244 2王子の提案
「どういう気持ちの変化なのだ? ハドリー王国はずっと拡張政策をとり、ハントック王国を滅ぼし、次は我が国と考えていたのではないのか?」
ライナス伯爵が少し怒ったようにそう言ったが、それにはワーナー侯爵も頷いた。
「私も不思議に思い、二人の王子に尋ねました。すると、彼らが言うには、ハドリー王国はドラゴンの前世記憶を持つ男に操られ、蛮族の利となるように働かされている可能性が高いというのです。そして、今は手を携えて蛮族と戦わなければならない時だと気が付いたと」
そう聞いてエミリア伯爵とロレンス伯爵は何をいまさらと呆れたような顔をして首を振った。だが、ワーナー侯爵は二人の話を続けた。
今回の報告書ではアレクサンダー領での戦いについては
・侵入したハドリー王国騎士団は6個騎士団、ホワイトヘッドの砦を抜き、そのまま花都ジョンソンを攻撃、1週間は耐えたものの、兵力差はいかんともしがたく領都陥落
・ハドリー王国騎士団は1個騎士団を花都ジョンソンに残し、3個騎士団はカイン王子が率いてアレクサンダー騎士団を追いマクギガンの街へ、1個はグラント王子が率いてリリーの街、1個はブルームの街へ向かった
・ウィード子爵とアレクサンダー伯爵次女のジュディが、騎馬隊と蛮族討伐隊を指揮して転移門呪文を使い花都ジョンソンを奇襲、奪回
・ウィード子爵の騎馬隊と蛮族討伐隊はさらに転移し、マクギガンの街近辺で兄のカイン王子が率いる3個騎士団を奇襲を重ねて撃破し、カイン王子を捕虜にした
・グラント王子もアレクサンダー伯騎士団とウィード子爵の軍勢と向かい合っていながら、ウィード子爵が蛮族討伐隊の小部隊を率いているところに全軍突撃し、逆に本陣を突かれて半ば自滅、グラント王子は捕虜になり、戦闘終結
ということになっていた。
だが、グラント王子の話によると、最後の戦いで自滅したのは、別の要因があったというのだ。今現在ハドリー王国の国王の側近としてエイモスというドラゴンの前世記憶を持つ男からの使者だった男が働いているが、今回その配下でプルデェンスという魔法使いがグラント王子の幕僚として参加していた。その男に呪いをかけられ、その男がマート子爵を倒すことに傾注しすぎた結果、多くの死者を出してしまったということだった。
マート子爵はそれを知ってか知らずか、プルデェンスを殺し、その結果としてグラント王子の呪いは解けた。その直後、状況は挽回できぬほどマート子爵とアレクサンダー伯側に傾いており彼は捕虜となったが、呪いが解けた今、兄であるカイン王子といろいろと話し合い、同じような事が父であるハドリー国王にも行われていたのではないかという疑いに気が付いた。そして、ドラゴンの前世記憶を持つ男がエイモスを通じて、人間同士を同士討ちさせるべく画策しているという結論に至ったのだそうだ。それでこの申し出をしようと決意したという事だった。
「二人とも、我が夫殿の恐ろしさに気が付いただけでありましょう。勝ち目のない戦という事に気が付き、怖じ気づいたに違いありませぬ」
エミリア伯爵はそう言って何故か得意そうにニヤニヤと笑った。ライナス伯爵もたしかにこれはきついなと呟く。
「今は手を携えて蛮族と戦わなければならない時……か、途方もない話だな。ドラゴンの前世記憶を持つ男というのはいったい誰なのだ?」
ロレンス伯爵が首を振りながらそう呟いた。その様子を見てライラ姫が口を開く。
「これはウィード子爵が配下の魔人から聞いた話ですが、ダービー王国を攻めた蛮族は 火の巨人、 霜の巨人、 嵐の巨人の三体に率いられているらしいのです。もしかしたら、その3体のいずれかがドラゴンの前世記憶を持つ男にあたるのかもしれません。そして、魔龍王テシウスが亡きあと、 火の巨人が現在魔龍王国を率いています。たしかに、二人の王子が危惧するように、三体の巨人が率いる蛮族は、ハドリー王国とハントック王国が戦っている間に、孤立無援となったダービー王国を滅ぼし、さらにハドリー王国と我が国が戦っている間にラシュピー帝国という二つ目の国を滅ぼしつつあります。我が国もアレン侯爵を経由して魔龍王国の魔法使いにバラバラにされかけました。我が国とハドリー王国にかけられた策はよく似ています。もし協力ができるのであればと思うのですが」
ライラ姫はそこで言葉を切った。会議に出席している面々の顔を順番に見る。
「二人の王子の提案がハドリー王国の策でないという保証は?」
エミリア伯爵がそう言ってライラ姫の顔をじっと見る。ライラ姫は首を振った。エミリア伯爵は立ち上がった。
