269 内海航路決着とマートの我儘
港には、造船職人たちの他、多くの人々が彼を待っており、そこに、ライオネルやアレクシアの姿もあった。
「おかえりなさいませ、マート様」
マートは2人の近くまで行くと、海から上がり馬の姿にもどったライトニングから、ひょいと身軽に降り、人々に手を振った。
「ただいま、ライオネル、アレクシア。待っててくれたのか、ありがとな。内海の老人と話ができた。良いじいさんだったぜ」
「なんと、そうだったのですね。心配しておりました。とりあえずご無事でよかった」
ライオネルは大きく安堵のため息をついた。
「アニスさんが猫の事だから心配しても仕方ないって言ってたのに、立ったり座ったりずっと落ち着かずに待たれていたんですよ」
アレクシアが横で少し呆れた様子でそう付け足した。
「でもまぁ、ちょうど良かった、ライオネル、造船に関しては内海の老人に生贄ではなく酒で良いとお許しを頂いた。造船職人たちにそう伝えてやってくれ。ただ、その時にちゃんとそれに至った経緯も伝承するのを忘れるなと付け足してな。それと、沖の島は内海の老人は海の魔獣たちとセルキーと呼ばれる妖精たちの住処にしたいらしいので、近づかないようにと漁師や船乗りたちに通達を出してくれ。その代わりに内海の沿岸については渦も発生しないし、海の魔獣も攻撃しないということでお互い棲み分けしようということになった」
「おお、沿岸は魔獣に襲われないのですか。それならば、船の価値は格段に上がりましょう。漁も盛んになるでしょうし、内海航路の拠点としてこの港が栄えることは間違いありません」
「アレクシア、冒険者ギルドに、セルキーと呼ばれる妖精に関連する素材の取り扱いがあるのか確認し、できれば取扱いを無くすように申し入れをしてくれ。特にここの沖の島に素材目当てで立ち入ろうとする冒険者が居たら、申し訳ないが俺が相手をすることになるかもしれないと伝えてほしい」
「わかりました。前に人魚族に関しておこなったことと同じような事ですね。調整してみます。人魚族に関しては生血を飲むと不死を得られるという伝説がありましたので冒険者ギルドもなかなか納得しませんでしたが、セルキーに関しては私は聞いたことがありません、比較的簡単でしょう」
「よろしく頼む」
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その夜、赤き港都ローレライの飲み屋ではマートとウォーターサーパントの戦いを目撃した船乗り連中が話題の中心となり、聖剣の救護者マートの新しい伝説で持ちきりであった。
そして、その当人はさすがに抜け出すことはせず、自らの居城の一室でエバとアンジェの給仕を受けながら酒の杯を傾けていた。
「なぁ、エバ、アンジェ、今日は久しぶりに客が居ねえんだからさ、一緒に食おうぜ?ウィードでは一緒に食ってたじゃねぇか」
マートは大きいテーブルに自分だけの料理が並んでいるのにかなり不服そうで、しきりとエバとアンジェを誘っていた。マート自身伯爵になってからは王都、或は探索行で出かけていたことがほとんどであったし、ローレライにたまに戻った時も、地元の有力商人や新しく配下となった騎士や内政官たちを招いての食事が多かったし、そうでない日はマートが城を抜け出して視察と称して街の酒場などに行っていた。今日は珍しく客が居らずに城で過ごす日だったのだ。マートはウィード時代と同様に当然テーブルにはエバやアンジェが座り一緒に仲良く食べると思っていたのだが、エバとアンジェも視察などは仕方ないとしても、自分に仕えるものが多く居る城の中ではさすがに良くないだろうと考えていたらしかった。
「マート様はもう伯爵でいらっしゃいます。いつまでもそのような訳には……」
エバは困った顔をしてそう言うと首を振った。マートはハドリー王国に勝った英雄であり、ウィード領から連れてきた数少ない連中は別にして、ローレライ領に新たに配属された騎士や内政官、城に出仕している多くの使用人たちからは神のように崇められる存在となっていたのだ。エバやアンジェはマートと一緒にウィードからやって来て、使用人たちを束ねるメイド長、副メイド長という立場になっており、余計にその事をひしひしと感じていたし、事実、他の使用人の目も3人のやりとりに注がれていた。
「まいったな。俺は寂しく飯を食うために貴族になったつもりはねぇんだが」
「マート様、お許しください。この城には百人を超える使用人が居るのです。私たちだけがマート様と一緒に食事をすると使用人を束ねる立場として示しがつかないと思うのです」
「うーん、エバやアンジェはじゃぁ、いつ食べてるんだ?」
「もちろん、他の使用人たちと一緒にです」
マートは考えながら、テーブルのワインを一口飲んだ。もちろん良い味だ。だが、エバやアンジェに働かせながら自分だけが食事するのはなんとなく落ち着かないのだ。
「エバとアンジェはマートと食べればいいと思うよ」
その時一人の女性が部屋に入ってきた。アニスだった。
「アニス様?」「アニスさま」
突然の闖入者にエバとアンジェは驚きの声を上げた。
「姐さん、部屋の外から聞こえてたのか?」
「ああ、耳は良い方でね。今日の出来事に対する反応とかを報告しに来たんだが丁度やりとりが聞こえて来てさ」
アニスは元々クラン黒い鷲の元サブリーダーで彼に冒険者としてのノウハウを教えてくれた先輩であり、マートが貴族になった時からずっとそのサポートをしてくれている一番の助言者と言っても過言ではない人物である。今現在は女男爵として、またローレライ地方の衛兵隊隊長を勤めていた。
「エバとアンジェの2人がマートにとって特別な人物だっていうのはみんな理解してるさ。いまさら何を言ってるんだい。ぐだぐだ言ってないでさっさといろんな連中をみんな嫁さんにしちまえば良いんだよ」
「アニス様?!」「アニスさま!」
二人は真っ赤になって悲鳴に近いような声を上げた。
「姐さん、そいつはちょっと乱暴じゃねぇか?」
「猫、あんたは偉くなっちまったから、みんな遠慮しちまってるところもあるんだ。気をつけな。こういうのを言えるのは今だと私ぐらいだろうからね。いろいろと考えてることがあるのは私も知ってるさ。でも、気にしてたことの大半はもう問題なくなったんじゃないのかねぇ」
アニスの言葉に、マートは少し考え込んだ。
「まぁ、すぐじゃなくても良いさ。なぁ、あんた、2人の分の食事も運んできてやりなよ。ついでに私の分の飲み物も持ってきておくれ」
アニスは傍らに居たメイドに指示をし、自らもテーブルに座ると、報告のために持ってきた資料をテーブルに並べ始めた。
読んで頂いてありがとうございます。
内海航路の話は短かったですがこれにてひと段落です。次はまた新しいお話に。
2021.8.23
・造船職人たちにそう伝えてやってくれ。の後に、『ただ、その時にちゃんとそれに至った経緯も伝承するのを忘れるなと付け足してな。』を追加しました。
・酒を傾けていた。 → 酒の杯を傾けていた。 表現が微妙かなという話があったのでわかりやすくしてみました。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。




