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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第36話 エルフの森の異変

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273 打開策



 翌朝の緊急会議には、パウル、ライオネルといった内政官、騎馬隊のオズワルトと蛮族討伐隊のワイアット、衛兵隊のアニス、補佐官のアレクシアが呼ばれ、どうするかの話し合いがもたれることになった。だが、前日アニスと話し合った以上の案は出てこず、会議は堂々巡りのまま昼が近くになった。

 

「結局、船ができないと手出しするのは危険ってことか」


 マートは残念そうにつぶやいた。

 

「そうだねぇ、最新鋭の船が30隻ぐらい建造が終わって、計画通りの性能が出ればってところだね。順調にいって2ヶ月後ってところかねぇ」


 アニスもそう言ってつぶやく。


「2ヶ月……それだと、かなりの人間が運ばれちまうな。ん? 計画通りの性能?」


「はい、今回の船はグラスゴーで作られているものを参考にした改良型なのです。ガレー船というのは主に櫓を漕ぐことによって進むのですが、船首からの帆を縦にすると風をうまく捉えられるということで、この船は補助として帆を使い、従来のガレー船より速度も旋回性能も高めることができると期待されています。グラスゴーからの造船職人とここの造船職人が協力して設計したのです」


 ワイアットがそう説明してくれた。

 

「風次第で、今うちにある老朽船でも蛮族が操る船と戦える可能性はあるのか?」


「川戦、海戦ではたしかに潮と風の流れが大きな要素だというのは古くからよく知られています。ですが内海は潮の流れがあまりありませんし、風が思い通りに吹くはずもありません。戦場をうまく選んだとしても、マート様の期待通りになるのは難しいかと思います」


 ワイアットがそう言って、一度言葉を切り、同意を求めるかのようにアニスやオズワルトの顔を見ると、2人ともその通りといった様子で頷いた。


「内海では風向きが変わることが多く、戦闘中にはあまり頼りになりませんでした。今回設置された縦帆は逆風であっても推力が得られるので効果が期待できると思いますが、それでも余程よい風が吹かないと厳しいでしょう」


 マートが立ち上がった。

 

「フラター!」


 会議室に一陣の風が巻き起こった。長く豊かな金髪を腰辺りまで垂らし、白いトーガを身にまとっている少女が姿を現した。

 

「彼女はフラター、竜巻の精霊だ。フラター、船を動かすための風を吹かせられるか?」


「もちろんだ。天高く持ち上げることもできよう。ただしその船は壊れるやもしれぬがな」


 マートの質問に彼女はにやりと笑って答えた。

 

「いや、そこまでは要らない。帆にうける風を好きな向きにってことだ」


「なんだ、つまらぬ。それぐらいどのような風の精霊であっても可能であろう」


 マートと彼女のやり取りを聞いて、ワイアットとアニス、オズワルトの3人が交互に顔を見合わせ、そのうちのワイアットが急に立ち上がった。

 

「風の精霊!思い通りに風が操れるのであれば、老朽船であっても可能性はあるかもしれません。しかし、それならガレー船ではなく帆船のほうが……いや、さすがに衝角を考えると厳しいか。ではこちらのガレー船の帆は全部張って順風を受けられるのであれば……」


「よし、試してみるか」


 皆は会議室を出て港に向かった。荷を下したばかりの古びた船を探して持ち主から借り受け、実際にどの程度までの旋回や加速ができるのかテストをすることにしたのだ。船はすぐに見つかった。みなが船に乗り込むと、臨時収入にほくほくの船主は帆を高く上げるように指示した。

 

「フラター、前進だ」


 ぶおんっ、いままで穏やかだったのが、その船だけに急に強風が吹き始めた。船は急にすごい勢いで進んだが、船乗りの大半がその衝撃に姿勢をくずし、マートも手すりに必死に持って身体を支える。あまりの勢いに帆が半分ちぎれ、ばさばさと大きな音を立てた。

 

「フラター止めてくれ!」


「ん?どうしたのだ?」


 フラターは不思議そうにマートを見た。

 

「いや、風が強すぎる。もっとゆっくりだ。フラター、そよ風のような」


「私は竜巻だぞ?」 


 フラターはマートの軽い叱咤を受けて少し泣きそうな顔になった。だが、かるく唇をひきしめ、気を取り直して真剣な顔で両手を上げた。


「わかった、やってみる……」


 今度はほんとうに頬にかるく当たる程度の風だ。逆にこれでは船は進まない。彼女は竜巻であり、強い風は得意だが、うまくコントロールするのは苦手らしい。1時間ほど試行錯誤をし、ようやく船は普通の速度で前に進めるまでになった。

