263 転移門の先
転移門の向こうは、海辺の家やヨンソンを思い出させるような白い石壁に囲まれた部屋だった。まだ稼働中の転移門を見たのは海辺の家の近くに見つけて以来だが、転移装置自体はいくつか見つけたことがあるので、ここも古代遺跡の一部なのだろうか?それともピール王国の遺産なのかもしれない。その部屋には出入口と窓があり、その外側は城壁のようなものが作られ、中庭のようになっており明るい陽射しが見えた。こちらは夕方で激しい雨が降っているのに、転移先は昼間で晴れているという不思議な状態だ。
場所によって天気が違うというのはわからなくもないが、時間がちがうというのは一体どうなっているんだと考えつつ転移門を越える。転移先は空気もじめっとしておらず、爽やかな感じがする。出入口から外に出るとまるで朝のような日の光だった。マートが出てきた建物は、1辺3mほど、真四角の1階建ての小さな建物とも言えない程の大きさだ。壁の素材は海辺の家とよく似ていたが、転移門のある部屋があるだけのシンプルな作りだった。その建物をとり囲むように丸い石造りの壁が作られておりこちらは城などでよくみるような造りである。上には胸壁が切られ、なんとそこには見張りが居た。マートはそれに気づき、慌てて建物の中に戻る。
見張りはまだ侵入者には気付いていない様子だった。マートは安堵のため息をつき、幻覚で姿を隠すと改めて建物から出て周囲を見回す。建物の出入口とは反対側に、建物を囲う四角い城壁の小さな出入口があり、城壁に囲まれた中庭の広さはおよそ10mほど、城壁の高さはおよそ3mほどだ。魔法感知呪文をつかうが、それに反応するものはなかった。姿を隠したまま飛び上がって壁の外を見る。壁の外には100軒ほどの粗末な家が立ち並ぶ町、その外側には農地と牧場が広がっていた。さらに上がるとここは山などがない比較的平らかな東西2キロ、南北2キロほどの島であり、他に集落などはなさそうだというのがわかったのだった。
“転移門から出てくる人間を監視しておるのかもしれぬの。場所そのものは海辺の島と同じようなものかもしれぬな”
魔剣がそう念話を送ってきた。島としての大きさからすればこちらのほうが少し小さいぐらいだが、あちらと違ってたくさんの人間が暮らしていそうだ。だが、島だということは、旅人などが来るわけもなく、きっと全員が顔見知りだろう。盗賊のアジトなんていう可能性もある。
マートは姿を消したまま、城壁を越え町に入った。人々の姿はそこそこあるが、人口は千人は超えていないだろう。騎士や従士と思われる人間の比率がかなり高い。だが、そういう彼らは身分が高いはずであるのに、建っている家々でも特に粗末な日干し煉瓦を積み上げた家に住んでいる者が多かった。会話を聞いていると、蛮族相手に戦いの話などが多く、マートの探していたダービー王国の生き残りのような気がした。
街の中を姿を隠したまま2時間ほど歩き回っただろうか、その中でようやくマートは見知った顔を見つけた。たしか、古都グランヴェルでセドリックに率いられキロリザードマンと戦っていた男の一人で、助けた後に話をしていたらこの国が亡びそうな時にとか文句を言ってた奴だ。一応彼はダービー王国の騎士団の一員だったはずだが、そこで声をかけるのはせず、できればセドリックを見つけたいと思い、マートは彼の後を尾けることにした。
彼は何人かの騎士や従士たちに指示をしており、隊長クラスであるようだった。指示を終えると一つの建物の中に入って行く。その建物の中にはセドリックの伴をしていたカルヴァンが居たのだった。
マートは彼とカルヴァンのやり取りにじっと耳を澄ませた。それによると、セドリックは生き残った騎士団の一部を率いて蛮族と戦うためにウレンという町の近くに出かけているようで、ここがダービー王国の残された拠点の一つであることは間違いないようだった。セドリックが生きているとわかれば、リサ姫は喜ぶだろう。念のために彼が1人になるタイミングを待ちマートは部屋の隅で幻覚呪文を解いて姿をあらわした。
「久しぶりだな。酒でもどうだ?」
テーブルに座り、地図を眺めていたカルヴァンははっとして声のしたほうを振り返り、いままで何もなかったはずの部屋の隅にマートが立っているのに気が付いて驚いた。
「そなたは、たしかワイズ聖王国のマート?」
そう言いながら、彼は立ち上がり、剣の柄に手をやる。
「ああ、そうだ、カルヴァン。おっかねぇから、剣を抜くのは止めてくれ」
「どうやって、ココを知った? 返事次第ではいくら命の恩人と言っても……」
「いやぁ、苦労したぜ。ちゃんと説明するよ。でもまぁ、まずは再会の乾杯といかねぇか?」
不安そうな様子のカルヴァンに、マートは座るように勧めた。カルヴァンはしぶしぶといった様子で座りなおした。マートはその向かいの席に座るとマジックバッグから杯と酒の壺を取り出した。1つの杯をカルヴァンに渡すと、そこに白く濁った液体を注いだ。
「この香り、ほう、懐かしい。コメの酒か。久しぶりだ」
