271 偵察
“アニータがね、エルフの集落のある森にまたたくさんのオークたちが攻めてきていて助けてほしいって言ってきてるんだ。ちょっと助けに行ってあげても良いかな?”
アニータというと、ニーナと契約を結んでいる生命の樹の精霊だ。生命の樹がある森はエルフの長老からは北は外海、南は内海に面しているという話を聞いたことがあるのでかなり広いのだろう。たしかに一度上空に上がって周囲を見回したことがあるが、その端が見えないほどであった。海の家や倉庫棟とつながる中央転移公共地点と古代に呼ばれていた場所も含まれており、その森にまた蛮族たちが溢れるようなことになるとそこに転移門がつながっている海辺の家にも影響があるかもしれない。
「アンジェ、エバ、ちょっと用事が出来た」
「何を仰っているんですか。そう言ってお仕事をサボるのはどうかと思います」
アンジェはそう言って頬を膨らませる。
「いや、そうじゃねぇんだが、ニーナが……」
「ニーナさんってどなたですか?」
ニーナを知っているのは、黒い呪詛から彼女が生まれた時に立ち会ったジュディ、シェリー、アレクシア、クララ、ウルフガング教授たち、そしてワイアットやモーゼルたち魔龍王国から一番最初に仲間になった連中、実際に戦って生き残ったアマンダと彼女の記憶を覗いたクローディアといった辺りであろうか。それほど少ないという訳でもないが、あまりにも特異な存在であり、マートとしても詳しい説明は避けてきたせいもあって、実際にどのようなものなのかは知られていない。
エバとアンジェに至っては会わせたこともないし、ジュディたちに聞いたことがあるにしても、彼女たちもいまだ感情の精霊と思っているはずだ。
さらにエルフの存在はマートとニーナ以外には知られていない。どう説明しようか悩んでいるとニーナから続いて念話が届く。
“あはは、ちょっと僕が先に見てくる。マートは何かあってからでいいよ”
“わかった。無茶するんじゃねぇぞ”
ニーナだけでもなんとかなるかもな、そう考えなおしたマートは見つからぬように自室に戻ってニーナを顕現させるとクローゼットの奥に魔法のドアノブを差し込み海辺の家につなげた。今まで海辺の家に居たバーナードたちは研究所に移ったので、普段の海辺の家には誰もおらず静かなものだ。
「何かあったら連絡しろよ」
マートはそう言ってニーナに任せて送り出し、自身はしぶしぶながら仕事に戻ったのだった。
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ニーナはいつもの仮面姿で海辺の家の近くの崖にある転移門を抜け、地下の小部屋に出た。唯一ある階段を昇り、掘り起こされた小さな穴を抜けると石畳は苔に覆われ、一抱え程もある針葉樹がそびえたつ森の中である。
ニーナは階段を上り、幻覚呪文でカモフラージュされた小さな穴を抜けて外に出る。見回したところでは異変は見当たらない。
「アニータ」
緑色を帯びた豊かな髪が腰まで覆う、美しい裸の女性が姿を現した。よく見ると大きな垂れ目の瞳も深い緑だ。
「来たよ。オークたちはどこ?」
ニーナは仮面を外し黒い髪を無造作に掻き上げると、アニータに尋ねた。
「ありがとう、ニーナ。ここから南にしばらく行ったところよ。内海から上陸したたくさんのオークたちが森を焼き払って拠点を作ったらしいの。ちょっとした集落ってレベルじゃないらしいのよ。森の動物たちが伝えてくれた。エルフたちに話をして様子を見に行ってもらったのだけど、すごくたくさん居るらしく退治できそうにないっていうの」
「ふぅん、そんなにたくさんなんだ。オークって砦とかつくれるんだっけ?作れる建物って小屋レベルじゃないの?」
「長老の話だと、オークたちが上陸したところっていうのは、大昔に人間たちが都市をつくっていたところらしいわ。崩れたりもしてるけど、城壁みたいなのもあって、本格的なものらしいの」
「そっか。わかったよ。でも、そんなのが相手ってことは戦争だなぁ」
「生命の樹のある森を助けることができるのはあなたしかいない。おねがい」
「わかったよ。ここから南だね」
ニーナはアニータを往還し、飛行スキルで木々を超えて宙に浮き、方角を確認すると一気に南に向かった。2時間程飛行した先でようやく森が途切れ、海が見えてきた。おそらく内海だろう。そして、その手前に今でも何か所か上がっている煙と、緑に覆われた石造りの城壁、それに守られ、半ば崩れかかった巨大な港湾都市を発見したのだった。
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