280 巨大集落探索 1
マートはワイアットたちに国に残る連中たちとの連絡を頼み、船を停泊させた入り江から空を飛んで蛮族の巨大集落に向かった。途中、船が発見された付近まで飛んでみたが、ゴブリンの魔法使いを処理したおかげか、特に不審船の捜索などは行われていないようだった。
マートはそのまま巨大集落の港に向かうことにした。幻覚呪文で姿を隠して海面ギリギリを飛行し近づいていく。今回は誰も気が付いた様子はなく、港の端までは何事もなく到達することができた。港は無計画にとしか言いようが無いような感じで四方八方に突堤が突き出しており、さらにそこから船着き場がこれもまた統一性無く作られ交差して、蜘蛛の巣のようになっており、まるで迷路のようだった。
魔法解除や魔法感知の警戒装置の存在を考慮してマートはウェイヴィの力を借りて一旦水中に潜る。
海の中は至る所に木の杭が打たれており、そこに壊れた木の箱や樽などに混じって腐った肉や野菜、糞尿などのごみが漂っており非常に臭い。とは言え、潜入するマートとしてはこの状況は身を隠す場所がふんだんにあるということでもあった。木の箱の影などを利用しながら水中を進んでゆく。人間の街などであれば、会話などを立ち聞きして情報収集もできるのだが、蛮族の言葉は理解できないので今回はそのような事は出来ない。なんとか岸に上がると、物陰に隠れとりあえず濡れた服を着替えることにした。
「痛い、やめておくれよ」
着替えが終わろうとした頃に、遠くで子供っぽい人間の声がした。マートは最後にベルトを付けると、脱いだばかりの濡れて汚れた服を急いでマジックバッグに突っ込む。再び幻覚呪文で姿を隠し、魔法感知の呪文をつかい警戒装置などに見つからないように慎重に声の出所を探す。
船着き場は様々な種類の蛮族が頻繁に往来していた。オーク、オーガ、リザードマン、ラミア、トロール、ゴブリンといった連中だ。不思議とジャイアントの姿は見られなかった。サイズ的に船は合わないのかもしれない。一番多いのはやはりゴブリンだ。緑色の肌をした丘ゴブリン、黄色の肌をした沼ゴブリン、茶色の肌をした山ゴブリンなど様々な肌の色のゴブリンがおり、蛮族の中では地位が低いのか他の蛮族たちにこき使われている。
以前、蛮族の占領下にあった城塞都市ヘイクスに潜入したときには、空中に黒く塗ったワイヤーやところどころの壁沿いには矢のトラップといったものがたくさんあったが、ここにはそのようなものは見当たらなかった。
周囲を探して回ると、すぐに80人程の人間の集団が見つかった。老若男女の区別なく縄で後ろ手に縛られた上に、腰に回した縄で全員が繋がれている。薄汚れぼろぼろになっている服装からみるとおそらく農夫かなにかだろう。オーガやゴブリンが片手に持った鞭で気まぐれに叩き、彼らを歩かせていた。
マートはその集団を追跡した。彼らは時折鞭で叩かれ悲鳴を上げながら、港の中心あたりにまで移動してゆく。そこには岩がむき出しの窪地になっており、広い道が奥に繋がっている。その先には大きな地下空洞の入り口があった。
その地下空洞にはマートが追跡してきたような人間を連れたオーガやゴブリンだけでなく、大きな荷物を抱えた蛮族たちも多数出入りしていた。ところどころに篝火が焚かれ、あたりを照らしている。そしてなんとなく他の蛮族とは少し違う感じの蛮族が他の蛮族に指示して荷物の運び先を指示していた。
少し違う感じというのは、マートの主観だが、どちらかというと服装がきちんとしていたり、あまり汚れていなかったりして、蛮族よりすこし人間に近いような雰囲気を受けたということだった。彼らの中にはホブゴブリン、ゴブリンメイジやメガリザードマン、ハイオーク、オークウォーリヤー、オーガナイト、トロールアベンジャー、トロールコーラー、ヴィヴィッドラミアといった様々な上位種の蛮族たちもいた。
働く様子を見ていると、その彼らがこの巨大な倉庫の荷物を管理しているようだった。
“トロールアベンジャー、トロールコーラー、ヴィヴィッドラミアとかって、トロールやラミアが進化した上位種だよね。僕戦ったことないよ!特別な技とかどうだったっけ?戦ってみたーい”
ニーナが騒いでいるが、マートは無視して人間たちがどこに運ばれていくのかずっと様子をうかがっていた。人間たちは運んできたオークやゴブリンから倉庫の中の蛮族連中に引き渡され、奥に連れていかれてゆく。そこで持ち物が取り上げられ、性別やおおよその年齢によってグループ分けされた。抵抗するものも居たが、そういう者は鞭で容赦なく打ち据えられ、着ているものも全て剥ぎ取られるとおとなしくせざるを得なかったようだ。地下空洞には扉や鉄格子で仕切られたいくつかの洞窟があるようで、それぞれのグループごとに違う洞窟に収容された。
“魔剣よ、なにか気が付くことはあるか?”
マートは広い地下空洞の真っ暗な天井に貼りつくようにして下を眺めながら魔剣に念話で話しかけた。
“これは、地下の天然の鍾乳洞じゃろうな。海にながれていく水の浸食で長い時間をかけて作られたのじゃろう。ところどころ狭くなっているところを利用して扉で区切って倉庫として使っておるようじゃな”
“普通の蛮族はそんなことは考えねぇよな。前世記憶が人間の蛮族か”
“そうじゃろうの。これほどの規模の集落を支えるために物資の倉庫を用意するなど、人間のような知恵がないと作れんじゃろう。倉庫で仕切っている蛮族はその可能性が高いの”
“人間も物資の一つっていうわけか。それぞれの洞窟の中にどれぐらいの人数が居るのか調べたいところだが……こっそり扉を抜けるのは開閉を待って、上位種の蛮族の目の前を通る必要がある。簡単じゃないな”
“天然の鍾乳洞であれば、抜け道の一つや二つはありそうじゃが、探すのは大変じゃのう”
“抜け道? そうか……”
マートは左腕の波と渦巻きの両方に触れる。
“ウェイヴィ、そして、フラター、あの洞窟の水の通り道、風の通り道を探すことはできないか?”
“試してみましょう”“やってみる。私に不可能な事はない”
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