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猫《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】  作者: れもん
第33章 ハドリー王国

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251 待ち人来たらず

 

 ハドリー王国の王都はグレンという名前で、位置はハドリー王国の中心よりは東寄りの山々に囲まれた狭い盆地にあり、都市を囲う城壁はないものの、周囲の山には多くの砦が築かれており、その盆地全体が一つの大きな城と言ってもよいような構造となっていた。

 

 マートは、ワイズ聖王国の王都からこの都市におよそ4日かけて飛行して到着した。到着したのはまだ夕方であったが、周囲の山は雪に覆われ雲が重く垂れ込めていてすでに暗く、雪がちらついて寒かった。いつもの旅人の恰好で市街地をぶらついてみたが、どの店で話を聞いても、ワイズ聖王国に侵攻した騎士団が大負けして王子二人が捕虜になった話でもちきりである。だが、自分の国が攻められるという危機感はあまり持っていないようで、まるで他の国が負けたかのような雰囲気であった。

 

 いろいろと買い物をしたりして、話を聞き歩いていると、マートはふと視線を感じた。それも一人や二人ではない。マートとしては、この都市(まち)にくるのは初めてで、顔を知られてはいないはずだったが、すでに彼を知るものが居るようだった。どこかの宿で夜中まで仮眠を取ろうと考えていたが、この状態ではそういうわけにも行かない感じであった。困ったなと考えつつ、いくら急に走ったり、角を曲がったりといった事を繰り返して尾行を撒いても、しばらくすれば、まるで彼がどこに居るのかを知っているかのように視線を感じ、尾行してくるものが出てくるのだ。マートは尾行用のなにか魔道具でもつけられたかと魔力感知をして片っ端から持ち物をニーナに渡したりしてみたが、それでも結果は同じだった。

 

 計画変更だな、一休みしてエイモスの屋敷に忍び込むつもりだったマートはそう考えて、このハドリー王国の街区の外に出た。周囲が山であるので人気のない場所も結構ある。すっかり日が沈んだころ、マートはそういった場所を選んで、林の中にある一本の木に登り、自分を尾行している連中がどうするのか様子を見ることにした。

 

 しばらくすると、やはり尾行者たちは林の中にやってきた。足音からすると10人。おそるおそるというのもいれば自信ありげに歩いているのもいる。マートは木の上でまだ待つ。彼らはしばらくの間マートを探していた様子だったが見つけられないまま、林のそこかしこでたむろしはじめた。徐々に尾行者たちは人数が増え、なんと100人を超えた。それぞれが松明を持っており、尾行するというよりは、まるで狩りの時の勢子のように、マートの潜んでいる木の生えている一帯でうろうろしている状態になった。マートはずっと木の上からその様子をみていたが、指揮者らしい者やマートが来ると考えていた男の姿はどちらもいない。時間が経って夜中になったが、高い枝に潜んだままのマートは結局見つけられていないようで、その連中は焦れ始めたようだった。小さな声で相談しあっているのがマートには聞こえた。

 

「寒いぞ、いつまでここに居ればいいんだ?」

「ずっと、見張っておけという命令だ」

「そのマートとか言うのは本当に居るのか?」

「居ない相手を見張るってどういうことなんだよ」

「もう移動したんじゃねぇのか?」


 マートは、さらにしばらく待ったが、そこからは人数が増える様子はなかった。どうやって彼の居場所を特定しているのかも知りたかったが、彼らの会話からはその情報も掴めなかった。

 

“こんなにこっちに来てるとすれば、エイモスの屋敷はかなり手薄になってるんじゃない? 連中をほったらかして、まっすぐ屋敷に行こうよ”


 ニーナが念話をマートに送ってきた。

 

“しかしよ、(スネーク)のおっさんがいねえんだよ”


(スネーク)なんて、ほっときなよ。それよりハーマンが来て欲しかったなぁ”


 ニーナの独白に、マートは溜息をついた。ライラ姫の依頼はハドリー王国に影響を与えているエイモスの調査だったが、マートがこのハドリー王国に来ようという気になったのは、ここに(スネーク)が来て親衛隊に参加していたのを知っていたというのもあった。(スネーク)というのは、彼が幼い頃暮らした旅の一座で一緒に暮らしていた男の事だ。彼にはいろいろと世話になった。今となっては蛮族討伐隊という組織もあるし、ウィードの街で受け入れてやることも可能だ。残った数少ない旅の一座の知り合いである。できれば救ってやりたかった。彼はどこに居るのだろう。

 

 王都でライラ姫に依頼をされる前、マートはアマンダにハドリー王国の親衛隊の中で怪しい連中がいるので確認してほしいと頼まれた。アマンダに依頼された時、それにあまり時間がかけられなかったマートは、あまり気が進まなかったものの記憶奪取呪文をつかって、どういう人間なのか調べる事にした。その調べた記憶の中で、彼はハドリー王国の王都で働く(スネーク)の姿をみつけたのだった。

 

 アマンダから頼まれた3人のうち、巨大クモの前世記憶を持つ男は彼自身の記憶を調べるとすぐに間諜ではないとわかった。だが、2番目のオークの前世記憶を持つという男と3番目のオーガの前世記憶を持つ女の記憶を探ったところ、女の記憶から2人は間諜であり、すくなくとも女の方はエイモスが関連しているというのが判明した。

 

