257 外交使者
マートのふりをしたニーナから連絡をうけたライラ姫の動きは非常に早かったらしい。彼女曰く何かわからないけれどすぐに手を打たなければいけない気がするのです、と夜中であったにもかかわらず、王都に滞在していたジュディとブライトン子爵と連絡を取り、その夜のうちにブライトン子爵に数人の随伴員をつけてハドリー王国の王都に送り込んだのだ。
「なぁ、猫君、酷いと思わないか?私にも準備というものがあるのだが」
ハドリー王国の王城の客間でブライトン子爵はマートに眠い目をこすりながら思わずそう溢したのだった。
「俺も最初はこうなるつもりじゃなかったからなぁ」
「ハドリー王の呪いが解けたとは聞いたが、詳しいことを教えてくれないか……」
マートは王都にきてからの経緯を一通り説明した。ブライトン子爵は途中まではなるほどと呟いていたが、魔道具や魔石を倉庫からマジックバッグに回収した話で頭を抱え、エイモスとの戦いを聞いて天を仰いだ。
「なるほど、確かに君は規格外だ。ハーマンと戦い、その魔道具などを入れたマジックバッグを保有している君の従者というのはどこに居るのだ?」
「今は城の外だな」
「鹵獲した物資はいったいどれぐらいの量なんだ?」
「倉庫4つ分の魔石と魔道具だ」
「なるほど、それだけでおそらく陛下が要求せよとおっしゃっていた賠償金より価値がありそうだ。いくら戦争中だったとは言え、それだけ鹵獲して返さぬというのも……」
「返しても良いぜ? それほど魔石や魔道具に困ってるわけじゃねぇからな。その代わり、今回の戦争でアレクサンダー伯爵領で困ってる連中に補填してやってほしい」
「いや、元より賠償金というのは、アレクサンダー領とブロンソン州の民を助けるためのものだ」
「ふーん。ならまぁ、良いさ。元々エイモスを引っ張り出すための手段でしかなかったからな。あとで元の倉庫に戻しておけば良いか?」
「いや、それはそれでややこしくなる。とりあえず了解した。それも外交のカードの一つにさせて頂こう。もちろん功績としてライラ姫には報告しておく」
「んー、よくわからねぇけど、とりあえずあんたが来てくれてよかったよ。明日からしばらく宴会らしいんだが、饗応役にここの姫とかいうのがつくらしくてな。これが、結構美人なんだが、どう相手すりゃいいかと困ってたんだ」
ブライトン子爵は苦笑いを浮かべた。
「ここの王も抜け目のない。ハドリー王はもう60を超えているはずだし、そのような妙齢の王女が居るというのは聞いたことがない。養女かもしれぬな。体調を崩したとでもしておくか?」
「もう、ここでの俺の用事は終わりだろ? これ以上居てもつまらねぇだろうし、他に用事もある。後はまかせても良いか?」
「ライラ姫もそのような状況であれば早く帰らせるように言うだろう。わかった、ハドリー王国側には、先に引き上げたと説明しよう。だが、念のため、数日はこの王都内にいて欲しい」
「やった、いいぜ。わりぃが頼んだぜ」
マートは残りをブライトン子爵に任せ、明け方の王城から姿を消した。
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マートは王城から抜け出すと、ニーナと合流して顕現を解除した。今回は顕現時間が長かったので15分程の意識喪失時間があると思われたが、それは大きな教会の埃の積もった使われていない屋根裏で過ごした。空はもう明るく、朝の早い連中はもう仕事を始めている。彼はエイモスの秘密のアジトだという建物の一つにむかった。事前にノーマンに鱗について尋ねており、それらしい男が牢番として働いていたことを確認していたのだ。
そこは既に複数の衛兵たちに囲まれていた。ノーマンはエイモスが拠点にしていた所をよく知っており、衛兵に命じてほぼ同時に摘発すると言っていた。当然、ここもそうなのだろう。
鱗があまり悪いことをしてなきゃよいんだが……マートはそう念じながら、素知らぬ顔で衛兵の一人に話を聞いた。それによるとここに居た連中のうち、数人は逮捕され投獄されたが、大半は追い出されて施設は封鎖されているらしい。鱗は逮捕された数人に入っていなかった。
安堵のため息をつき、マートは衛兵にありがとなと銀貨を一枚渡すとその場を立ち去った。鱗が行くとしたらどうせスラムか下町のほうだろう。まぁ、酷い目には遭っていなさそうで、急がなくても良いだろうと思いながらマートがぶらぶらと歩きはじめると、すぐ目の前のいすを並べただけの露店でスープを啜っている鱗を見つけた。色白で金髪を背中まで伸ばした20代後半ぐらいの男と一緒である。鱗は前と同じようにボロボロの服を着ているのに対して、彼は貴族が着ていそうな瀟洒な服を着ており、違和感はあったが、2人は仲良く並んで座っていた。
鱗より色白の若い男が先にマートに気付いたようで、手を振ってきた。マートにとっては見知らぬ男ではあるが、ワイズ聖王国では最近よくある事なので気にせずとりあえず2人に近づいていく。
「よう、鱗、無事だったみたいだな」
「猫じゃねぇか。いや、今じゃ貴族様だからえっと、マート様か、こんなところにどうして」
「猫でいい。同じ一座に居た仲間じゃねぇか。丁寧に喋ろうとしたら舌噛んじまうぜ」
「へっ、違いねぇ。それで、どうしたんだよ? 戦争中だろうが、見つかったらやべえんじゃねぇのか」
「マート様は、あなたを心配して会いに来てくれたのですよ」
横の男が、そうですよねと言ってにっこりと笑った。
「まぁ、仕事のついでにな。おめえさんは誰だい? 鱗の友達かい。恰好からして鱗と仲間とは思えねぇんだがよ」
「私の名前はネストル。あなたにお礼を言い、そしてお願いをしたくてドルフさんとご一緒させていただきました」




