240 聖剣と聖王国
「我が夫殿、聖剣というのは、我が聖王国の貴族、騎士にとって神聖で特別なものなのだ。改造などと、簡単に話されるな。我々はそなたを信頼しておるゆえ大丈夫だが、他の者が居れば重大な冒涜行為だと指摘されても不思議ではないところだぞ」
エミリア伯爵が頬を引きつらせた。ちらりとライラ姫を心配そうに見る。
「そうか、悪かった。何とか国王陛下に早く正気に戻って頂く手段がないかと思って気が急いてな」
マートは気まずそうに答えた。立ち上がったライラ姫はブルブル震え顔が真っ青だったが、ジュディに宥められゆっくりと席に座りなおした。
「我が聖王国が聖たる所以は、聖剣を守り、国の根幹としている所にあるのだ。我が夫殿の見解はいろいろとあるやもしれぬが、いままでの伝統を蔑ろにはできぬ。貴族の中にはわれわれに否定的な意見を持つ者もいるのだ。注意してもらいたい」
そう話していたところに、セオドールが恐る恐るといった様子で手を上げた。
「聖剣が使える騎士の条件とは、いかなるものなのか伺ってもよろしいでしょうか?」
マートはライラ姫とエミリア伯爵の顔を交互に見た。その辺りについて、マートは調査結果としてライラ姫とエミリア伯爵に説明はしたが先程の話だと簡単に口にしてはいけないのかもしれないと考えたのだった。
「明確なものは解りません。王家の者であるか、剣、槍、斧、メイスのいずれかの素質が6でかつ魔法の素質が3以上であるようなのですが、私には使う事が出来ません。女性であれば使えないのかもしれません」
マートの心配どおり、ライラ姫の答えはマートが伝えた条件とはすこし異なるものだった。自分で言わなかったことに胸をなでおろす。前世記憶が蛮族や魔物ではないといった話を明確にすれば魔人への差別につながりかねず、またライラ姫の出自まで疑われることとなるのだと今更ながら思いついた。
「武器のスキルが6?! 確かに伝説で存在すると聞いたことがありましたが、それが装備条件なのですね。さらに魔法の素質と、そのような者がいるのでしょうか。なるほど、それでは自分の能力を調べるのにステータスカードを求めようという気になるな。残念ながら私には無理だが、それでも再度確認したくなる」
セオドールは少し興奮状態で話す。
「そうなのだよ。我が第2騎士団でも腕の立つ者に確認をしたのだが、条件を満たしている者は居なかった。2等騎士ではステータスカードを持っていないものも多くてな。諦めきれぬ者はステータスカードを入手しようと街に走ったりしている。アレクサンダー伯爵家やウィード子爵家ではどうだろうか?」
エミリア伯爵がそう付け足したが、セオドールは申し訳なさそうな顔をした。
「素質というのは、あくまで素質でしかなく、騎士の第一条件としては高潔な志にあるというのが、我がアレクサンダー伯爵家の教えとなっており、騎士たちの素質については申し訳ないのですが確認をしておりません。また、わが家ではステータスカードの取得は必須としておりませぬので、自らの素質を知らないものも多いかと存じます。唯一手がかりになるとすれば、領内の騎士での剣や槍の大会での上位者ぐらいでしょうか」
「いや、我が第2騎士団でも状況は変わらぬ。ステータスカードは1金貨で販売されているらしい。そのような贅沢品を持っている者は貴族や騎士、商人の生まれの中でも裕福な家の者ぐらいだ。冒険者であれば比較的持っているものは多いらしいがな」
「マート殿はどうなのだ?」
シェリーが尋ねたが、マートは首を振った。
「ステータスカードは持っているが、剣や槍が6ではないな」
「あくまで素質であって、今現在★6ということではないので、大会で必ずしも優勝しているとは限らないのですが、おそらく上位の成績を上げていることは確かでしょう。現在、第1、第3騎士団や、我々と懇意の貴族たちには連絡をして調査をお願いしようとしています。アレクサンダー伯爵家やウィード子爵家でもご確認をお願いしたいと思っています。ここに来られているウォルト卿やシェリー卿はおそらく伯爵領、子爵領の中でも腕の立つ方々なのでしょう。シェリー卿はたしか第1騎士団長のビートン伯爵がヘイクス城塞都市で調査遠征をされた時に功績を上げられた方ですよね?」
ライラ姫がそう訊ねた。マートは軽く頷きつつも、問うような視線をセオドールに向ける。それを受けてセオドールが口を開いた。
「ウォルトはここ3年、領内の大会の槍部門で連続優勝している猛者です。シェリーは今ではマート殿の騎馬隊長を務めておりますが、以前は我が伯爵家におりまして、最後に参加した領内の大会ではたしか剣部門でベスト8、それも準々決勝でその年に優勝しました騎士団長に敗れてその成績だったと記憶しております」
「失礼します」
その時、一人の騎士が皆が会議をしている部屋に入ってきた。ハンニバルだ。従士を一人連れている。その従士は箱を一つ捧げ持っていた。マートの耳には、他にも10人の護衛の足音が聞こえていたが、彼らは部屋の外で待機したようだった。ハンニバルは以前マートが蛮族討伐の調査をエミリア伯爵から請け負った際に同行していた騎士である。
彼ら2人が会議をしている部屋に入った次の瞬間、従士が捧げ持っていた箱の隙間から光が漏れだした。
「え?」「ん?」「お?」
皆驚きの声を発し、マートは飛び上がって椅子の陰に身を隠した。だが、それから何の変化もなく、驚きに動けなくなっていた従士がその場でどうすべきなのか問うような様子で周りを見回した。ライラ姫が席から立ち、ゆっくりとその箱に近づこうとする。マートも椅子の陰からライラ姫を庇える位置に近づいた。
「開けて、よろしいですか?」
ハンニバルが一歩踏み出し、ライラ姫に問うと、彼女はゆっくりと頷いた。ハンニバルは姫を庇う様にして箱を持つ従士に近づき、捧げ持ったまま跪かせた。かけ金を外し、慎重にその箱を開ける。光が箱から溢れ出す。箱の中は聖剣であった。聖剣が光り輝いている。そしてその光はゆっくりと消えてゆき……一本の細い光の線だけが残った。そして、その線はシェリーを指したのだった。
「シェリー卿?」「シェリー?」「シェリー?」「姫騎士?!」
シェリーが慌てて席を立ち光を避けようと横に移動した。だが、光はシェリーを追いかけるように移動する。
「おお、聖剣が騎士を……選んだのでしょうか……?」
ライラ姫がそう呟いた。聖剣に近づき、箱から丁寧に取り出す。その間も剣からの光は絶えることなくシェリーを指し続けた。
「シェリー、ライラ姫の前に」
ジュディの言葉に、シェリーはゆっくりと頷いた。
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