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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第35話 内海航路 ※章ではなく話としました

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265 新造船

 

 爽やかな秋の日、紅き港都(こうと)ローレライでは新しい船が一隻、無事進水式を迎えた。ハドリー王国から返還を受けておよそ半年経ち、中断されていた造船が再開されて、ようやくこの日を迎えたのである。

 

 このあたりでよく作られている帆が2つに櫂が左右20本ずつという形の船であるが、船首部分にある帆が横帆から、港街グラスゴーでよく作られていた縦帆となり見た目の印象はかなり変わったものになっており、操船性能が上昇するはずだと造船職人たちが自信満々に言っていたものである。

 

 マートはその日、紅き港都の所以ともなった赤い大理石で飾られたローレライ城の一室の窓からその光景を眺めつつ、家令の一人、ライオネルの話を聞いていた。

 基本的には聖剣の騎士メンバーとして各地を文字通り飛び回っている彼であるが、領主でもある。ほとんどの政務は家令の3人に任せきりではあったが、報告は聞き、方針は決めねばならないし、頻度を減らしたとは言え、各村々を廻るのも完全にやめた訳ではなかった。

 

「マート様、ローレライ地方の今年の作柄はすこし不作気味ではあるものの、無事収穫も終える事が出来ました。皆喜んでおります」


 ライオネルはかなり誇らしげだ。ハドリー王国が実質的に撤退したのは今年の早春だった。ライオネルたち内政官は広大なローレライ地方を飛び回り、場合によっては騎馬隊のオズワルトや蛮族討伐隊のワイアットと連携して盗賊などの対処もしながらなんとか作付けの指示をおこない、秋の収穫を迎えることができたのだ。全部は回れなかったが、マートも時間がある時にはいくつかの村を巡ったので、その苦労はよくわかっていた。

 

「ああ、よかったな。さすがライオネルだ。感謝してる村長たちはいっぱい居たぜ」


 マートも嬉しそうにそう答えた。その横でエバが紅茶を入れ、アンジェが手伝っていた。アンジェは今年14歳になる。海辺の家で会った頃とはまったく違い、最近はきちんと行儀作法も覚えマート付きのメイドとして働いていた。

 

「ケルシー殿からは、ウィード、グラスゴーについては今年も豊作でダービー王国からの避難民たちの植民も順調とのことです。最初は戸惑っていた村の連中も、土地が広がり、場合によっては最終的には自分たちのものになるという話を聞き、積極的に受け入れが進んでいるとのことです」


「そうだろうな。だが、村の一員になりたいっていう希望があったら受け入れてやってくれよ」


「はい、彼らの希望にはくれぐれも配慮するように言っています。コメや豆の育て方について詳しいという事ですし、うまく馴染んでいるようです」


 マートが安堵していると、急に港の方で大きな叫び声が聞こえた。新しく進水した船の方だ。何か事故でもあったのだろうか。マートは目を凝らした。すると、進水したばかりの船の船体に、一抱えほどもある太さの灰褐色の触手か何かが絡みついているのが見えた。乗っている船員が斧を持ち出してその触手のようなものを断ち切ろうと懸命に働いている。


 マートはおもむろにワイバーン殺しの弓を取り出した。城の窓から港までは1キロはあるが、彼は弓を構えキリキリと引き絞る。白く輝く矢が現れた。

 

「んんんっ」


 マートは唸り、そして矢を放った。ひゅぅうという低音と共に矢は弧を描きつつその船に向かって飛ぶ。そして、その矢は船に絡みついていた一抱え程のある触手のようなものを貫き、舷側の手すりも少し破壊した。

 

 だが、その触手のようなものは、青黒い体液をこぼしながらも捕らえた船から離れようとはしない。ばきばきと何か木製のものが壊れる様な音がした。

 

「くそっ、ちょっと港まで行ってくる」


 マートは窓から飛び出した。地上までの高さは20mほどあるが、彼は気にせずに軽く飛び降りた。ライオネルとその場に居合わせた内政官やメイドたちはあっけにとられていたが、エバとアンジェはいつもの事と落ち着いていた。マートは城の庭の木々に身を隠すようにしながら幻覚呪文を使い姿をくらますと、空を飛んで港に向かったのだった。

 

