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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第36話 エルフの森の異変

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283 転機


 仮眠をとったマートは夜を待って再び探索行に向かった。港は真っ暗で篝火は焚かれておらず、ラミアとゴブリンが巡回はしているものの、大した数ではなさそうだった。

 

“そういえば、前世記憶リザードマンの(スネーク)は鋭敏視覚とか持ってなかったな。リザードマンは夜目が効かねぇのか? なぁ、魔剣よ、蛮族が夜、目が見えるかわかるか?” 


“ふむ、ゴブリンは鋭敏視覚、ラミアは熱源知覚が使えるはずじゃが、他の蛮族は知覚系の魔獣スキルをもっていないのう。ただ、上位種は夜目が効くという説もあり、よくわかってはおらぬ”


“なるほどな。だからゴブリンとラミアが巡回しているというわけか。そうだとすると夜の襲撃は楽かもしれねぇな。とは言え、ここに来るまで船を襲撃してきた話の報告が上がってきたら警備が厳しくなるだろう。ゴブリンメイジをやったのが問題になっていないというのも不思議なぐらいだ。こんな警備が軽いってのがわかってたら、今夜やったのにな”


“まぁ、それはしかたあるまいよ。それに2万人を超える人間を何の準備もなしに受け入れるのはどうせ無理じゃ”

 

 マートはそうだなと呟き、地下空洞の調査を続けた。入り口の大きさからすると、見た目だけなら幻覚呪文で覆って暗いままに誤魔化せそうだった。とはいえ、音はどうしようもないだろう。港は暗いが、蛮族たちが暮らす巨大集落の街角には篝火が焚かれており、騒いでいる声も風に乗って聞こえてきていた。ということは、地下空洞で騒ぎを起こせば、巨大集落に居る蛮族たちにも届く。その音に気付かれるとすぐ見つかる可能性があるだろう。

 

 マートは地下空洞の入り口を抜けて中に入り込んだ。中は真っ暗だがゴブリンとラミアがうろうろと巡回をしている。港と同じような感じでここもたいした数ではない。30程の人間が収容されている洞窟、そして物資が貯蔵されている洞窟は鉄で補強された木の扉によって閉じられており、外からカギがかけられている。その外側にはそれぞれ警備のゴブリンとラミアが2体ずつ立っていた。

 

 それらを確認したマートはその場から去り、再びワイアットやアレクシアたちの待つ船に戻ったのだった。

 

----- 

 

(スネーク)、一体、どうしたんだ?」


 マートが船に戻ると、予想外の男が待っていた。マートが子供の頃に世話になった旅の一座に居た男だ。前世記憶がリザードマンであり、背中と腕は緑色の鱗に覆われている。

 

「いや、俺は来たくなかったんだがよ……」

「私がドルフさんに無理を言ってお願いしたのです」


横から口を挟んだのはネストルだった。スフィンクスの前世記憶を持ち、ハドリー王国を牛耳ってワイズ聖王国と戦わせた宰相 エイモスに幼いころから軟禁され、叡智スキルの力を利用されていた男だ。解放したときは白い肌でひょろ長い体型をしていたが、今はすこし日に焼け、ふっくらとしたように見える。


「マート様の慈悲深いお心で、私とドルフさんはウィードの街で自由を謳歌しております。本当にありがとうございました。今回、家令の一人であり、ウィードの街の内政長官でもあるケルシー様が手の空いている者へ緊急の仕事の要請が大々的にありました。マート様への恩を感じている人々は多く、たくさんの人々がその仕事への助力を申し出ております。私ももちろん応募するつもりでドルフさんと話し合っていたのですが、その時になにが起こっているのかというのを叡智スキルを用いて調べたのです」


 ネストルがそこまで一気に喋った。

 

「俺はどうしようかなぁ、金が良かったら頑張るかとか言ってただけなんだがよ、ネストルが今すぐに(キャット)に会わないとって言いだしたんだ。お前さんは街ですごい有名人だし、英雄って言われてる。俺なんかが会いに行ったら良くないかと思ってたんだがよ、ネストルがどうしてもって言うから、ケルシー様にお願いしてやってきたんだ」


 ドルフは頭を掻きながらそう話す。

 

「マート様、マート様は今、重要な局面に立っておられます。やり方によっては、この蛮族との戦いの転機となり、またマート様が王になることも可能でしょう。叡智スキルによってその事を知り、私はやってきたのです」


 マートは周りを見回した。周りは(スネーク)とネストルだけだ。マートは安堵のため息をつき、ネストルをじろりと見た。

 

「悪いが、そんな話をするんなら帰ってくれ」


 ネストルが驚いた顔をした。

 

