261 ダービー王国南部で出会ったもの
マートたちは、ラシュピー帝国に向かうのを取りやめ、リサ姫の依頼を受けることにした。最初、リサ姫はマートたちについて来たがったが、それは結果がわかってからと説得し、ライラ姫とともにワイズ聖王国の王都で待っていてもらうことにする。
古都グランヴェルの地下に広がる遺跡には魔法のドアノブのダイヤル2で行けるが、その事はマートはまだ誰にも明かしていなかった。シェリーとジュディの二人ぐらいなら良いかという気もしたが、一応飛行して向かうと説明し研究所で待ってもらうことにしておく。
マートも、もうこの状況で魔法のドアノブという魔道具を圧力をかけて取り上げようという貴族など居ないだろうというのはわかっていたが、あまり皆に明かすのも良くないような気がしていた。常時ダービー王国の都市やワイズ聖王国に近い山の中とつながる道を作る方法があるとわかれば、それを使わせてくれという話が山のように出てくるだろうという懸念が拭いきれない。海辺の家と研究所も知っているのは、限られた身内といってもいい人間だけだ。その程度のほうが安心だろう。
古都グランヴェル近くの地下遺跡にマートが来たのは、ほぼ2年ぶりであった。誰もここにはたどり着いていないのか、誰かが入り込んだ痕跡は見当たらなかった。以前と同じように洞窟を通り抜けて外に出る。以前は冬だったので気づかなかったが、もわっとした熱気がマートを包む。海辺の家ほどではないが、ウィードの街などに比べるとかなりじめじめとしており、湿度が高い感じだ。
古都グランヴェルは相変わらずジャイアントとリザードマンに占領されていた。マートは彼らの監視の目をかいくぐって都市の外側に向かう。人間の姿は全く見られず、リザードマンとゴブリンが一面の沼地で農作業を行っていた。蛮族が農作業というのはいままであまりなかった光景であったが、彼らの様子を見ると、手慣れた様子で雑草のようなものを抜いていた。その光景をみて、マートは、魔龍同盟がヘイクス城塞都市の北側でゴブリンに農作業を教えていたのを思い出した。このあたりの蛮族までが農作業を覚えたというのであれば、食糧事情はきっと大きく改善しているのだろう。数が激増しているのも頷ける。魔道具や魔法よりこれが一番ヤバいんじゃないかとマートはちらと考えた。
マートは幻術で姿を隠しながら、空を飛んで付近を探索した。蛮族の目を逃れる事の出来る南方の拠点というのがあるとすれば、余程深い山の中だろうとマートは考えていた。特に古都グランヴェルの西側は広大な山脈がある。マートはその一帯を空を飛びながら何か手がかりになるようなものがないか探したのだった。
しばらく飛行すると、マートは頭から胸までが人間、それ以外の部位が鳥という奇妙な生物が数体、1キロほど先の山のふもと辺りを飛んでいるのをみつけた。マートも初めてみる生物だが、たしか、南方生物図鑑にハーピーと呼ばれる魔獣が載っており、それによく似ていると思われた。たしか、空を鳥のように飛び、食料を見つけると意地汚く奪いに来ると書いてあったはずである。魔獣であれば、本来は狩って冒険者ギルドに持ち込むべきではあるが、このあたりは人間はおらず冒険者ギルドも活動していないだろう。生かしておいたほうが、人間には有利かもしれない。
とりあえず、生態だけは確認しようとこっそりと近づく。空を飛んでいる個体の他に、その下あたりの木に止まっている個体も複数いた。男性らしき者もいれば、女性のような胸のふくらみがある者もいた。何か喋っている。
「らみちのちきちとなにかちみち・・・」
「となきなのちいかかいのなすなしちすらな・・・」
マートにはその話している内容はよくわからないが、その使っている言語は聞いたことがあった。エルフやドワーフ、人魚たちが使う妖精語だ。魔獣の中でも、知性の高いものが人間の言葉を話すとは聞いたことがあるが、どうなのだろう?……そう考えていると、魔剣から念話が届いた。
“ハーピーは魔獣というより、人魚と同じ妖精だとおもうのじゃがのう。そのあたりはウェイヴィかヴレイズにきいてみてはどうじゃ?”
魔獣と妖精、蛮族と人間というのはどのあたりで区別されるんだ?
“人間の定義じゃが、蛮族とは言葉や価値が全く違い、お互い相いれないものじゃ。魔龍同盟が目指したように、人間も蛮族を家畜のように使って共存するということなら可能かもしれぬがな。妖精というのは種として知性を持っていて、人間と比較的考え方が似ているもの。ただし、人間と話す言葉が違う。仲の良い隣人としては暮らしていける相手というぐらいの認識じゃな。魔獣というのは、蛮族でも妖精でもない、それ以外のモノのことじゃな。知性がなく本能で暮らしているものがほとんどじゃが、ドラゴンやスフィンクス、マンティコアなどといった存在は知性は高く人間の言語を話せるが個体数が少ないという理由で魔獣に含まれていて、一つに定義することができぬ。巨大アリなども群れとして知性はあるように見えるが、蛮族とみなすほどの知性は備わってはいないので、魔獣とされておるようじゃな”
マートは左腕の水色の波と燃え盛る炎の文様に触れ、2人を呼び出した。たちまち、水のような半透明の女性の姿をしたウェイヴィと、燃え盛る炎を身にまとったトカゲの姿をしたサラマンドラが現れた。
「炎の精霊のヴレイズ、泉の精霊のウェイヴィ、教えてくれ。ハーピーは魔獣なのか?」
2人は周囲を見回し少し離れたところにいるハーピーの群れを見つけると、彼らをじっと見た。
「ん、魔獣じゃないね。ちゃんとお話しできる。今も、風の力をかんじるよ」
「そうだな、マートよ。彼らは妖精と言っても良いだろう。私も話し合うことを勧める」
もし言葉が通じるのなら、ダービー王国の連中のことを知っているかもしれない。
「そうなのか。わかった。話し合ってみよう」
マートは姿を現し油断しないようにしながら、ヴレイズとウェイヴィを連れて低空飛行をしながら近づいていく。ハーピーもマートに気が付いたようで、数人が降下して、近寄ってきた。
「みにみみきいみみみらのなといみに・・・」(人間のくせに空を飛び、炎と水の精霊を引き連れている。そなたは何者だ?)
彼等の先頭にいたハーピーの男の言葉を、ヴレイズがそのまま人間の言葉に訳してくれた
「俺はマートという。最近このあたりで人間を見たことはないか?」
マートの言葉をウェイヴィが翻訳した。それを聞いた、ハーピーたちは首を傾げた。
「とらすいてららとにいかちすち・・・」(それを教えたら、いいことがあるのか?)
読んで頂いてありがとうございます。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。




