286 救出行 3
「ギャギャギャッ」
2体の最上位種の蛮族はマートを追いかけてきた。とはいっても、レインボウラミアとギガリザードマンの飛行速度は違う。マートの速度に追いつけているのはレインボウラミアだけで、ギガリザードマンは少し遅れていた。それに気づいたレインボウラミアは空中で止まり、呪文の詠唱を始めた。
『魔法の矢』
レインボウラミアの放った9本の魔法の矢は身構えたマートの腕に当たった。巨人ほどではないが、少しはダメージが来る。
「ふぅん、さすが最上位種といったところか。ヴレイズ頼むぜ」
『炎の矢』
マートの振った剣から9本の炎の矢が放たれた。レインボウラミアの脇を抜けギガリザードマンの胴体に突き刺さった。
「ギャギャ!ギャゥー」
ギガリザードマンが悲鳴を上げる。かなり効いたようだ。レインボウラミアの魔法の腕はかなり高そうだが、ギガリザードマンは飛行が遅いところからも、魔法適性はあまりないだろう。ということは魔法抵抗力も低いのではというマートの予想は当たっていそうだった。2体相手に近接戦闘は避けたいところであるし、倒すなら魔法戦でギガリザードマンからだ。マートはそう考えながら、距離を取って飛行を続けながら、次の魔法を準備した。
「ギャギャギャ!!」
ギガリザードマンがなにか叫んだ。すると、その途端、身体が大きくなり始めた。身にまとっている衣装がちぎれて地面に落ちていく。背中に羽根が生え、両手の爪が長くなる。そして、ギガリザードマンは真っ赤なドラゴンに姿を変えた。ただし体長10m程であるのでレッサードラゴンといったところか。
「おいおい、こっちもドラゴンかよ。とは言ってもやることはあんまり変わらねぇけどな。鱗が赤ってことは炎は効きにくいかもだな。じゃぁ、今度はフラター頼むぜ」
『風刃』
マートの掌から緑色に光る三日月の鋭い形をしたものが9枚扇状になって飛んだ。ギガリザードマンが変形したレッサードラゴンとレインボウラミアを切り裂く。防御力が高いのか、魔法抵抗が上昇したのか、理由はわからないが、属性を風に切り替えたにもかかわらずレッサードラゴンのダメージはギガリザードマンのときより少なそうだ。とはいえ、2体とも少しは傷を与えることができた。マートは再び飛行して距離を開ける。
空を飛びながらニーナの方をちらと見ると、彼女は 霜の巨人の周囲を飛び回って攻撃を繰り返していた。 霜の巨人は主にカウンター狙いの戦い方をしており、マートから見ると危なっかしいことこの上ない。みたところあまりダメージを与えられているようには見えない。
とりあえず時間を稼いで、お嬢たちがやってる救出が終わったら、霧でもだして目くらましをして脱出を試みるのが良いか……そんなことを考えていると、丁度そのジュディから念話が届いた。
“救出完了、物資もほとんど運び終わったわよ。ケルシーとライオネルがすごく有能で思ってたより半分の時間で済んじゃった。金貨や財宝も山ほどため込んでたわよ。大成功ね。猫はまだこないの? 何してるのよ。遅いわよ”
そうか、お嬢はこっちの状況を気づいてないのか。たしかにこちらから連絡する暇もなかった。
“わりぃ、 霜の巨人に見つかってよ。あとギガリザとレインボウラミアが転移で飛んできて、今3体を相手してる”
“なんですって? どこよ?”