 マートは港の手前まで行くと、ライトニングを呼び出した。海の母から預かった彼女の僕、魔獣ヒッポカムポスだ。彼は幻覚呪文を解除すると、ライトニングにまたがり、そのまま海に出た。ライトニングは馬の姿を解き本来の馬の上半身に、下半身は魚という姿となった。港で船の様子をみていた人々は怪物にまたがるマートの姿を見つけた。最初は恐れと恐怖で逃げ出そうとした人々だったが、マートは港の皆の前で魔獣ヒッポカムポスに乗った状態で、拡声の魔道具を使い彼らに呼び掛けた。

 

「大丈夫だ、俺だ、船は俺が助ける」


 上に乗っているのがそれが自らの伯爵であることに気づくと大きな歓声を上げた。酒場で伴を連れず、或はエバやジュディ、シェリー、場合によっては城の内政官や騎馬隊、蛮族討伐隊の連中を連れて飲み騒いでいたのを知っている連中が少なからず居て、彼の姿形はよく知られていたのだ。マートはその様子を見て、沖にうかび巨大な触手にまきつかれた新造船に向かってライトニングを走らせた。海を行くヒッポカムポスの速度は速くみるみるうちに近づいていく。


 近づいていくと触手のように見えたものは、巨大なウォーターサーパントだった。いままでマートが見た事のあるものより格段に大きく、長さはおよそ20mはあるだろう。全身は灰褐色でぬるぬると光沢を放っている。

 

 水の中では矢もあまり効果がないが、マートは立て続けに空に向かって矢を放ち、ウォーターサーパントの水上にでている部分に矢の雨を降らせ始めた。

 

“水の中はちょっと苦手だけど、僕が行くよ。ウェイヴィの魔法、頂戴”


 ニーナにも苦手な事があったらしい。そういえば、ヒュドラ戦でも戦いたいとか言わなかったな。

 

“ほっといてよ。水の中じゃうまく動けないんだから仕方ないでしょ”

 

 マートはニーナを顕現させ、ウェイヴィに頼んで『水中行動(スイムフリーリー)』と『水中呼吸ウォーターブレッシング』を続けてかける。ニーナはそのまま水中に姿を消した。マートは矢を撃ち続ける。

 

 舟の上では船員たちが懸命に斧や剣をつかってウォーターサーパントの胴体に切りつけていたが、皮が厚くなかなか傷がつかないようだった。マートの矢が刺さった傷口にナイフを突っ込んだりといった工夫をしたりしている者も居た。

 

 そうやって戦いを10分ほど続けた頃、ようやくウォーターサーパントは巻きつけた胴を解き、船から外れた。付近の水面はウォーターサーパントの血で青黒く染まっていた。それでもこの巨大な海の魔物はまだ力を残しているらしく、うねりながらゆっくりと泳いでいる。マートの近くでニーナが水面から顔を出す。

 

「あいつ、皮が分厚すぎるんだよ。目を潰したから逃げ始めたみたいだけど、それでもまだ平気みたいでさ」


 進水したばかりの船は、ウォーターサーパントが離れると少し傾き浸水がはじまったようだった。マートは慌てて船に近寄る。ウォーターサーパントはその様子をみて少し船から離れ始めた。

 

「やばい、沈んじまう。ニーナ、ウォーターサーパントを牽制してくれ。船は全力で港へ。ロープをくれ。船を引っ張る」


 漕ぎ手は櫂に飛びつき、マートは船体にくくり付けた縄を引き始めた。幸い、ウォーターサーパントはそのままゆっくりと深い海の中に姿を消していった。途中からは港から何隻かの応援もきて、半ば沈んだ状態の船はなんとか港にたどり着いたのだった。

 

読んで頂いてありがとうございます。


一迅社さまより書籍は絶賛発売中です。できればよろしくお願いします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、ニーナは水が苦手なのか。 まるで猫みたいだ。 [一言] アンジェは14歳になったんですね。 マートと出会ったのはアンジェが8歳の時。出会った当時、女の子とは思えない感じでがつがつ…
[一言] そういえば、元々ローレライ地方を治めてた貴族から文句みたいなの出なかったんですかね?まぁ、守れなかったから今更要求しにくいのかもしれませんが、何処にでもバカ貴族はいそうですし。
[一言] でかいタコとかイカの肉ってアンモニア含んでて臭くて食えたもんじゃないとか聞いたことあったような。
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