270 平和な一日
翌日の朝、マートは朝食をとりながら、ライラ姫から来た長距離通信に、懸命に返事を入力していた。
「うん、そうだな、うん、気にするなよ、うん」
「マート様、今日はライラ姫様は何と書いてこられたのですか?」
エバが、マートのカップにハーブティを足しながら、尋ねた。
「ん? いつもの愚痴みたいなやつ? またサミュエルがライラ姫に応援の要請をして来たらしい。あいつも、前線に行かずにワイズ聖王国の王都で何やってるんだろうな」
サミュエルというのは、ラシュピー帝国の貴族で、今現在は魔龍王国に占領されているヘイクス城塞都市を領地としていたワーモンド侯爵家の若き当主だ。マートは彼の生母である前ワーモンド侯爵夫人に頼まれて蛮族に囚われていた彼の救出を行ったことがあったので面識はある。ただし、その時の印象はあまり良くなかった。
「ラシュピー帝国の国土回復は順調なのですか?」
「そうらしい、鉱山都市クレーバーンをはじめとして、帝国南部はかなり取り返して、前の西部防衛線あたりまでは盛り返してるらしい。西部防衛線まで盛り返したのがどれぐらいなのかよくわからなくて、この間オズワルトに聞いたら、ヘイクス城塞都市陥落前に保持していた領地の面積でいうと1/3、人口でいうと2/3ぐらいは回復できたというところでしょうなって言ってた」
「我が国の騎士団が協力し始めてまだ半年ほどですよね。すごい戦果なのではありませんか?」
「ああ、そうみたいなんだが、だからこそ、サミュエルがうるさいらしいんだ。芸術都市リオーダンからヘイクス城塞都市を回復すれば残りの国土回復は一気に進むはずだって言ってるらしい。だけどよ、オズワルトやワイアットに聞くとそれは危なすぎるって」
「危なすぎる?」
「たぶん、リオーダンかヘイクスには巨人族の王、 火の巨人が居るし、魔龍王国としても防衛には全力でくるだろう。決戦をして大負けすれば数で勝る蛮族・魔龍王国はまた一気に逆侵攻してきて、いままで回復した分だけでなく、帝都やワイズ聖王国の拠点である碧都ライマンすら危ないだろうってさ」
「へぇ、そうなんですね」
エバは解ってるのかマートの説明に相槌を打ちながら、新しいパンをマートに勧めた。黒いパンだ。最近人気のやわらかい白いパンより、マートは少し固いが黒いパンのほうがお気に入りで、それを皿に残ったスープを拭いながら食べていた。決して褒められた行儀作法ではないのだが、マートは伯爵になってもそれを止めようとしなかった。
「明日の朝は、かゆ? だっけか。コメの煮たやつが良いな。肉はたっぷりで」
コメは、ダービー王国のリサ姫から育て方をおしえてもらった穀物で、まだローレライ地方では栽培していない。だが、ウィードの南部では栽培に適していたようでかなりの収穫を得られるようになっていた。
「承りました。ですが、野菜もお食べくださいね」
コメについていろいろ教えてくれたリサ姫は半年ほど前に白き港都オランプに向かって出発して行った。これもライラ姫から受け取った情報だが、ダービー王国はセドリックたちと合流して騎士団が再結成されたらしかった。騎士団長は彼といつも一緒に居たカルヴァンだという。近く水都ファクラ奪還を目指してハドリー王国と共同作戦をする予定のはずだ。
そんなことを考えていると、もうひとつの長距離通信用の魔道具からピロリンという音が鳴った。こっちは、マートの領内でつながるほうだ。こちらはあまり鳴らないのでエバは不安そうな顔をしていたが、大丈夫だと言って、ライラ姫との方をテーブルに置くと、代りにそちらを手に取った。
こちらの長距離通信用の魔道具は以前古都グランヴェル地下の遺跡で発見し、研究所にあった中継器でつながったものだ。その時は3台で、1台はマート、あとの2台はアニスとバーナードに預けたが、その後、マートとジュディが世界各地の都市に転移拠点を求めて廻った際に、ジュディが熱心に現地の古物商を巡り、その結果使えるものを4台見つけてきた。それらはジュディ、シェリー、ジュディの兄のセオドールに持たせて、残り1台はマートが予備として手許に残し、いまでは合わせて7台が使える状態となっているのだ。
今回来ていたメッセージは、王都に居るジュディからのもので、マート、シェリー宛に収穫祭はどのようにするかという問い合わせだった。もちろん、マートはローレライで、シェリーはウィードで、ジュディ本人も自らの男爵領でそれぞれ収穫祭があるのだが、聖剣の騎士として王都で行われる収穫祭にも参加してほしいという宰相ワーナー侯爵からの打診があったらしい。
マートは、ジュディに参加はするが、時間をパウルに確認してみるので少し待ってほしいと返事を返して、ようやく魔道具を置くことができたのだった。
「ライラ姫通信や緊急連絡は終わりですか?朝食の後、パウル様が時間が欲しいとおっしゃっております」
すました顔で、アンジェがそう言った。
「パウルが? またいろんなところから来ている手紙を持ってくるのかな」
マートはうんざりしたような顔をして返す。アンジェはそれをみて励ます様にほほ笑む。
「そうでしょう。でも、こういうお付き合いも貴族にとっては大事みたいですよ」
「まぁ、それはわかるんだけどな」
マートはテーブルの上のブドウを手に取った。このローレライでは内海に近いからか比較的夏もそれほど暑くなく乾燥した気候で小麦の他にブドウも昔からよく栽培されていたらしい。濃い紫色の粒は瑞々しくおいしそうだった。
“マート、ちょっと相談があるんだけどいいかな?”
ブドウを味わいながら、どうやって手紙の返事をパウルにおしつけようか考えていると、ニーナから念話が届いた。マートはニーナの黒い獅子の紋章に指を添え、どうしたと返す。
“アニータがね、エルフの集落のある森にまたたくさんのオークたちが攻めてきていて困ってるって言ってきてるんだ。ちょっと助けに行ってあげても良いかな?”
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