239 フレア湖畔の砦
「お嬢、なんとか無事決着したな」
「そうね、猫、ありがとう。全部あなたと、あなたの騎馬隊、蛮族討伐隊のおかげよ」
ひと段落ついたところで、ジュディとマートは手を取り合い、固く抱き合った。
「いや、まぁ、あんたの親父さんやセオドールやロニー、みんな頑張ってたろ。アレクサンダー伯爵領は死傷者も損害も多い。復興するのも大変だろう。こっちは幸い、被害も少なかった。物資とか色々援助するから頑張る様に言ってやってくれ」
「ほんとに重ね重ねありがとう。領地を接する領主の家の者として本当にうれしいわ。それに比べてお姉さまはいったい何をしているのかしら」
「お姉さまって、えっと、ティファニー様だっけ?アレン侯爵家に嫁いだんだよな?」
ようやくマートを抱きしめていた手を解き、ジュディは頷いた。
「私たちを含めワイズ聖王国の東部の要であり、ワイズ聖王国でも有数の広さの領地を持つアレン侯爵家。このような侵入があれば、一番先に助力してくれると頼み、姉が嫁入りまでして血縁を保っていたにも関わらず、何の助力もしてくれなかったわ」
「それに関しては、別の問題があるんだ。話はしたろ?」
「アレン侯爵本人に、魔龍王国の手先が成り済まして、国王陛下にまで呪いをかけたというのでしょう?」
「ああ、今回のグラント王子に対してと同じような事だ。ただ、あっちは術者がもう逃げてしまっているから質が悪い。高位の呪い解除が必要なんだが、それも相手は王様だからな。いきなり呪文をかけるわけにも行かない。とりあえずこっちはもう大丈夫だろうから、ライラ姫の所に戻って助力をするつもりだ。ジュディも協力できるか?」
そう言って、マートはジュディの顔をじっと見た。
「いいわよ。こっちも正直手は足りてないけど、王家のほうが落ち着かないと身動きが取れないでしょう。こっちはセオドール兄様とロニー兄様にお願いすることにするわ」
「じゃぁ、一時間ぐらいしたら、転移を頼めるか?」
「お嬢様、そしてマート殿!」
二人が話しているところに、シェリーが割り込む。
「ん?どうした、シェリー?」
「お二人は十分に力もお持ちなのは存じ上げておりますが、何人かお伴をお連れください。万が一のことがあってはならないのです」
マートは考え込んだ。自分はともかく、ジュディはワイズ聖王国で唯一転移門呪文が使える術者であり、彼女が狙われる可能性がないわけではない。そして彼女の護衛に一番ふさわしいのは……。
「わかった、シェリー。お前を連れていくことにするよ。あと数人はシェリーが選抜してくれ。お嬢、シェリーなら護衛として心強いだろ?」
「それはそうだけど……。シェリーは猫のところの騎馬隊長でしょ?大丈夫なの?」
「どうだ?シェリー?」
マートが尋ねたが、シェリーはにっこりとしてこう答えた。
「もちろん、大丈夫だ。マート殿以上に優先すべき事柄など何一つない」
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その後、マートはライラ姫と長距離通信用の魔道具で連絡をしたが、王都での騒ぎはまだ何も変化がなく、姫はエミリア伯爵と共にフレア湖畔の砦に滞在しているということだった。そこで、ジュディに頼んで転移門をつなげてもらい、ハドリー王国との戦いに関する顛末を報告するというアレクサンダー伯爵家代表のセオドールとウォルト副騎士団長らと共に、マートたちはシェリー、アレクシア、モーゼルを伴って、砦に移動したのだった。
「お疲れ様でした。連絡ではハドリー王国の6個騎士団相手に戦い、無事勝利されたという事でしたが、さすがは、ウィード子爵家とアレクサンダー伯爵家の方々です。お疲れ様でございました」
ライラ姫はマート達をそう言って労った。以前、ハドリー王国がブロンソン州に侵攻したときは3個騎士団であった。アレクサンダー伯爵領はブロンソン州よりはるかに小さいにもかかわらず、ハドリー王国は倍の6個騎士団で侵入し、そして敗れたのだ。それから考えると、撃退できたのは奇跡と言って良かった。
「ひとえにマート殿のおかげです。我等は守るのが精一杯で……」
砦の一室に、一行を迎え入れたライラ姫に丁重な礼を済ませつつ、セオドールはそう応えた。
「いえいえ、謙遜なさいませぬように。本来であれば王家よりも増援があってしかるべき事、任せきりとなってしまい誠に申し訳ありません」
ライラ姫はさらに深く頭を下げた。
「そうおっしゃいますな。幸いマート殿の助力でこちらは何とかなりました。詳細につきましては後ほど報告させていただきます」
セオドールは恐縮しながら、こちらも深く礼をした。
「ということで、姫、聖剣の使い手は見つかったか? 若しくは確実に呪い解除が出来る高位の神官との連絡は?」
マートは相変わらずの口調でそう問い、周囲が鼻白む。
「ふふ、まぁ、座られよ、我が夫殿。アレクサンダー伯爵家の方々、ウィード子爵家の方々も」
エミリア伯爵がそういい、使用人たちに合図をすると、皆を席にいざなった。
「聖剣の使い手は残念ながら見つかっていない。高位の神官としてなんとかマシュー殿に事情を話し、我が第2騎士団の王都での宿舎にて待機していただいている。だが、彼が言うには自分ひとりでは確実ではないらしいのだ」
マシューといえば、魔龍王テシウスとの戦いのときにも同行し、蘇生呪文なども使える神官だ。
「呪いの強さによって、解除にも難易度があるらしくてな。それもいくら上位の神官でも絶対に解除できると保証できるものではないということだ。とは言え、まだ王都は混乱状態にあり、神殿の協力は得られていない状況だ。アレン侯爵家の方々の我々への疑念は晴れておらず、国王陛下による宰相ワーナー侯爵、ライラ姫への逮捕状は効力を失っていない。現時点ではアレン侯爵の弟のダレン子爵が行方不明のアレン侯爵の代りとして宰相代行を勤めている」
「なるほどな。ジュディ、魔道具の専門家だろ? 聖剣を改造して誰でも使えるようにはできないのか?」
「な?! マート殿、それは……」
ガタリ!
その場にいる全員が驚愕の声を上げ、ライラ姫は思わず席から立ちあがった。
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