 

 海戦というのは、基本的に船首にある衝角をぶつけあうか、接舷してのりこむかという戦いだ。機動力を高めるためには漕ぎ手を増やす必要があるが、そうなると当然戦える人間が減ってしまう。風で船を思うがままに操れるのであれば、動力を帆として漕ぎ手を減らすことができ、その分戦える人間がたくさん搭載できることになる。標準の戦闘用の50人乗りのガレーであれば、普通10人が操船兼戦い手、40人が漕ぎ手といった構成になるが、やり方次第では漕ぎ手は40人ではなくもっと減らしてその代りに戦士が乗り込めるということになる。もちろん、乗っているのがオークウォーリヤーだったりして例外はあるだろうが、全体としてはやはり大きな差となり得る。


「まだまだ練習が必要だけど、なんとかなるかもだねぇ」


 アニスの言葉に、フラターの強張った顔が少し緩んだ。

 

「うむ、そうであろう、マート、うまく動かせるまで練習するぞ」


「ああ、わかった。練習しよう。だが、まだ会議をする必要があるだろうから、その後な」


 帆が半分ちぎれて泣きそうな船主に迷惑料をすこし多めに払ったマートたちは、昼食を摂った後、再び会議を行った。訓練がうまく進み、魔龍王国や蛮族たちの船を沈めるか奪うかできれば、古代遺跡都市を攻略しようという結論になったのだった。

 

「軍事的にはそれで大丈夫かもしれませんが、あと問題が2つあります」


 よしと意気込んでいたマートたちだったが、ずっと黙り込んでいたパウルが立ち上がった。

 

「一つは、マート様がいらっしゃらないと船は自由に動かないという事です。ということは、その作戦の間中ずっとマート様はそちらに束縛されることになります。が、ローレライではまもなく収穫祭を迎えますし、マート様が長い間不在となりますと様々な事に支障が出ます。いつ終わるかわからない計画にずっとかかりきりというのは大きな問題です。そしてもう一つは古代遺跡都市はどこの国の領土でもないという事です。我が伯爵領としてよいのでしょうか? 占領した後の扱いについてワイズ聖王国とハドリー王国の両国に先に了承を取っておいたほうが良いかもしれません」


 マートは少し考え込む。うまく説明しないと、今後も出かける度にいろいろ言われそうだ。悩みながらも懸命に話を始めた。

 

「じゃぁ、今回は特にエリオットを連れて行くっていうのでどうだ? ウィードにエリオットが居ない間は、非常時のために予備の長距離通信用の魔道具をケルシーかアズワルトに預ければいい。エリオットは知っての通り転移呪文が使えるからよ。収穫祭の時にはエリオットと転移してくれば良いだろ。元々何かあっても、姐さんが俺に長距離通信を入れてくれれば、それで帰ってこれるんだから心配は無用さ」


「なるほど、遠征の途中でも収穫祭の時には戻ってきていただけるという事ですね」


「ああ、そうだな。それによ、蛮族は船を操るのはできても、造船は無理らしいんだ。ということは、今持ってる船を奪うか沈めちまえばいいんだし、そうでなくても、2ヶ月経って新鋭船の数が揃えば、そちらに任せることもできるんだろ? それまでの話さ」


 マートは得意そうに続けた。


「あと領地の話は一度王都に行って、ライラ姫に了解を得てくる。なら良いだろ?」


 マートが必死な感じに気が付いたアニスとアレクシアは苦笑を浮かべる。

 

「わかりました……」


 マートの説得にパウルは何か残念そうに呟いて自分の席に座ったのだった。


読んで頂いてありがとうございます。


一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。


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[良い点] 領地を得て初めての収穫祭に領主様が顔を見せないと今後の領地経営に響くだろうからパウルも必死だ。あっちにふらふらこっちにふらふらするマートに頼むから大人しくしてくれって思ってたりするのかなぁ…
[気になる点] 「じゃぁ、今回は特にエリオットを連れて行くっていうのでどうだ? ウィードにエリオットが居ない間は、非常時のために予備の長距離通信用の魔道具をケルシーかアズワルトに預ければいい。エリオッ…
[気になる点] マートも考察していましたが、竜巻の精霊は普通の風の精霊とは少し違う上位種か特化型なのでしょうか?フラターの反応から他にもいくつか種類があるように思えました。
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