253 遭遇
22番通り22番地にある建物は、おそらく魔道具の研究所に併設された施設のようで、倉庫がたくさん並んでおり、周囲には試験場らしき広い敷地があったが、夜中ということもあり、詰所らしきところには衛兵らしき姿はあるものの、他に人影などは全く見られなかった。
マートは、空から、移動物感知、魔法感知の警戒装置をやすやすと潜り抜けて人気のない施設に侵入すると、魔法のドアノブを開け、最近発見した研究所に待機していたモーゼルと協力してマジックバッグを使って魔道具や他の高額品を運び出すのと共に、バーナードたち7人に依頼してその調査を頼んだのだ。
「対蛮族用の検討資料はねぇか調べてくれ」
マートの一番の目的はそれだった。ハドリー王国はハントック王国を制圧している間、ダービー王国が蛮族に飲み込まれるのを横目で見ていた。いつ矛先が変わるかわからないはずで、研究をしていないわけがない。何かあるはずだった。
しばらくの間、バーナードたちは調査を続けたが、それらしいものは見当たらない。いつ警備の連中がくるかわからないので、あまり時間はかけていられない。こまかい資料などは後回しにして運び出すことにした。
「ねぇ、こっちの箱は中見は羊皮紙ばっかりだよ。もう、廊下も部屋もいっぱいで置くところがないしどうしよう」
モーゼルが、こんなの持っていくの?とばかりに尋ねた。箱の上には重要度低と殴り書きがしてある。マートは一番上の表紙を見た。
『丘巨人の身体的特徴について』
マートが探していたのはこういう資料だった。しかしこれの重要度が低い? よく見ると表紙には書き込みがなされていた。
『エイモス殿の指示/検討不要』
これもエイモスか、巨人関係の調査を止めていやがったな。どおりでそれ用の研究資料や魔道具がないわけだ。
とりあえず、なんとか詰め込んでくれとマートが指示しているところで、衛兵詰め所に何者かが到着したようで施設内は急に騒がしくなった。マートは皆に持てるだけもって帰らせ、魔法のドアノブを閉じた。
倉庫の屋根にするすると登り、上から来た連中の様子を見る。その先頭はマートは知らないがエイモスの配下の警備隊長のノーマンだった。何人かの従士らしき男を連れている。その後ろにはエイモスと、その横にハーマン、ほかに騎士と従士を合わせると100人ほどが居た。
“やった!ハーマン居た”
ニーナが嬉しそうに念話を送ってきた。マートは鱗の姿を探したが、彼の姿は無いようだった。魔法感知を重ねてエイモスの姿を確認する。変身呪文で誰かがエイモスに化けているという事はなさそうだった。彼らは衛兵に案内されながら、マートが屋根の上で待つ倉庫のほうに警戒しつつ展開して進んで来た。
マートは以前拾った拡声の魔道具を使い、倉庫の屋根から声をかけた。
「エイモス、待ってたぞ。そこで止まれ」
ハドリー王国の連中はその声に驚き、一斉に倉庫の屋根を見上げた。ノーマンとハーマンはエイモスをかばうように立つ。
「何者だ」
ノーマンが声を張り上げた。
「わかってるだろう?マートさ。エイモスに聞きたいことがあってな。ここで待たせてもらった。どうして、蛮族を放置しダービー王国を見捨ててハントック王国を攻めた?」
エイモスがノーマンを制する。
「つまらん。そんなことか。蛮族など倒すのは簡単だ。後回しにするのは当然のことだ」
「あんたが国王の側近となって政治に口出す様になってから、ワイズ聖王国との国交を断絶して間諜をもぐりこませ、新たな魔道具の開発をすすめ、古い魔石鉱山を開発させた。あんたには優秀な占い師がついていると専らの噂だな。そうやっておきながら、二人の王子に蛮族はダービー王国しか興味はないと説得してハントック王国を攻撃させた」
「ふふん、儂は優秀だからな。それぐらいの判断が出来て当たり前だ」
「横で人間が蛮族に殺されているのを見てか。では、どうして、蛮族の調査を途中でやめさせた?」
「止めさせただと?何を根拠にそのような……ん、ここに来たのはそれが目的か」
「ああ、調べさせてもらったよ。蛮族の調査資料をあんたが握り潰していたな。やはり蛮族の手下だったのだろう。そして国王が言うとおりになるように呪いをかけて支配した。5年前のことだ」
「何を言っておる。そんなことはあるわけないだろう」
「当時親衛隊として王宮を警備していた女がその様子をみていた」
「ばかな、あの女…」
エイモスの声が小さくなった。
「蛮族の利益となるように、ワイズ聖王国とハドリー王国を戦争にもちこんだ」
エイモスはもう何も言わなかった。目が座っている。周囲の連中はどうしたらよいのかといった様子で目くばせしあっていた。
「ええい、うるさい、ノーマン、ハーマン。あのマートを殺ってしまえ!」
二人は宙に飛びあがった。かるく走る程度の速度で、マートの居る屋根の上に移動し始める。マートは弓を構え、すばやく放つ。ノーマンはハーマンの陰に隠れた。
【絶対防御】
ハーマンの身体に当たった矢、鋼鉄の鎧すら貫くその矢は、まるで硬いなにかにぶつかったかのようにはじき返された。
“さすがミスリルゴーレム!いいよね?僕戦いたい”
徐々にハーマンとノーマンが近づいてきた。
“ああ、わかってるさ。人は居るが、屋根の奥から出てきたって幻覚をかぶせる”
『幻覚』
「顕現せよ、ニーナ」
マートの突き出した掌から黒い鎧姿のニーナが飛び出した。
【爪牙】
カキーン!
ハーマンの腕はやすやすとニーナの爪をはじき返した。




