族のものばかりの船団であるので、あまり沿岸は通れないが、もう故郷は目の前だ。マートは興に乗って音楽を奏で始めた。精霊たちはその真上で踊り、船団に快適な追い風を送った。彼らは満帆の気持ちいい速度で赤き港都ローレライに到着したのだった。




