284 救出行 1
マートは1人、巨大集落の一番北西のあたりに身を潜ませていた。
そろそろジュディからの念話が届く時間だった。30分程前に、ジュディとシェリー率いるローレライ騎馬隊は、マートが最初に潜入した男性が収容される洞窟に転移門を開き、最初の500人の救出を始めていた。大きな騒ぎが起こってないところを見ると、今のところ順調なのだろう。
今回の計画でポイントとなることが2つあった。
1つ目は転移門呪文は連続では行使できないという点だ。転移呪文もそうだが、どちらも使用した後の疲労が大きく、最低でも30分空ける必要がある。すぐにやり直しという訳に行かないのだ。このため、転移門を開く先については十分に準備する必要があった。
2つ目はどうしても救出作業では音がしてしまうだろうという事だ。そのために何かしらの陽動作戦が必要だろうという話になった。そのためには巨大集落或いは港に火を放つのが一番良いだろうというのが、皆で会議した結論だった。
だが、それに関して問題はどうやって火を放つかだ。夜目の利くものは蛮族討伐隊にもいるが、発見されて交戦となると犠牲が大きくなる可能性がある。ジュディやシェリーは反対したが、結局これについてはマートが単独で行うことになった。それが一番犠牲が出る可能性が少ない。
どうせ、この火災についてはできれば不審を感じさせず、ただの火事だと思わせることが必要なのだった。あまり派手にすると 霜の巨人がでてきてしまうだろう。ネストルの叡智スキルによって効率の良い火の放ち方といった知識は得られたものの、それが引き起こす未来を予見出来るわけではない。
それらを考慮して皆で立てた計画は、4つのフェーズが決められた。
第1フェーズは、500人の救出と制圧隊の準備だ。まずマートが人間が捕まっている洞窟の中に移動してジュディを招き、そこからローレライの街に転移門を開く。そこに居る500人を静かに救出し、その入れ替わりとして騎馬隊と蛮族討伐隊が地下空洞制圧のための準備をする。
第2フェーズは放火だ。マートが単独で風上に行き、油を撒いて火をつけ、騒ぎを起こす。
第3フェーズは制圧。騒ぎが起こり次第、第一フェーズで準備した蛮族討伐隊と騎馬隊が洞窟から地下空洞に飛び出し、なるべく早く地下空洞を制圧する。そして地下空洞の出入り口の封鎖を行う。放火を済ませたマートは騒ぎの様子を見ながらここに合流する。
第4フェーズが救出となる。地下空洞の中心に今度はウィードの街に繋がる転移門を開き、他の洞窟の扉を開放、転移門を使って人間を逃がす。その時点で余裕があれば蛮族の物資を奪い、無さそうであれば焼き払う。その後撤収。
そして、今は第1フェーズの完了待ち。マートは放火するためのポイントに待機していたのだった。
“オッケーよ。518人全員の救出を完了。騎馬隊と蛮族討伐隊のみんなは予定した配置についたわ。ここまではすべて順調ね”
“了解、お嬢。これから火をつける”
マートの周囲に蛮族の姿はないものの、近くのテントのような住居ではまだ灯りはついており、完全に寝静まっているわけではない。
『炎の矢』
マートは声を出さず、精霊魔法で炎の矢を飛ばした。あらかじめ街角に置いておいた壺、ネストルに教わった作り方で準備した油がたっぷり入ったそれを順番に炎の矢で撃ちぬいてゆく。あっという間に炎が立ち昇った。
『風制御』
今度は風だ。巨大集落の中心、南西に強い風を起こす。炎は風を受け、さらにメラメラと立ち昇り、あっという間に近くの住居の木の壁に広がっていく。
火に気が付いた蛮族たちが、わらわらと家から出てきた。大きな叫び声を上げ、みんなに火事を知らせているようだった。強い風に乗った炎は瞬く間に燃え広がり、周囲を火の海に変えていった。
こいつは、ちょっとやりすぎたかもしれねぇな……。マートは少し不安を感じつつ、物陰から幻覚呪文で姿を隠し上空に飛び上がった。火の粉がぱちぱちと夜空にはじけ、広がり始めている。もうしばらく消えることはないだろう。マートはそう考えて港の中心部、救出作業をおこなっている地下空洞のある方向に移動し始めた。
メリメリ、バキバキ
マートが港エリアの上空にさしかかった頃、集落の中心の方で何かが壊れるような音がした。マートがその方向を見ると、集落の中心部の上空を何者かが飛んで居た。人間か蛮族か…とりあえず人型の生物だ。だが距離からするとかなり大きい。巨人族だった。 霜の巨人。背には黒い大きな蝙蝠を思わせる羽根がうっすらと見えていた。テントを突き抜けて飛び上がったのだろう。中央付近にあったテントが崩壊し、周囲に木や布が散乱していた。
霜の巨人はあたりを睥睨し、そしてマートの居る方をじっと見る。距離はあったが視線が合った気がする。さらに巨人はにやりと笑ったように見えた。そして、マートに向けて一直線に飛んできた。
【肉体強化】
『防護』
【爪牙】
マートは身構えた。空を飛ぶ速度は同じか向こうが上かもしれない。逃げることは難しそうだ。
“いいよ!、いいよ!”
ニーナは嬉しそうだ。
<崩撃> 格闘闘技 --- ダメージアップ
霜の巨人は拳を突き出しマートに向けて突っ込んできた。マートはひょいと真下に移動してそれを躱そうとする。
<旋脚> 格闘闘技 --- 全周囲攻撃
巨人はすれ違うタイミングで蹴りを放ってきた。これも巨体とは思えぬ素早さだ。
<逆突> 格闘闘技 --- カウンター
マートはその向う脛に肘を叩きこむ。かなりの衝撃。巨人もかなりのダメージを受けたはずだが、マートもその質量に吹っ飛ばされた。空中でくるくると回って体勢を直す。巨人もふわりと浮かんで崩れたバランスを立て直した。1人と1体は宙に浮いた状態で対峙した。
「ウギャギャギャ……?、警戒役のゴブリンメイジの失踪、そして正体不明の殺気、今晩あたりなにか起こりそうだと思っていたが……潜入して放火か。見た目は人間だが、翼と爪がある。そなた何者だ?」
巨人は蛮族の言葉で最初話しかけ、それが通じないとみると人間の言葉で喋りかけてきた。
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