「ハドリー王国は信用できぬ。恒久的な同盟などは夢物語だ。もしわれわれが停戦し上手く蛮族を打ち破れたとしよう。そうすれば、残った勢力は、我々とハドリー王国の2つ。そのうち、かの国の版図はこの大陸で最大、我が国の倍に近いであろう。となれば、その後、ハドリー王国は再び大陸の制覇を考えるだろう。敗れて戦力的に不利な今だけ恒久的な同盟などと言葉を飾るとは虫唾が走る。どうせ蛮族との戦いに対しても聖剣の騎士が居ることを理由に我が国を盾にして自国の国力の回復を図ろうと考えているにちがいない。何か確実な証でもあれば別だが、そうでなければ無理だ。そのように懸念される中で協力体制は作れぬだろう」
その言葉にロレンス伯爵は苦笑を浮かべた。
「エミリア殿、それはたしかにその通りだが、そう言っている間にもラシュピー帝国は滅びてしまう。6個騎士団も失ったのであれば当面外征などする力はあるまい。停戦だけすればよいのだ。力を貸す必要はない。その間にラシュピー帝国への支援をおこなうというのはどうだろうか」
議論は白熱したが、なかなか結論は出そうになかった。そこで国王が口を開いた。
「貴卿らの意見は解った。ロレンス、エミリア、ライナス、3つの騎士団は出征の準備にかかれ。ラシュピー帝国の救援の準備だ。ただし、エミリアの第2騎士団は外交の決着を見るまでフレア湖の砦に兵力を残せ。ワーナー、そして内務庁長官は、彼らに協力し十分に兵站を整えよ」
指名された5人は解りましたとばかりに礼をした。
「そして、ライラ、そなたは2人の王子とまず条件の話をせよ。彼ら2人の言うものでは足りぬ。賠償金とカイン王子の身代金として金貨二十三万枚、そして、我が国に滞在しているダービー王国のリサ姫を女王としてダービー王国の復興が行われる事、そしてそうだな、その拠点として内海に港を持ち、ダービー王国に近い都市を我が国に割譲することを認めさせよ。蛮族の討伐には同盟状態にある2か国が協力して出兵し、ダービー王国の版図の回復も行われることになるのだろう。その際、ダービー王国は旧来の版図をもって復活するべきで、その領地は寸土たりともハドリー王国の版図になることは認められない。この条件で2人の王子が納得して交渉するというのなら、ライラが正使、ブライトンを副使としシェリー、マートと騎士をつれてグラント王子と共にハドリー王国に向かうのだ。ただし、カイン王子は交渉の間は人質として我が国に留め置くことになる」
「承りました」
ライラ姫は深く礼をし、その日の会議は終わったのだった。
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会議が終わった後、宰相ワーナー侯爵は国王陛下に自室に招かれた。
「ワーナー、マートは大丈夫か?」
「大丈夫かと存じます」
「ならばよい。以前、アレクサンダー伯爵はかの者は極めて有能だが我が国への愛国心は乏しいと心配しておった。騎士と結婚させようとして上手くはいかなかったようだったがな。たしかその騎士が今回聖剣の騎士となった者のはずだ。とはいえ、そのような動きの効果もあってそなたはなんとか領地を持たせることに成功した。今回、偶々ではあったが、あやつの領地がハドリー王国の侵攻した場所に近かったおかげで容易に防ぐことができた。だが、あやつの力は恐れるべきものではないのか?エミリア伯爵は何としてでも味方に付けるべき者だと言っておった。我が国に対して友好的とは思うが、あと少し安心できる方策はないか?キャサリンは難しいが、タマラかタラッサを戦勝の恩赦や聖剣の騎士がみつかった祝いなどと理由をつけて修道院から戻し還俗させ、娶らせるのはどうだ?そうすれば、余は彼にとっては義理の父だ」
国王の言葉にワーナー侯爵は首を振った。
「ライラ姫は如何なのですか?姫もマート子爵の事は気に入られているようです」
「ライラが嫁に?いやそれは……いいや、ライラはずっと余の傍に、それに、その場合チャールズの後見が不安になる。チャールズはまだ6才だ」
ワーナー侯爵は考え込んだ。
「もし、タマラ姫かタラッサ姫がマート子爵に嫁ぐとなれば、立場としてはあまり変わらないライラ姫が不満に思われましょう。あまりよろしくないかと」
「うむ、頭が痛い話じゃの。なにか他に良い策はないか考えてみよ。よろしく頼むぞ」
ワーナー侯爵は頭を下げ、国王陛下の自室を退出したのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回は章を改めます。のんびり展開に戻りたい。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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