“港と集落の境の上空だ”
すこし間があった。マートはその間、距離を稼ぎながら魔法の応酬をしてすこしずつ相手にダメージをあたえてゆく。
“見えたわ。暗くてよくわからなかった。ごめんね。すぐ行くっ、シェリー! 手をっ”
“おい、だめだっ”
制止をしたにもかかわらず、ジュディとシェリーが手をつなぎ、マートたちの居る空の戦場にすごい速度で飛んできた。飛ぶ速度は魔法の素質と熟練度に影響されるはずだ。シェリーはまだ魔法を勉強しはじめて1年ほどのはずだが、ジュディに助けられたのだろう。しかし、素質6というのはこれほどの速度が出るのか。
シェリーはマートのいたあたりでジュディの手を離して剣を抜く、そしてそのままの勢いでレインボウラミアに突っ込んでいった。
『魔法の矢』
レインボウラミアの魔法の矢がシェリーを襲う。だが、シェリーは左手の盾を構えて、身体を守りつつ、レインボウラミアの身体に体当たりするようにして剣を突き刺した。
ずぶりっ
剣は簡単に根元までレインボウラミアの胸元に突き刺さり、向こう側まで貫通した。シェリーはさらに盾をたたきつけ、それを相手の身体に押し付けるようにして、剣をひねりながら引き抜く。するりと剣は抜け、レインボウラミアの身体を貫通した剣の傷からは、真っ青な血が勢いよく噴き出した。
レインボウラミアの身体は弛緩し、そのまま地面に落ちてゆく。レッサードラゴンがそれを追って急降下した。両足を伸ばし巨大なカギ爪でレインボウラミアの身体を掴む。
『魔法の嵐』
ジュディの呪文がレッサードラゴンとレインボウラミアを襲う。2体はそのまま絡み合ったようになり、くるくると回転しながら地上に落ちていった。
マートは 霜の巨人のほうはどうなったのかと周囲を見回した。ニーナと 霜の巨人はいまだやり合っている。ニーナの攻撃は 霜の巨人に致命傷は与えられず、 霜の巨人の恐ろしい攻撃をニーナは躱し続けていた。
シェリーの飛行速度はゆっくりとしたものだが、とりあえず宙には浮かんでいた。ジュディは2体の蛮族の行方を気にしながら彼女に近づくと、ふたたび彼女の手を取った。一緒に飛行してマートの傍に近寄る。
「すごい戦いの腕だが、あれは誰だ?」
シェリーは興奮気味にマートに尋ねた。
「説明はあとだ。この勢いで 霜の巨人をさっさと片付けるぞ」
“ニーナ、交代だ。こっちに連れて来てくれ。あとレインボウラミアとギガリザが蘇生されないように頼む”
“ああ、わかったよ。とりあえずこのままじゃダメージが通らない。もっと強くならないとだね。仕方ない、後は任せるよ。でも毒針は通したから、もうちょっとしたら効いてくるかもなんだけどね”
ニーナは執拗におこなっていた攻撃を取りやめると、3人の居るほうに一直線に飛んだ。 霜の巨人もこちらに気が付いたようだ。
「!! ギャギャギャギャ? ギャギャ、ギャギャ!」
【氷の息】
霜の巨人があたり一帯に真っ白な風を吹き付けてきた。マートには大した事がなかったが、ジュディとシェリーにはかなりのダメージだ。
『耐寒』
こっちに連れて来させる前に事前準備をしておくべきだった。マートはすこし後悔しながら2人に呪文を唱える。今更受けたダメージがこれで治るわけではないが、これ以上のダメージは防げるだろう。 霜の巨人は隙とみたのか、ニーナを追いかけてマートたちの居る方に突っ込んできた。ニーナは3人とすれ違って去っていった。
「完全防御!」
シェリーは盾を構え、そう叫ぶと、ジュディを背後に庇う。寒さに凍り付いた身体をなんとか動かして 霜の巨人と対峙した。
<崩撃> 格闘闘技 --- ダメージアップ
霜の巨人は拳を突き出し、飛行している勢いのままシェリーに向けて突っ込んだ。グシャリ、大きな音が響く。だが、シェリーの構えた盾は微塵も揺るがなかった。
「ギャギャギャギャ?!」
霜の巨人の身長は5m余り。体重でいうとシェリーの20倍は優にあるだろう。その彼が突進し、全体重を乗せた一撃を、シェリーは一歩も下がることなく受け切ってみせた。 霜の巨人は驚愕の顔を浮かべる。
完全防御は彼女の持つ聖盾の能力だ。時間制限があって10分しか効果はないが、武器や身体武器、矢などの物理的な攻撃、及び魔法による攻撃から完全に装備者を守ることができる。
「ギャギャ ギャギャギャ」
そうとは知らない 霜の巨人は空中で連打をシェリーに向かって放った。フェイントも入れて盾による防御を崩そうとするがそれも全く効いた様子はない。
そうしている間に、シェリーやジュディの寒さで凍り付いた身体が少しずつ動くようになったようだ。
『魔法の矢』
『炎の矢』
ジュディとマートの魔法が続けざまに巨人を襲う。少しずつではあるが、ダメージを与えてゆく。
<破剣> 直剣闘技 --- 装甲無効技
シェリーも魔法のダメージを受けた巨人を見、隙を狙って聖剣を振り下ろした。先ほどもレインボウラミアに大ダメージを与えた剣だ。蛮族にたいして2倍のダメージを与える剣。
巨人は左腕でその剣を防ごうとした。龍麟で覆われた腕だ。だが、聖剣は、防ごうとした巨人の腕をやすやすと切り落とした。
噴き出す青い血。その血は周囲で先程の氷の息と同じように周囲にきらきらと白いものを創り出しながら、蛮族の集落に降り注いでいく。
「ギャヒー!!」
霜の巨人が悲鳴のようなものを叫んだ。空中でふらつく。
「チャンスよっ 霜の巨人を倒せれば、戦況は一気に変わるわ!」
『魔法の嵐』
『風刃』
<光剣> 直剣闘技 --- 必中攻撃
『転移』
霜の巨人の姿が一瞬で消え、誰も居ない空間に白く光る魔法の衝撃の嵐、そして緑色に光る三日月の鋭い形をしたものが飛び交い、シェリーの光り輝く剣が空を切った。
「逃げられた!」
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