236 決戦6
マートはしばらくの間、わざと目立つ丘の上に一騎で立ち、近づいてくる従士たちの部隊を弓で牽制し続けた。彼らは元々自らが仕える騎士を彼の弓で失ったり、怪我をさせられたりした経験を持ち、マートの弓の恐ろしさを骨の髄まで思い知らされている連中ばかりであったので、声はあげているものの、木や岩を盾にして、マートのいる所に進んでくるような命知らずはほとんどおらず、戦況としては膠着状態であった。
そういった中で、業を煮やしたのか、グラント王子の直属の騎士団が動き始めた。ジョンソン方面に陣を敷くアレクサンダー伯騎士団、ウィード騎馬隊に対応するための徒歩の従士で構成された部隊と騎乗している騎士と弓とその護衛の従士で構成された部隊に分けたのだ。騎士と弓を使う従士たちはマートのいる方角に向かって陣形を組み始めた。弓を持つ従士たちは、盾を持って守る者とペアを組み、およそ10組ずつが集団となってなんと魔法のじゅうたんに乗りこむと空に浮かんだ。魔法のじゅうたん20枚である。空飛ぶ弓兵隊というべきそれは、およそ30mの高さまで上がると、徐々にマートに向かって進み始めた。そしてその真下あたりを、同じく盾を構えた騎士が密集隊形を作って進む。
その様子を見て、マートはまいったなと考えた。弓の場合、高いところから放てば距離はかなり稼げることになる。逆にこちらは上に向かって撃つとなると、あまり遠くまで矢は飛ばせない。マートか、空飛ぶ弓部隊か、どちらが射程距離が長いのかは、試してみなければわからない。もちろん、マート自身も飛行すれば撃ち負けることはないだろうが、できれば避けたい。それは、ジョンソン城の奪回戦では空を飛んだが、あの時は敵も守備隊で王子など居なかったが、今回は敵にハドリー王国の重要人物もおり、あまり手の内を見せたくはないという思いがあったのだった。
そこに、ジュディからマートに念話が届いた。一キロ近く離れているはずだが、そこで念話が届くというのはさすがに★6というところか。
“そっちはどうなってるの?蛮族討伐隊のメンバーがこっちに合流したけど、いまいち状況がわからないわ”
“ああ、よかった。合流できたか。たぶんだが、ハドリー軍はそっち方面には最低限の守りの兵を残して、ほとんど全員で俺一人を追いかけようとしてるみたいだ”
そう答えると、少し間が空いた。向こうでも絶句しているに違いない。
“どうしたらいい?”
“こっちはとりあえず、距離を維持しつつ時間を稼いで様子を見ようと思う。そっちはどうするか考えてみてくれ。俺の方はすぐに助けが必要ってわけじゃないから安心してくれていい”
“わかったわ。また連絡するわ。気をつけてね”
“あいよ、ありがとな”
マートは弓を放ちながら、ゆっくりと距離を取るために後退をし始めた。戦場に今はあまり風は吹いていないが、ライトニングにはできれば風上方面に移動するように説明した。矢というのは風の力の影響も受けやすい武器なのだ。騎士の先頭に立っていた男が、急に馬を走らせ距離を詰めてきた。兜に特徴的な飾りがついており、身分が高い騎士だと思われる。マートとハドリー軍の間は800mほど開いていた。
「逃げるのか!水の救護人マートよ」
馬を走らせて近づいてきた男が大声を上げた。なにかの魔道具を使っているのだろうか、かなり離れているにもかかわらず、その声は戦場に響き渡り、もちろんマートにも聞こえた。
「虐殺は性に合わないんでな。諦めて降伏しろよ」
マートはそう呟いた。たった一人を万に近い人数で追いかけて、逃げるのかと問うのはどういうつもりなのかと思う。だが、その呟きはおそらく聞こえてないだろう。
「マートよ、俺と勝負しろ。我は栄光あるハドリー王国第二騎士団騎士団長のケニスだ」
一騎打ちか。罠の可能性もある。しかし、騎士団長というからには、何かを知っているかもしれない。これはチャンスだ。マートは立ち止まった。それを見て、他の騎士や従士たちは盾を構えて止まった。弓兵を乗せた魔法の絨毯も同様だ。
マートは完全に軍勢が停止したのを見てから、ゆっくりとケニスとの距離を詰めはじめた。ケニスも単独で前に進む。彼我の距離は100m程まで近づいた。止まったままのハドリー軍とマートとの距離はおよそ400m程だ。
「水の救護人マートよ、いざ勝負」
ケニスは兜の面覆を下げ、馬上槍を右手に構え直した。
「いいだろう、かかってこい」
マートも大声で応じる。
【爪牙】
【肉体強化】
マートは重装備のケニスと違って、相変わらずの革鎧を身に着けただけの軽装だ。右手には剣を携えているが、左手には何も持っていない。ケニスはゆっくりと加速を始め、瞬く間にマートとの距離を詰めていく。それに応えるように、マートの乗るライトニングも少しずつ加速した。馬体はライトニングのほうが格段に大きい。
<溜突> 槍闘技 --- ダメージアップ
ケニスは馬上槍をマートの胴体の中心を狙って鋭く突きだした。マートはその動きに右手の剣と左手のカギ爪の両方で対応し、全力で受け流した。
2騎は交差した。
『記憶奪取』
ニーナがケニスの記憶を奪う。
“やったっ、とれたよ”
『痛覚』
ニーナの念話を聞いて、マートはケニスが乗っている馬の鼻に痛みを与えた。急な痛みに馬が棹立ちになり、ケニスは懸命に手綱を掴んで馬を抑えようとしたが、記憶を奪われた状態で混乱したまま、結局乗っていた馬から放り出されたのだった。
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2021.6.19 7行目 (誤)カイン王子の直属 → (正)グラント王子の直属




