243 割れるか否か
「兄上、よくぞご無事で!しかしこれはどういうことですか?」
弟のダレン子爵は王城の衛兵を連れて城門に出てき、輿に乗った兄のアレン侯爵そしてライラ姫たちを見て目を白黒させた。
「ダレンよ、儂はずっと魔龍王国の邪悪な魔法使いに監禁されておったのだ。そして、儂に化けた邪悪な魔法使いが今回のことをしでかしたのだ。儂の本意ではない。急ぎ国王陛下にお会いし、お詫びをせねばならぬ。案内せよ」
「なんと、いや、しかし……」
ダレン子爵は迷った様子だったが、ふと何かに思いついた様子で顔を上げた。
「そのようなことがあるわけがない。そなたらこそ、魔龍王国の手先が化けている姿ではないのか?衛兵よ、油断するな」
その言葉に、王城の衛兵たちはダレン子爵をかばうように陣形を整える。
「何を言うのです。このように揉めていては魔龍王国の狙い通りです。武器を下げなさい」
ライラ姫が言葉を強めて大きな声を出した。
「ライラ姫には、国王陛下より前宰相ワーナー侯爵と共に権限の停止を含んだ召喚状が出ている。言葉に従う必要はない!城外の他の部隊に連絡せよ。ここにライラ姫がおられるとな」
王城の衛兵と第二騎士団の精鋭が王城の門の前でにらみ合った。
「まいったな、ここまで頭が固いとはな。しかし奴はどういうつもりなのだ? 魔龍王国に加担しているのか、それとも任務に忠実なのか。後者であれば時間をかけて説得してもよいのだが、前者であれば、最悪の場合、国が割れるぞ」
エミリア伯爵が呟いた。
「儂にもう一度話をさせてもらいたい。儂はダレンが任務に忠実であることを信じる。儂の輿を最前列に運び、運び手は一旦下がってもらえぬか」
アレン侯爵が、掠れて小さい声だがきっぱりとそう言った。その場の面々は不安そうに顔を見合わせたが、アレン侯爵の決意は固そうであった。
「わかりました」
ライラ姫が輿を担ぐ運び手にアレン侯爵に従うようにと指示した。兵たちがにらみ合う中、アレン侯爵の輿だけが前に進む。運び手は二つの集団の真ん中で輿を下し、急いで下がっていく。
「何のつもりだ?」
ダレン子爵が大声で問うた。
「手先が化けている者かどうか、我を調べよ」
アレン侯爵が、しわがれてはいるが大きな声を出す。
「何かの策やもしれぬ。近づくな」
ダレン子爵が鋭く言う。
「国王陛下、私が愚かでした。お詫びを……」
アレン侯爵は震える腕で腰に下げていた剣を抜いた。そして刃を自らの首にあてる。
「おい、だめだ。そんな憔悴して体力のない状態じゃ蘇生呪文も効かねぇぞ」
マートが飛び出そうとしたが、ダレン子爵が先に飛び出した。
「兄上!お待ちを!」
アレン侯爵の首から血が噴き出た。ダレン子爵がその剣を奪い取り傷口を手で押さえる。
「おおお、兄上、申し訳ありませぬ。このような事を考えるのは兄上しかおらぬ」
『治癒』
ダレン子爵が治癒呪文を唱えた。彼は神聖魔法の使い手だったらしい。みるみる血が止まった。
「兄上、なんという無茶を……」
「お前ならわかってくれる……わかっていた……」
アレン侯爵は血を失い過ぎたのだろう、それだけ言って気絶した。
アレン侯爵は辛うじて一命は取り留めた。その後、ダレン子爵は、うって変わってライラ姫に協力し、クローディアによって国王にかけられた呪い、アレン侯爵及びその配下の者に無条件に従わなければいけないという呪いは聖剣により解除された。国王はようやく元の状態に戻り、ライラ姫及びワーナー侯爵に対して発せられた召喚状は撤回された。そして、改めて、国王はシェリーを聖剣の騎士として認め、正式に蛮族からの救済を願い、彼女は緊張しながらもそれを受けることになったのだった。
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数日経ち、ワイズ聖王国の首脳部はようやく平静を取り戻し始め、今回の件及びハドリー王国騎士団の侵入に関しての会議が王城で開かれることになった。この会議には、国王陛下が臨席し、宰相であるワーナー侯爵、魔法庁長官のライラ姫、各騎士団の団長であるライナス・ビートン伯爵、エミリア伯爵、ロレンス伯爵の他、内務庁長官と王城の衛兵隊隊長が招かれて行われた。
「アレン侯爵の事件及びアレクサンダー領での戦いに関する報告は読まれていると思います。まずは情報交換から行いたいのですが、気になる事はありますか」
議長を務めるワーナー侯爵がまず参加者にそう問い、ライナスがまず手を挙げた。
