275 航海訓練
内海のハドリー王国沿岸を、ワイズ聖王国の旗をつけた3隻の船が隊列を組み東に進んでいた。ガレー船が2隻と帆船が1隻という通商の船隊というには少々アンバランスな組み合わせである。そして、その速度は同じ航路を行く他の帆船に比べて格段に早かったのだった。
そのうちの先頭を行く方のガレー船の船尾の一段高くなったところでは、複数の男たちの他、マートとアレクシア、ワイアット、魔法使いのエリオット、そして召喚されたフラターが立って前方を眺めていた。
「旗を赤、白、赤!」
ワイアットがそう叫ぶと、彼の乗るガレー船の船尾のワイズ王国の旗の下に三角形の布が赤、白、赤の順番で掲げられた。
「赤白赤は輪形陣、敵に備えよです。フラターさん、G1が先頭、G2は右下、S1が真ん中です」
その横でアレクシアがフラターに説明していた。
「わかっておる。この船はそのままで、もう一隻のガレーは少し風を抑え、南東の風を加える、帆船にはもう少し風を増やす……こうであろ?」
「G2の速度が落ちすぎています」
「わかった、風を増やそう。だが原因は向こうの船が帆を傾けおったからだぞ。先程の時は傾けなかったのに、なぜ今度は変えるのだ。どちらかにせよと言うてくれ」
「旗を青、白、赤!」
前に岩礁をみつけたワイアットが叫ぶ。旗もすぐに入れ替わった。
「面舵一杯、フラターさん右に曲がってください」
その声とほぼ同時に帆船のほうの船体が大きく右に傾いた。船の舵を切るのが風が吹くより遅かったようだ。フラターはあわてて風をいちど緩めて速度を落とす。帆船は岩礁の横をギリギリで抜けた。
安堵でフラターはその場に座り込んだ。
「ふぅ、なかなかスリルがあるな。俺は泳げねぇんだから、壊れないように頼むぜ」
エリオットがそう呟く。マートは何度か首を傾げた
「一隻のときはうまくいってたが、複数になると難しそうだな」
「うむ、風を細かく操るのはなんとか頑張っておるつもりだが、それぞれの船の状況まではわからぬのでな。人の操作との細かなずれがでるのだ」
フラターはそう話をした。
「マート様、フラター様に対して集団戦闘スキルがうまく使えればと思うのですが、うまく行かないのです。良い方法はないでしょうか?」
ワイアットはそう言って、自らの額から飛び出た黒い出っ張りを撫でた。蛮族討伐隊の立ち上げ当初、彼は最古参であるという理由から半ば仕方なく隊長を務めることになったのだったのだが、蛮族討伐をしている中で戦闘時の目配りが良く、損害が極めて少ないと評価されるようになった。戦闘指揮も上手で、アマンダたちが加入した今となっても蛮族討伐隊の総隊長を務められるだけの実力を発揮していたのだ。
その彼の前世記憶はハドリー王国戦の最後で巨大アリから巨大兵隊アリに進化したのだが、その時に新たなスキルとして集団戦闘というのを手に入れていた。このスキルは、同じ戦闘の場にいる仲間と細かな意思疎通ができるというスキルで、オークウォーリヤーが使う魂の叫び程の派手さはないが、集団行動時の状態把握や指揮の際の意思伝達が細やかに行われるという便利な精神効果系統のスキルだ。集団戦闘を使えば操船時の意思疎通が容易になるかもしれない。
魂の叫びは味方の意識を高揚させ、敵を萎縮させる効果があるが、これもマートに対してはほとんど通じることがない。集団戦闘も意図的に受け入れる必要があるだろう。
「フラター、スキル効果をわざと受け入れるようにしてみてくれないか?」
「わかった。しかし、集団戦闘は精神効果であろう? 私が受け入れてしまうと、マートにまで影響がでるやもしれぬぞ?」
「そうか、でもワイアットは信頼して大丈夫だ、頼む」
「畏まった」
3隻の船は再び移動しながらの訓練を再開した。船首には白い波が立ち始めた。
「旗を青、赤、白!」
「取り舵一杯、フラターさん左です」
「うむ、ワイアットからも指示が来ておる。大丈夫だ」
「面白い。俺にも伝わって来てるぞ。よし、このまま訓練しながら進むぞ。今日中にはオランプにつけるかもな」
3隻はさらに加速を始めたのだった。
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薄暗くなった頃、マートたちは白き港都オランプに到着した。ワイズ聖王国の軍船の入港は珍しいらしく、港ではすこし騒ぎになったものの、友好国同士である。特に大きな問題は起こらずに無事接岸することが出来た。
3隻を指定された突堤につなぎ、入港手続きを行っていると、10人ほどの集団がやってきた。その先頭は騎士のようだ。マートには見覚えのある男だった。
「よぅ、ハンニバル、久しぶりだな」
「お久しぶりです、マート伯爵」
彼は第2騎士団からリサ姫の支援のために派遣された騎士だ。昔、エミリア伯爵と共に討伐訓練に参加していたこともあり、マートはよく知っていた。
「もう、ワイズ聖王国に戻ったんじゃなかったのか?」
「ほとんどは戻ったのですが、私と配下の小隊だけはこちらに残ってダービー王国の支援を続けよと指示を受けて残っております。ワイズ聖王国からの船が来たというので急いでやってきたのですが、マート伯爵とは驚きました」
彼が連れて着た連中もワイズ聖王国のメンバーらしかった。マートが連れてきた連中と顔見知りの者もおり、親しげに話している。続けてまた別のグループがやってきた。そちらは、高級そうな服を身に着けている。先頭はギルバード伯爵だ。
「御来航ありがとうございます、マート伯爵。私はダービー王国ギルバ男爵です。セドリック王子が是非お会いしたいと申しております。皆さまもお連れくださいますよう」
ギルバード伯爵はギルバ男爵と偽名を使ってるようだった。ハントック王国の貴族となれば問題となる可能性を考えたのだろう。マートは微笑むと、彼の申し出を受け入れ、城に向かうことにしたのだった。
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