285 救出行 2
「何者でもいいじゃねぇか。ただの通りすがりさ、見逃してくれねぇか?」
そう言いながら、マートはそっと左腕の波の模様に触れた。ウェイヴィに念話を送り耐寒の呪文をこっそりかけてもらっておく。相手は 霜の巨人だ。この距離で対峙しているだけで、すでに周囲の空気は冷たくなり始めていた。
「見逃せるわけがないだろう。その飄々とした態度、ふむ、そなたクローディアの言っていたマートとか言う奴か。散々我々を邪魔しおって。ついにここまで来たのだな」
霜の巨人はそう言って、集落の北西から広がっている火災をちらりを見た。
「せっかく作り上げた集落が燃えてゆく。おのれ……」
マートはじっと 霜の巨人を見た。強さはオーガキングを超えるというが、具体的な技としてどのようなものがあるのかは全くわからない。とりあえず武器を持っていないようには見えるので格闘戦が主なのだろう。先程やりあった感じではかなりの筋力があり、防御してもダメージは残りそうだった。
【氷の息】
霜の巨人がいきなりマートに向けて凍り付きそうな風を吹き付けてきた。周囲の空気に白いキラキラとした雪のようなものが浮かぶ。だが、耐寒を事前に用意していたマートには大きなダメージはない。氷の息は 霜の巨人の能力なのか、それともドラゴンの能力なのか。朧気に見える翼はおそらく前世記憶の魔獣スキルによるのものだろう。翼のある爬虫類であればドラゴンかワイバーンということになりそうだが。
『炎の矢』
マートは炎の矢を9本、たて続けに 霜の巨人にぶつけた。氷であれば炎が効くかもしれない、そう考えたのだ。炎の矢は 霜の巨人の肩にあたり火の粉を散らした。巨人はしかめ面をした。ちょっとは効いたのだろうか。
『魔法の矢』
巨人が今度は魔法を撃ってきた。こちらも9本だ。魔法も使えるらしい。マートは腕でガードした。抵抗はしたものの、全くダメージがないというわけにはいかないようだった。
マートはそのまま空中で巨人と対峙したまま、その周囲を回るようにして隙を探した。魔法の威力は同等のように思えたが、少しづつであっても同じようにダメージを負うと体力勝負となり、身体が小さい分生命力の低いマートには分が悪い。
“私がいくっ いくよっ!”
ニーナがうるさい。ニーナを顕現させるとマート自身の近接戦闘能力は落ちてしまう。だが、2対1のほうが戦いは有利だ。マートは剣に構えなおした。
「そなた、格闘のほうが腕前が上と見えるのに、なぜ剣を抜いた? 儂を誘っているのか。それともその剣には余程の力があるのか?」
「さぁ、どうだろうな」
マートはにやりとしながらそう答えた。
「ちっ、人間風情に舐められるわけにもいかぬ。行くぞ」
地上からは、空中で行われている 霜の巨人とマートの戦いをじっと見つめている蛮族がかなり居た。蛮族の中では個人的な強さというものが非常に重要だ。巨人としては、弱い所を見せるわけには行かないのだろう。一気に距離を詰めてきた。
「顕現せよ、ニーナ」
拳を突き出して突っ込んでくる巨人に向けて、マートの突き出した掌から黒い鎧姿のニーナが飛び出した。
『風飛行』
マートはそのニーナの背後にぴったりつくようにして、剣を構えて突っ込んでいく。ニーナの速度も追い風を受けてさらに加速した。
【爪牙】
<崩撃> 格闘闘技 --- ダメージアップ
ニーナが巨人の拳をかわし、その腕に沿うようにするりと巨人の内懐に身体を入れていく。左手を伸ばし、すれ違いざまに巨人の首筋を薙ごうと身構えた。マートはニーナが巨人の拳をかわしたのを見て、移動の向きを下方に修正しながら、左手も魔剣を抜いた。
<逆突> 格闘闘技 --- カウンター攻撃
巨人は急に湧いて出たニーナに驚きながらも、飛び込んでくるところを待ち構えて肘を打ち込もうとした。
<虚剣> 直剣闘技 --- 行動キャンセル技
マートが先に左手の魔剣を振るって巨人の目の前に突き出しフェイントをかけ、肘のその動きをキャンセル。さらに右手でニーナの攻撃にタイミングを合わせる。
<速剣> 直剣闘技 --- 2回攻撃
右手の強欲の剣が巨人の脇腹を薙ぐ。巨人の肘によるカウンターはキャンセルされてニーナのカギ爪も巨人の首筋を切り裂いた。だが、巨人の肌は硬くどちらも致命傷には至らない。ニーナ、マートの二人と巨人はすれ違い、そしてお互い振り返る。
「おのれ、やるな。そっちが感情の精霊というやつか。オークジェネラルのアマンダと対等以上に戦ったと聞いたが……」
ニーナは前世記憶が魔法儀式により受肉し顕現した姿であって精霊ではないが蛮族の誤りを訂正する義理はない。マートはにやりと笑うだけにとどめておく。
「1対2というわけか。たしかにその剣の切れ味は鋭いし、カギ爪もかなりの威力だ。だが、儂の肌は龍麟によって守られておる。まだまだそなたらには負けぬぞ」
マートとニーナは空中で2手に分かれ巨人の左右に位置を取った。巨人は2人の様子を見ながら少し下がり身構えた。
“なるほど、確かに硬いね。目を狙うかな”
ニーナは舌なめずりをしてさらに低く身構えた。マートは両手の剣を左右に広げ、切っ先を巨人に向ける。
そのマートの後ろにいきなり2体の蛮族が現れた。
“後ろっ”
ニーナの念話にマートは急上昇。その空間を巨大な剣が切り裂いた。
マートの背後に姿を現したのは、昼間は巨人の横に侍っていたギガリザードマンとレインボウラミアだった。転移呪文でいきなり背後に移動してきたのだろう。おそらくレインボウラミアが転移してギガリザードマンが攻撃という組み合わせ。だが、移動直後、2体の連携はすこしタイムラグがあったようだ。ギガリザードマンの持つ湾曲した巨大な剣は先ほどまでマートが居た空間を切り裂くだけに留まったのだった。
「ちっ、応援か。それも最上位種2体とはな。やばいな。ニーナ、霜の巨人は1人でなんとかしてくれ。おれはこいつらを相手する」
「わかったよ、さっさと片付けるね。それまで耐えてて」
「ぬかせっ、そっちこそやられるなよ」
マートは2体の蛮族の様子を伺いながらそのまま上に移動した。
読んで頂いてありがとうございます。
一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