「聖剣の騎士について知りたい。シェリーというのは、私がヘイクス城塞都市に調査に向かった際にアレクサンダー伯爵領から来ていたあの女騎士か?」
ワーナー侯爵は首を傾げたが、ライラ姫が頷いた。
「はい、その通りです。ライナス様は向かう途中に一緒に訓練をされたそうですが、その時には片鱗はありましたでしょうか?」
「うむ、当時はまだ私のほうが強かったが、なかなか練習熱心であるという印象は受けた。たしか、オーガナイトと戦って勝利を収めていたはずだ。なるほど、聖剣の騎士が彼女だと言われれば、不思議ではないような気がしてくるな」
続いてロレンス伯爵が挙手した。
「アレン侯爵の事件の報告にあった魔族が使うという呪術魔法の変身呪文、記憶奪取呪文についてもう少し詳しく聞かせていただきたい」
「はい、それも私から」
魔法庁長官であるライラ姫が立ち上がった。
「まず、変身呪文というのは、対象そっくりに姿形を変える呪文です。幻覚ではないので、触れても違和感はなく、声もそっくりになるとのことです。この呪文は魔法解除呪文によって解除することができ、魔法感知で見破ることもできます。当然魔法無効化の魔道具の効果範囲に入れば解けることになります。また、まったく知らない相手に変身することはできず、どれほど知っているかによって変身の精度も変わるようです」
質問はないかとライラ姫は皆を見回したが、ここまでは特に質問もないようだった。
「次は記憶奪取呪文です。これは対象の記憶を奪う呪文です。特筆すべき点は、奪った相手が死亡すると、奪った記憶も消滅してしまうということです。このため、アレン侯爵は殺されずに命を永らえたと言っても良いかと思います。また、呪術魔法も真理魔法や神聖魔法と同じように★の形であらわされる能力です。そして、記憶奪取呪文というのは非常に抵抗されやすい呪文であるようで、何らかの魔法の素質が2あればほとんど抵抗できるようです。ただし対処に関して問題点として、魔法感知には反応せず、魔法解除ではなく神官の呪い解除の呪文でしか解除できません。また、魔法無効化の魔道具によっても無効化されません。唯一の救いとしては、記憶奪取呪文を使おうとしたときに魔法無効化の範囲内であれば使うことが出来ません」
皆は顔を見合わせた。魔法の素質というものは十人に一人も持ってはおらず、素質が2以上となるとかなり限られてしまう。記憶奪取が簡単にされてしまうようであれば、秘密など存在しなくなってしまう。果たしてどうすればよいのか。
「幸い、聖剣の騎士が判明しましたので、聖剣の浄化という能力により呪いなどを含めて解除が可能です。とは言え、毎日浄化を行ってもらうという訳にも行きません。現在、大神殿と何か良い方法はないかと話し合っている最中です。ですが、このようなやり方を魔龍王国や蛮族が得意としているというのが分かっただけでも一歩前進かと考えております」
ライラ姫の言葉に皆が頷いた。疑心暗鬼にとらわれては何も進まないし、敵の手口が分かれば対処できる場合も増えるだろう。
そこで内務省長官が聖剣の騎士はどのように遇したらよいのかという問いがされた。聖剣に認められた以上、彼女の立場は国王と対等ということになる。他国の国王が来賓したのと同等として遇し、邪悪なる龍を討伐するための同盟者として考えればよいというのがワーナー侯爵の見解で、皆はそれを了承した。
「質問は以上でよろしいか? では、そろそろ本題に入ります。捕虜になっているハドリー王国の二人の王子は恒久的な同盟を結びたいと言ってきました。大負けして都合の良い話ですが、条件としてはブロンソン州及び湿地帯、つまり前回の戦いで得た領土を全て我が国に返し、第二王子であるグラント王子は人質として5年の間ワイズ聖王国に残すという事を提示してきております。もちろん王子二人の意見でしかありませんが、父親である国王をそれで説得すると仰っています。ただし、その際に聖剣の騎士に協力をお願いしたいということです」
ワーナー侯爵の言葉に、その場に居る者は皆顔を見合わせた。
読んで頂いてありがとうございます。
ご指摘がありましたので訂正します 海外の→他国の
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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