 二番目の男の記憶から間諜だというのが判らなかった理由は、記憶奪取をして呪文は成功したものの、まったく記憶の中身を見ることができなかったからだ。最初はなぜその様な事になるのかわからなかったのだが、ニーナが答えを教えてくれた。その男は人間ではなく、生まれがオークだったのだ。蛮族と人間では思考回路が全く違う。そのため、人間は蛮族の記憶を読むこともできないのだそうだ。

 そして、そもそも蛮族が人間に混じっていれば本来なら判りそうなものだが、蛮族生まれで人間の前世記憶を持つ場合、人間の特徴をもっているものもいるらしく、そいつは人間のように小さな身体を持っていたようで、見た目では見分けがつかなかった。

 さらに、蛮族というのは人間と考え方が違うのでコミュニケーションをとるのは難しいはずだったが、そこは女がフォローして、人間世界で過ごしていたようだった。彼らは親衛隊に混じって、プルデェンスたちをさらに監視する役目を負っていたようだった。彼自身の記憶は探れなかったので誰からその依頼を受けていたのかまでは調べきれなかったが、結局厳重に拘束して監視下に置くことにせざるを得なかったのだった。

 

 女のほうは記憶も見ることができたのでオーガの前世記憶を持つ人間であることは確認できた。それによって、彼女たち2人が間諜であることはわかったのだが、なぜ彼女が間諜になったかというと、そこにはエイモスが関わっていた。元々、彼女自身は、親衛隊から派遣されてハドリー王国の王宮警備をしていたらしかった。その警備の仕事中に、彼女はエイモスがハドリー王国の国王陛下と親しげに話をしていたところに出合わせた。彼女は二人が何をしていたのかは解らず、すぐにその場を立ち去ったのだが、エイモスは彼女を後で呼び出した。そして、彼女に何を見たか、そしてそこで見た事を誰かに話したのではないかと厳しく問い、拷問にかけた。彼女はそのために精神に障害を負う程だったが、結局彼の質問には答えられなかった。彼女はそれにあまり意識を払っておらず、彼女自身何をみたのかわかっていなかったのだ。結局、彼女はその後、エイモスに逆らえないように呪いをかけられてオークの手下にさせられ、今回の戦争に親衛隊のメンバーとしてオークの男をフォローさせられていた。

 

 マートはその彼女が目撃したところの記憶を呼び出して、エイモスが彼女を尋問した理由を理解した。その時、エイモスはハドリー王国の国王に詳細な呪いをかけていたのだ。


 マートは彼女の精神の障害、様々な恐怖症を取り除くために、彼女の記憶を奪ったままにしておくことにした。それで障害がすべて取り除けるかどうかもわからないし、本当は彼女が精神障害と向かい合うのが出来ればよいのかもしれないが、それが正しい方法なのかもわからないし、それをフォローできるような者も彼女の傍には居なさそうだったのだ。独力で乗り越えるには彼女の経験は重すぎるだろう。記憶を失った状態で聖剣を使って逆らえないようになっている呪いを解き、しばらく様子を見てから仲間の居る親衛隊に戻すことが、彼女にとって一番良いと判断したのだ。

 

 プルデェンスと相対した経験から、おそらく将来的には敵対するかもしれないエイモスの事を調査するため、そして、彼が国王にどのように呪いをかけ、その後の国王がどういう変化をしたのかを知るのに、マートは詳細に彼女の記憶を調べた。そして、見た記憶の中に、親衛隊で働く(スネーク)の姿を見つけたのだった。彼は、以前、王都で魔龍同盟のトカゲとリリパットに勧誘されていたのをマートに助けられた後、王都で別れたが、ハドリー王国に流れて来ていたらしい。マート自身、前世記憶持ちに優しい王子がこの国に居るという話を彼に伝えた記憶があるので、そうしたのかもしれず、彼がここにいるのは自分のせいかもしれないという少し後ろめたい気持ちになったのだった。

 

 こうやって得られた情報は記憶奪取の呪文が使えることを明らかにする必要があるので、マートはライラ姫に伝えることはしなかった。どちらにせよ、ハドリー王国の最近の行動の背後にエイモスが居るのは王子の推測通りであったし、エイモスの背後に蛮族の姿が見え隠れするのもライラ姫にはわかっていた。そして、エイモスの目的がわからないのには変わりはないのだ。

 

 そして、こうやって尾行者をおびき出すことによって、(スネーク)が出てくれば良いなと思っていたのだが、そこはうまく行かなかった。それほど強そうなのも居ない。100人もの人間を動員したにしては、目的が良く判らなかった。単にマートの行動を阻害するためだけなのだろうか?

 

“何を悩んでるの? これぐらいならすぐ片付けれらそうだから、始末しちゃうのでもいいよ?”

 

 ニーナが急かしてきた。さて、どうするか、マートは考え込んだのだった。

 

 

読んで頂いてありがとうございます。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。

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― 新着の感想 ―
ハドリー王国はマートの領地よりもさらに東で王都からは遠いのに、スネークは友人のマートの領地ではなく、わざわざ遠いハドリー王国に行ったのは本人の自由意志によるものだから自業自得だと思うけどな。
[気になる点] 尾行の魔道具がくっついてるわけでもないのに撒いても撒いてもどこからか新たな尾行がつくなんて、どこのホラーやねんって突っ込みたくなりますね(笑) 最後にステータスカードを確認したときはマ…
[一言] 魔龍同盟の次は親衛隊と、スネークは気の毒ですね。
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