そう言って、カルヴァンは一口すすった。美味そうに目をつぶって味わっている。
「ああ、少し酸味はあるがいい味だよな。リサ姫のお手製だぜ?」
「!?」
カルヴァンは、飲んでいた酒を噴き出しそうになって目を見開いた。
「リサ姫のお手製だと?」
「ああ、俺も知った時はビックリしたぜ。リサ姫のお兄様がセドリックだとはな。リサ姫に頼まれて消息を探しに来たんだ」
マートは、ハドリー王国がワイズ聖王国と和解したこと、蛮族がハドリー王国を影から操っていたことを手短に説明した。カルヴァンはふむふむと聞いていたが、最後にワイズ聖王国とハドリー王国がダービー王国の再興に向けて動き出したと聞いて興奮した様子で顔を赤くし、素晴らしいと叫んでテーブルを掌で大きく叩いた。
「こっちは、あんたたちの生存の情報が掴めなかったからよ、最初はリサ姫を女王として立てるしかないかという話をしてたんだ。お前さんたちが俺に王子だと言ってくれてたらもっと話は早かったかもしれねぇんだがな。それで俺があんたたちを探しに来たってわけだ」
「それはすまなかった。だが、そなたが何者かはっきり言わなかったのでな。明かすわけにもいかなかったのだ」
カルヴァンは、悪かったという風にそう答えた。
「ところで、ここは、どういう町なんだ?あんたたちはここで何をしてるんだよ」
マートにそう問われ、カルヴァンはすこししかめ面をした。
「蛮族の攻勢はますます激しくてな」
彼はそう前置きして話し始めた。実はここは、ハントック王国の古い貴族ギルバート伯爵が先祖より伝わる隠れ里として、秘密の通路を通じてしか来れない島で、ここの住人の大半はハドリー王国に攻められた時に逃げ込んだギルバード伯爵家の生き残りなのだということだった。
ハントック王国といえば、魔法技術が発達していた国だという話だったが、先祖からそういう遺産があったからなのか。他にも遺産があったのだろうか? それをハドリー王国は奪ったという事なのだろうか? ハントック王国はピール王国と関係があるのか? マートはそんなことを考えながら話を聞いた。
ギルバード伯爵は蛮族にたいして抵抗を続けるセドリックたちと連絡をとってここに招き入れ、抵抗活動の拠点として利用することの見返りにハントック王国の再興を依頼をしたらしい。
「ハントック王国の残党か。併合されてもう15年程になるだろ。よく生き残ってたもんだ。セドリックと連絡したってのは何か特別なことでもあったのか?」
「セドリック様の生母で今は亡き第二王妃様は、ダービー王国南部に勢力をもつカリム侯爵家出身だった。カリム侯爵家とギルバード伯爵家とは仕える王家は違ったものの、隣接する大領主同士として親交は厚かったんだ。ダービー王国とハントック王国は友好国だったからな。その縁もあってギルバード伯爵様の御令嬢はセドリック様と許嫁だった。ハントック王国がハドリー王国に攻められ併合されたのは、まだ2人とも幼い頃だったのだがな。よほどお互い気が合ったのだろう、ギルバード伯爵様も娘の願いには弱かったというわけだ。それに、旧ハントック王国の王族も含め貴族のほとんどはハドリー王国が連れ去ってしまい、再起できる可能性はほとんどない状況であったしな。この島で滅びる位ならと考えたのではないか」
4年前、水都ファクラと古都グランヴェルが続けざまに陥落した際にセドリックの父親である国王、そしてセドリックの2人の兄も命を落とし、残る直系の王子はセドリックだけになってしまった。彼は生母の出身であるカリム侯爵家を頼って王国南部で蛮族に対する抵抗を続け、2年前にマートに助けてもらった時はカリム侯爵家はまだ勢力を保っていた。あの時丁度蛮族はカリム侯爵家の騎士団との戦いのために兵糧を運び込んでいたのだ。そして、その戦いはマートが兵糧を焼いたことによりカリム侯爵家の勝利となり、一時期ではあったが、古都グランヴェルの奪還まで成功したのだった。
そしてその頃にギルバード伯爵家の使者がセドリックを訪ねてカリム侯爵の居城にやってきたのだ。彼らは蛮族との戦いに助力を申し出、その見返りにハントック王国の再興のための助力を依頼した。少しでも兵力の欲しいセドリックはその申し出を受けることにしたのだった。
だが、しばらくして蛮族は再び勢力を盛り返し、結局去年には奪還した古都グランヴェルだけでなく、カリム侯爵家の居城までも蛮族の手に落ちてしまった。今現在、セドリックの勢力はここの他に山奥に隠れた小さな町や村々が残っているにすぎないのだという。
「なるほどな。とりあえず戦争については良く判らねぇから、セドリックが帰ってきたら、うちのライラ姫かエミリア伯爵あたりと話し合ってもらいてぇんだ」
「ふむ、ギルバード伯爵に何と言うかだな。ハドリー王国との話し合いの中で、ハントック王国の再興については何か話は出なかったか?」
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