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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第35話 内海航路 ※章ではなく話としました

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266 進水式儀式

 

 港にたどりついた船はかなり破損し修理には時間がかかりそうな状態であったものの、船員たちは無事であったので、その様子をみていた人々はひとまず胸をなでおろした。

 

 船を岸に引き上げる作業を手伝っているマートの所に、職人のように見える男たちが走ってきた。マートを見つけると、彼の前に飛び込むようにして、両手を地面について這いつくばるようにして、彼に謝り始めた。

 

「申し訳ありません。マート様が作られた船をこのようにしてしまいました。以前からの慣習を無視した私達の誤りでございました」


 一番前の男がそう言って顔を地面に擦り付ける。

 

「待て待て、船を襲ったのはウォーターサーパントだ。お前たちの責任じゃないだろう」


「私は海街グラスゴーから参った造船職人でございます。実はこの地には、船を進水するときに生贄を捧げるという儀式がございました。それをしなければ内海の老人の怒りを買うとこの地の職人には何度も忠告を受けたのでございますが、我々グラスゴーの職人はそれを軽視し儀式は行いませんでした。それがこの結果となったのでございます。申し訳ありませんでした」


 彼はそう言って何度もマートに頭を下げた。彼の話によるとこの地では、船の進水式では、人間の生贄を捧げなければいけないという決まりがあったのだという。だが、人間の生贄などマート伯爵は許さないであろうと考えた彼らグラスゴーの造船職人たちは、この地の職人たちと話し合った結果、その儀式を行わないことに決めたのだという事だった。だが、その罰は覿面(てきめん)に進水したばかりの船を水の魔物が襲うという形で果たされてしまった。内海の老人はおそらく儀式を省略したことに怒り、魔物を遣わしたのであろうと、恐れをなした職人たちは造船所で震えており、彼は造船職人の代表者としてマートに許しを請いに来たのだと言う。

 

「なにを言ってる。とりあえず俺の知らないところで生贄を捧げるなんてことがなかったのは良かった。ありがとな」


 マートは造船職人たちの前に立ち、彼らの肩を叩いて感謝を述べた。

 

「怖かっただろう、だが、もう大丈夫だ。まずはその儀式について詳しいこっちの造船職人のところに連れて行ってくれねぇか?」

 

----- 

 

 造船所には作りかけの船や大量の木材などが並んでおり、いつもは活気あふれたところであるが、職人たちは皆、ローレライに元からいた職人たちの指示に従って、海の方に頭を下げ何やら祈っていた。

 

「儀式と言い伝えについて教えてくれ」


 マートが指示していた職人に声をかけると彼は頷き、この都市(まち)に伝わる伝説を教えてくれた。それによると、このローレライのはるか沖に、大きな島があるのだという。今は天気のよい日でないと見えない程離れているが、昔はその島はこの地と地続きの半島だったらしい。そして、その島には水中の獣であるアザラシの皮をかぶって暮らす人々、そして水中の様々な魔獣を従えた内海の老人が住んでいたのだという。


 あるとき、アザラシの皮をかぶって暮らす人々と人間との間に(いさか)いが起こった。どちらかというと、人間が(たたか)いを好まない彼らに一方的に(あらそ)い吹っ掛けたようだった。アザラシの皮をかぶって暮らす人々はあっという間に半島の先端にまで追い詰められてしまった。彼らの保護者であった内海の老人は怒り、地震を起こして地続きだったところを引き裂き、水中に沈めた。半島は島となり人間はアザラシの皮をかぶって暮らす人々のところに行けなくなった。そして、島に渡れないように内海で人間に船をつくる事を禁じた。

 

 しばらくして、内海の老人の怒りは少し収まり、人間に船をつくることを許されたらしい。だが、内海の老人は内海で船を作った時には生贄を捧げるように命じたのだという。そうしなければ、水の魔獣によってその船は必ず沈められてしまうという話だった。


 マートはアザラシの皮をかぶることによってアザラシに変化する妖精というのも聞いたことがあった。たしかセルキーと呼ばれる種族のはずだ。アザラシの皮をかぶって暮らす人々というのは、そのセルキーの事かもしれない。 


「なるほど、わかった。進水した船にウォーターサーパントが襲ってきたというのは許しを得ていなかったためだと言うのだな」


「はい、その通りでございます。内海の老人はきっと新しい領主様を見ておられたのだと思います。彼は偉大で力のあるものです。逆らう事などできません。是非儀式をお願いいたします」


 その職人はそう言って、マートに恭しくお辞儀をした。

 

「自然の力に逆らおうなんてことは俺も思わない。そのアザラシの皮をかぶって暮らす人々が理由(いわれ)ない被害を受けたというのであれば、俺も許されない事だと思う。だが、そのような偉大な内海の老人が生贄を求めるというのは不思議だと思う。俺は海の母に会ったことがある。彼女も偉大な存在だったが、そのようなものは求めなかった」


 職人たちが心配そうにマートを見つめていた。

 

「ライトニング」


 マートはマジックバッグからコインを取り出し、ライトニングを呼び出した。地上では馬の姿。だが、水上では上半身は馬、下半身は魚の姿である魔獣、ヒッポカムポス。彼はそれにまたがると、突堤から内海に乗り出した。

 

「少し待っていてくれ。内海の老人とやらに話を聞いてくる」

 


読んで頂いてありがとうございます。


一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人魚を保護していた海の母みたいに、内海の老人はセルキーを保護している強大な精霊なのかな。地震を起こしてる伝承的に、大地の精霊とか。
[気になる点] このフットワークの軽さに驚きながらも徐々に慣れていく住民達を描いた短編が読みたくなります。 伯爵が一人で出撃なんて、マート以外ではあり得ませんからね。 [一言] よくよく考えるとアニス…
[一言] これはまた、のちの時代に英雄マートの伝説になりそうな話。後世で語られるマートがとんでもない英雄像で本人が知ったら苦笑いするものばかりになりそう。
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