264 ギルバード伯爵
カルヴァンの問いにマートは首を傾げた。
「わりぃが、ハドリー王国との話し合いに俺は参加してねぇから判らねぇとしか言いようがねぇな。ん? 誰か騒いでるようだぜ」
2人が話している部屋の外が急に慌ただしくなった。
「俺が転移門を起動したのに誰かが気付いたのかもしれねぇな」
何人かが乱暴に扉をノックした。
「カルヴァン団長、入り口のゲートが起動されておりました。侵入者が居たかもしれません。大至急警戒態勢を」
扉の向こう側でそんなことを誰かが叫んでいる。
「おっと、時間がかかりすぎたか。要件は大体伝えた。姿を消していいか?」
マートが問うと、カルヴァンは首を振った。
「いや、このままに一緒に来てくれないか? ギルバード伯爵には俺から事情を説明する。原因が不明のままだとそちらのほうがややこしくなる」
「それなら良いが、面倒なことは勘弁してくれよ」
カルヴァンはマートとそんなやり取りをして、外の人間を迎え入れた。マートがここに来るのに尾行してきた男を含めて数人の男たちが部屋に慌てて入って来たが、部屋の中にマートを見つけて、慌てて剣を構えた。
「大丈夫だ、彼は私の知人だ。ゲートの起動も問題ないと伝えよ。私は彼と共にギルバード伯爵と話をする。2名同行せよ」
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マートがカルヴァンに案内されたのは、転移門を囲む城壁のすぐ横にある一番大きな建物だった。大きいとはいっても一般の家に比べての話で、貴族の館のような立派なものではない。
「では、侵入したのはワイズ聖王国からの使者で、セドリック殿下と接触するためであるので、問題ないと申すのだな」
そう言ったのは、40過ぎの目つきが鋭く金髪を丁寧に後ろに撫でつけた髪型をした男だった。身にまとったローブは金の刺繍が施され立派なものではあったが、ところどころ補修がなされて、古びた感じがすこし目立つ。案内されてきた感じでいうと、彼がギルバード伯爵なのだろうと思われた。
「はい、その通りでございます。彼には水都ファクラからの脱出、古都グランヴェルの調査などの際に助力を受けており十分に信頼できます」
「そうなのか。しかし、今回、入口のゲートはかなりの間開放されたままになっていたようだ。たまたまハドリー王国の衛兵はそれに気づかなかっただけで、もし見つかっておれば我が里は滅びていたかもしれぬ。それについてはどう思うのか?」
「それにつきましては、わが騎士団より、ハドリー王国の動きを調査させていただきます。彼もこの里について情報をもっておらず、退路を確保する意味で必要な行為であったと考えます。我々がワイズ聖王国からの支援の窓口を考慮しておらなかった落ち度でございました」
ギルバード伯爵とカルヴァンが話し合っている横で、マートは手持ち無沙汰な様子でじっと待っていた。ニーナがこっそりと魔法感知をして、どこに魔道具があるかなどを彼には教えてくれていたが、監視装置などはなさそうで、唯一伯爵のつけている指輪が反応しただけだった。
「マートと言ったな、ワイズ聖王はハントック王国に対してどういったことを考えておるのだ?」
ギルバード伯爵は急にマートの方を向いて尋ねた。
「さぁ、カルヴァンにも聞かれたが、俺は外交の担当じゃねぇからな。全くわからねぇな。まぁ、現状については報告しとくよ」
「わからぬ……か」
ギルバード伯爵は肩を落とした。
「どうせ、我等の存在など取るに足らぬとおもっておるのじゃろうな。国が亡びて15年、我に従う民も500人程が残っているに過ぎぬ」
「とりあえず、入口のゲートについては、状況が判らなかったんで開けっ放しにしてたんだが、それについては悪かった。許しがあれば、連絡して外交の連中をこちらに来てもらうようにするが、それでよいか?」
「うむ、わかった。いつ頃になる?3月後あたりか?」
「今日はもう無理だろうな、明日か明後日ぐらいか?」
マートの答えにギルバード伯爵もカルヴァンも聞き間違えたのかと驚いた顔をした。
「転移呪文って知っているか?大丈夫だ。早い方が良いだろ?」
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ギルバード伯爵、カルヴァンと別れた後、マートは研究所で待機していたジュディたち、そして、ワイズ聖王国の王都のライラ姫と連絡をとり対応について確認をとった。その結果、ライラ姫は第2騎士団長であるエミリア伯爵とブライトン子爵を派遣し、セドリック王子、カルヴァン騎士団長、ギルバード伯爵らと、今後のダービー王国領での蛮族との戦いについての協議をおこなった。
ダービー王国としては、まず、南部で抵抗を行っている自国民の避難を求め、これについては、ウィードの南東部で広い未開拓地を多く持つマートが引き受けを了承した。本来は白き港都オランプ近郊に移らせたいところであったのだが、まだ体制が整っていないための一時的な措置としてこのような形となったのだった。
これについては、ダービー王国が回復した際には、開墾された土地は明け渡してもらうことを条件にマート伯爵が当面の食料や開墾のための資材を提供することを了承したためだが、この背景には、数年かけて進められていた湿地帯での稲や荒地での芋、大豆、トウモロコシといった従来あまりワイズ聖王国では行われてこなかった農作物の開発が順調であるという事情があった。ダービー王国では特に稲や大豆などについて高度な栽培ノウハウがあり、受け入れてやってくれないかとマートが家令長のパウルに聞いてみたところ逆に是非にと乞われたのだった。
また、ハドリー王国から貸与をうけた白き港都オランプを拠点としたダービー王国騎士団の再編計画はセドリック、カルヴァン及びその配下が加わることによって大きく前に進みそうだった。すでにハドリー王国がワイズ聖王国と講和しダービー王国再編にむかうという話は、以前ダービー王国と境を接していた王国北東部で大きな噂となっており、すでに白き港都オランプにはダービー王国から避難してきたと主張する騎士や従士、そして数多くの人々が集まりつつあった。だが、受け入れる側のリサ姫には政治経験がなく、ワイズ聖王国の第2騎士団の助力だけではかなり混乱した状態となっており、体制が整わない一因ともなっていたのだ。
そして、ギルバード伯爵家は表向きダービー王国の貴族であることにして戦いに参画することになった。これについては、セドリック王子がダービー王国の再興が成れば南部に領地を約束すると提案し、ギルバード伯爵もそれを受けたからである。ギルバード伯爵家の人々もダービー王国の他の民と同様に一時的にウィード南部に移動、15年に亘って避難していた島を離れることにしたのだった。
ワイズ聖王国側としては、ハドリー王国に対してどのように支援を依頼するのか検討するようにセドリック側に依頼をした。ラシュピー帝国に対する支援もせねばならず、ダービー王国とは距離もあるので、軍事的な支援は行いにくいのだ。これについては、横に居たギルバード伯爵などは特に苦々しい表情を浮かべたが、セドリック王子は了承せざるを得なかったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
ここで章を改めます。章というより話という感じが正しいですが、ずっと章として来てしまったので、このままでご了承ください(汗
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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