「あの、何か悪い事を申しましたでしょうか?」


「ああ、言った。貴族ってだけでも面倒なんだ。勘弁してくれよ」


 ネストルはじっとマートの目を見た。マートも視線を外さず、ネストルをじっと見る。しばらくして、ネストルがゆっくりと微笑んだ。

 

「判りました。勝手な思いで先走りをしてしまい申し訳ありません。ですが、今の伯爵という地位を放り出すのはお諦めください」


 そう言われてマートは苦笑を浮かべた。


「ああ、わかってるさ。それは仕方ないと思ってる」


 マートの言葉に、ネストルは跪いた。


「マート様の希望に添えるようにご助力を差し上げたいと思います。本日の会議に参加させていただけませんか」


「ネストル、お前さんの力はかなりなものだろう。エイモスがひた隠しにするほどな。自由に暮らしたいんじゃなかったのか? 表に出るとそういうわけにも行かなくなるぞ」


「確かにエイモス相手の時は酷い目に会いました。ですが、マート様、あなたのためであれば、この力を使いたい。そう考えます」


 マートはネストルに立ち上がるように促した。


「わかった。しかしお前さんの力を皆に知られるとややこしいことにならねぇか?」


「はい、なので、ドルフさんの副官ということで本日の会議に参加させていただけませんか?」


(スネーク)の副官?」


 マートは面白そうにドルフの顔を見た。彼自身は急に自分の名前を言われてきょとんとしている。

 

「私自身は特に報酬など要りません。すべてドルフ様の名声としていただければ結構です」


「へぇ、なるほどな。俺の補佐官はアレクシアだが、もう一人ぐらい居てもいいだろう。(スネーク)を俺の補佐官として、会議では代わりにネストルが喋るってことだな。対外的には(スネーク)の功績にすることになる」


 そう言われて、ドルフは余計に怪訝そうな顔をした。


「俺は何かするのか?」


「いや、黙って会議に出てくれれば、ネストルが働いてくれるから名前を貸してやってくれるだけでいい。うまくいけば、1等騎士にして領地としてどこかの村をやるよ。そうしたら、領主として治めてほしい」


「俺が領主様?」


「ああ、嫌か?」


「ああ、勘弁してほしい。俺は領主って柄じゃねぇからよ。金だけでいい」


「わかったわかった。お前も俺と同じだな」


 ドルフの言葉にマートは苦笑したのだった。


-----


 朝の会議には昨日の夕方の会議にさらにドルフとネストルが加わって行われた。参加していた皆は実情を了解していたが、表向きは、ドルフはリザードマンの前世記憶をもつので港などでのリザードマン対策の為に呼んだということになった。

 

 最初にマートが夜の警備状況について報告し、次にパウルから受け入れ態勢についての報告があった。保護したい2万人については、なんとかウィードの街で一旦受け入れてくれるらしい。その後、時間をかけて各地に割り振るとのことだった。元々収穫祭の準備を始めており、そのための資材をローレライと併せて融通しあうことでなんとかするのだそうだ。

 

「ありがとうな。パウル」

 

「主に働いたのはケルシー殿です。ウィードの街の民は喜んで受け入れ、協力すると言ってくれているそうです。どうせ、一旦は我が領土の開拓民となるのでしょう。お互い気持ちよい関係で行きたいですからね」


 ダービー王国、ラシュピー帝国共にまだ話はしていないが、おそらくそのようになるだろう。マートは頷いた。

 

「では、具体的な作戦について話したいと思います。意外と警備が緩いのが判った今、救出作戦をどうするか皆様に意見をお伺いしたいと思います」


 アレクシアがそう言うとマートが手を上げた。

 

「ドルフと少し話し合ったんだがな。こんな感じの計画でどうだというのが出来たんだ。ネストル、みんなに説明をしてくれ」


 マートはそう前置きをして、ネストルを促した。

 


読んで頂いてありがとうございます。


調査、計画回が長くなってしまいました。次はようやく実行回になるはず。


一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。



誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドルフとマートのふたりの幼馴染っぽさを感じさせる友情と懐古と恐縮の混じった複雑な親しさ、そしてそれに対比するように貴族らしさ身につけたマートという変わってしまった関係の対比。 [気になる点…
[良い点] スネークは報酬をお金で受け取ることになった。マートはスネークを道連れにしようとしたけどスネークは華麗な危機回避を見せてくれた、という風に見ることもできますね(笑) そういえばアマンダも爵位…
[良い点] ネストルが自分から協力してくれるのは良いですね。マートがエイモスと違う事が良く分かる。 [一言] 王になったら今より窮屈になるから嫌でしょうね。冒険等出来ないですし、それどころか下町での飲…
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