242 アレン侯爵の行方
「エミリア伯爵はああ言ったが、アレン侯爵を探すのは結構大変なんだよな」
どうするか考えたマートは、まずアレン侯爵の邸宅の近くまで行き、今の状況を確認することにした。
遠くから見ると、マートがオーガナイトやオークウォーリヤーと戦いながら半ばわざと壊した3階の窓や壁の一部は、安全のためか縄が張られてはいるもののまだそのままだ。1階や2階には人影はあるが、使用人や衛兵の他に修理のための職人ばかりでアレン侯爵はもちろん、3人居るはずの夫人や、弟のダレン子爵がいる様子は見られない。
マートは幻覚呪文を使って自らの姿を消して邸宅に忍び込んだ。隠し部屋などにアレン侯爵が囚われたままではないか調べるためだ。もし、そうだとすると死んでしまっている可能性が高くなる。だが、見つけられたのは隠し戸棚だけで、そこにあったのは金貨や宝石、装飾品といった類だった。さすが侯爵と思えるほどの量ではあったが、もちろん手は付けない。
何か見落としはないか、手がかりになることはないかとマートは考え込んだ。壊れた壁から頭を出して外を眺める。そういえば、クローディアと戦っていた時に聞こえた足音はどのあたりから聞こえただろうか?あの時、きっとクローディアは念話であの人間の前世記憶を持つ蛮族、オーガナイトとオークウォーリヤーの2体の救援を呼んだはずだ。2体は自らが居た場所から真っすぐに来たはずで、道をごまかすような余裕はなかっただろう。たしか足音を感じた時の距離は700m程離れていた。人間にしては余りにも移動速度が速く、歩く時の足音が、人間とは思えないほどの衝撃を含んでいて、マートは気が付いたのだ。ということは、あのあたりかと目星を付けた。改めて幻覚呪文で姿を消すと飛行して、その付近まで移動したのだった。
目星をつけた場所は、意外とマートの邸宅とはそう遠くないところだった。おそらく男爵や騎士用と思われる小さめの区画に区切られた邸宅が並んでいる。貴族街区なので小さめといっても、ちゃんと塀があって庭もあり、二階建ての家屋がある。マートは空から不審なところがある邸宅はないか探ってみた。すると、一箇所、門は閉じてあるものの、庭の厩舎の扉も開けっ放しで、まるで大急ぎで出立した後のような邸宅が一つあった。マートはその邸宅の庭に降り立った。
その邸宅に動くものの気配はなかった。だが、かすかに臭いがまだ残っている。あのオーガナイトとオークウォーリヤーの臭いだ。そしてあと7人の男女の臭い。念のために魔法感知をしながら邸宅の中を壁を透かして捜索する。すると、一部屋の中に倒れている1人の男性と3人の女性の姿があった。体温はあるのでまだ死んでいない。服装は豪華なものを着ている。アレン侯爵だった。女性のうちの1人はジュディによく似ていた。
邸宅には鍵はかかっていたが、マートはすばやく解錠して中に入る。饐えたような臭いが鼻につく。4人が倒れている部屋は外から施錠されていた。そこも解錠すると、扉を開けて中に入った。
4人のうち、アレン侯爵はまだ意識があった。マートが見たところでは、彼らは全員酷い水分不足と食料不足だろうと思われた。おそらくクローディアが逃げ出した後、ここにいたクローディアの配下たちは侯爵たちを監禁したまま急いで逃げ出したのだろう。急いでマジックバッグから水筒を取り出して皆に少しずつ水を飲ませる。侯爵のぼんやりとしていた目に少し生気が戻った。マートは急いで長距離通話用の魔道具をつかいライラ姫と連絡を取った。
『治療』
マートは4人をベッドに寝かせ、水を飲ませつつ治療呪文を使って応急処置を行った。マートの治療呪文では習熟度が低いのでそれほど強い効果はないが、これでおそらく4人とも死ぬことはないだろう。
救援が来るまでの間、マートは邸宅の中を調べて回った。何かの手掛かりになりそうな書類や金目のもの、魔道具といった類などは全く残されていなかったが、邸宅や侯爵の様子などからして、侯爵がここに監禁されていたのは三か月程の期間にわたっていたのではないかと思われた。
「キャサリン姫の次は、アレン侯爵か。油断も隙もあったもんじゃないな。ライラ姫も大変だ」
そうしている間に、ジュディからの念話が届いた。マートの邸宅の近くに転移呪文でやってきたらしい。マートは今いる場所を伝える。彼女は飛行して窓から文字通り飛び込んできた。
「ティファニーお姉様!」
ジュディは彼女と似た女性のことをそう呼んだ。あとの2人も彼女は知っており、アレン侯爵の第一、第二夫人であるらしい。やはりそうかとマートは納得し、とりあえず応急処置は済ませていることやアレン侯爵は記憶を奪われているであろうことを説明した。ジュディは急いで転移門を開き、アレン侯爵と3人の妃をフレア湖畔の砦に運んだのだった。
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一日療養をし、ようやくベッドで体を起こせる程度まで回復したアレン侯爵は、シェリーが使えるようになった聖剣の浄化によって記憶奪取された状態が解除された。その結果、クローディアたちに監禁をされた経緯を思い出し、ライラ姫やエミリア伯爵の説明を受けて、大きなため息をついた。
「そうですか、私に化けた魔龍王国の者がそのような事を。なんとしてもその呪いを解除せねばならぬ」
アレン侯爵はベッドから立ち上がろうとし、すぐにふらついてベッドに倒れ込んだ。
「私共も同じ考えですわ。アレン侯爵様の体力がまだ回復していないのは承知しておりますが、事は急を要します。一緒に王城に向かい、弟のダレン子爵様とお会いしていただけますでしょうか?彼を説得して共に国王陛下に謁見をしたいのです。そして聖剣を見せ、浄化することによって呪いを解除したいと思います」
「うむ、よろしく頼む」
人を信じ、常に和平を主張していた彼であったが、魔龍王国のやり方を自分の身で体験したことで、魔龍王国や蛮族に対してはその考え方が通用しないということを痛感した。彼は輿に乗り、ライラ姫、エミリア伯爵、そして聖剣を携えたシェリー、マート、ジュディ、そして第2騎士団の精鋭たちと共に王都に向かうことにした。転移門を使って、王城の正門前に移動した彼らは宰相代行を勤めている弟のダレン子爵を呼び出したのだった。
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